夏を迎え、今年も旅の季節が巡ってきた。
昨年は金沢、今年は函館と、昔なら到底考えられぬ場所へ新幹線が相次いで通り、いともたやすく行けるようになった。
東京から密閉空間のリクライニングシートに横たわり、駅弁を食したり、本を読んだり、不本意ながらついついスマートフォンなぞいじってみたり、その内眠りこけたりしながら数時間も列車に揺られていれば、北海道にだって行けてしまう。
何と便利で手軽になったことか。
その反面、鉄道好きとしては列車を乗り継ぎ、乗り継いで漸く到達する遠隔地というイメージが根こそぎ覆され、便利なんだが何だか味気ない。
物心ついた頃からの相当な鉄道好きだが、新幹線に趣味的魅力を感じたのは、2階建新幹線・100系くらいまでで、後は単なる移動手段という認識位しかない。
0系新幹線ばかりだった頃、東京駅で「ひかり」号をホームで待っていると、既に入線している他の車両が発する「ブワーッ」という音に、何ともいえぬ旅情を感じた。
滅多にその機会はなかったが、食堂車やビュフェに行くために親に付いて何両も車内を移動するのも、少年だった私の胸をわくわくさせた。
食堂車は山側が通路になっていて、その仕切壁が金色に輝いていたが、それだと富士山が全く見えない。それで後に窓が開けられた。
記憶に残る新幹線食堂車の高揚感は、富士山展望が考慮される前の、あの金色の仕切り壁時代のほうが強い。
大人になってから一度だけ100系の2階食堂へ行ってみたが、割り箸で洋食を食べるスタイルで、何だかカジュアルに思えた。
0系「ひかり」の、とりわけ金色の壁の食堂車での食事は、それが例えお子様ランチであったとしても、今の座席で駅弁を食うなんてものよりも、遥かに上等でよそ行き感に満ちていたと思う。
丁度それは、かつての日曜日の百貨店への家族総出のお出かけ同様、特別なハレの要素を多分に含んでいた。
そんな新幹線原体験があるだけに、長じた後、宝塚通いで頻繁に東海道新幹線に乗るようになってからも、特別な車両に乗れるといった高揚感などは決して感じることはなかった。
寧ろ感じたのは、車両云々というよりは、300系「のぞみ」の頃から段々足元が広くてラクになってきたなという実用本位の居住性についての感想なのであった。
だから、「○○新幹線が新規開業!」とテレビや新聞やミーハー系鉄道雑誌に幾ら煽られても、すぐに飛びつこうという気がしない。
北陸新幹線が開通した昨年は、寧ろ上野東京ラインのほうに興味を抱き、初日ではないが、何かのついでにわざわざ乗りに行った覚えがある。
金沢へは4年前に訪れたが、その時はアルペンルートを通り抜けて富山からという、ものすごく面倒なルートで行っている。デカいスーツケースを抱えて立山へ登る者など誰もおらず、恐ろしく場違いな感じがしたが、敢えてそういう手間をかけたのだ。あの年は金沢が一つの到達点といえた。
北海道は学生時代に一度行ったきりだ。東北新幹線がまだ盛岡までしか通じておらず、連絡特急と化した「はつかり」に乗り換えて函館へ達した。道内夜行がまだあった頃で、札幌から釧路へ出て、網走から層雲峡を経て再び札幌へ戻り、最後は「北斗星」で上野へ帰ってきた。
当時はウニが嫌いで、悉く避けてしまった。惜しいことをしたと今は思う。
昨今のJR北海道の事情を見ていると、北海道の鉄道巡りはそろそろしておいたほうがいいのかもしれない。滝川から釧路まで8時間かけて鈍行で行ったり、稚内まで行ったりするのもいいではないか。
そうも思ったが、特に北海道は今年は新幹線効果で混みそうに思えた。初物がある時に行くべきではないように思われた。
それに土地勘のない地を訪れるには、相当の下調べが必要である。何も考えない内に、旅の計画を早急に立てねばならない時期になってしまった。
そうなるとやはり自分にとって勝手知ったる地は生まれ故郷の関西である。
昨年、一昨年と2年続けて京阪神地区へ行き、随分どっぷり浸かってきた。
記事にする余裕がないまま機会を逸してしまったが、昨年4月、10月にも行っている。
特に昨年10月は、夏の旅の最中、難波へ南海電車で戻ってくる車中で吉本の券を目一杯取ったせいで行くことにしたものだ。
「大阪の陣」というすっちー主演の特別興業の力が大きかったが、4日間の旅程で、7回吉本へ行くというまさに“吉本ツアー”だった。
9時45分なんばグランド花月→15時半・京都祇園花月→19時半「大阪の陣」、翌日11時加古川のすっちー座長公演→15時半・京都祇園花月なんてことをやっている。
これで吉本は観尽くした感が芽生え、一度は完全燃焼したかに思えた。
2年前、初めて「すち子のラブラブキャンプ」という新喜劇を偶々観た時のような新鮮な感激は、恐らく二度とは味わえまい。ある種の慣れが生じてしまったようだ。「乳首ドリル」も短縮されてしまったし。
散々行っている関西地区へ三たび10日間も入り浸ってもネタは尽きたのではないのか?
これまでの足跡をなぞるだけになってしまうのではないのか?
それなりに悩んだ。
昨年行った中で良かった場所を、もう一度トレースしてみようかとも思った。名古屋を加えるということである。ところが名古屋は思うように宿がとれなかった。
名古屋地区のかき氷店は大変な魅力があった。
夏になるとかき氷屋を梯子したくなる。
ところが今年は、6月頃まで喫茶店へホットケーキを食べに出向く機会が増え、その後は天知茂特集上映、芦川いづみ特集上映といった“昔の邦画バブル”が到来し、例年ならばかき氷店へ行っている筈の時期に、映画館にばかり入り浸っていた。
氷屋巡りの出足は頗る遅かった。
名古屋の氷屋を気にしながら断念せざるを得なくなりつつある状況下で、遅まきながら「かきごおりすと」という本の最新版を手に入れた。
これを読む内、かき氷ブームは依然留まるところを知らず、京都はおろか大阪にもまだまだ知らない店が次々に出てきていることを知った。
俄然、かき氷欲が頭をもたげてきた。
昨年訪れた岐阜の「赤鰐」や、名古屋の「柴ふく」は、今なお忘れ難い強烈な印象を残している。とはいえ、それらのインパクトを十分補える店が、京阪神地区にはまだまだありそうに思えた。
一方の趣味である銭湯巡りも、京都、大阪地区は、特に自分好みのレトロで渋い所は結構回った積りだが、まだまだ知らない所はあるように思える。
自分にとって、機会があるなら極力外したくないと思う「定番」銭湯が幾つもある中、それらを最低限押さえつつ、新規開拓をする。
吉本も、行けば爆発的なパワーに圧倒されるのは元より承知である。
旅程から、京都の祇園花月は最初がすっちー座長公演、その次が川畑座長公演になる。一方、なんばグランド花月のほうは大半が辻本座長公演。この組み合わせは偶然だが昨年と全く同じである。やはりすっちーには行こうじゃないか。ならば最初は京都泊となる。
昨年のように名古屋へ行かない分、特に大阪滞在には余裕ができる。京都は完全に滞在する2日間を両日とも午後から祇園花月に割くことにしてしまった。氷屋であまり並ぶわけにはいかなくなる。それに7月いっぱいまで祇園祭りなので、宿が頗る取りにくい。
市内をバスで巡るならやはりJR京都駅前が今は便利である。JR駅周辺にこだわって宿を何とか確保した。
大阪は、昨年滞在したのと同じ、日本橋の宿が取れたので、迷わずそこにする。元はウィークリーマンションだったのだろう。外出時に鍵をフロントに預ける必要もない。日中戻ってこようが自由である。滞在中部屋を散らかしても、誰も来ないから気が楽だ。
昨年よりは余裕ができた大阪滞在だが、折角なんばグランド花月に近い宿なのだから、2回は行こう。その内1回は朝一にし、祇園花月の午後とかけ持ちにしよう。3時間くらい間が空くから余裕で梯子できる。
折角だから宝塚へも是非行きたい。大劇場では『エリザベート』をやっている。
宝塚の演目は、ここ最近、『ミー&マイガール』→サヨナラ公演→『エリザベート』→サヨナラ公演と続く。男役トップスターのサヨナラ公演が券が取りにくいのは元からだが、寧ろサヨナラではない『ミー&マイ』や『エリザベート』のほうが券が取りにくく、とうとう『ミー&マイ』を観るのを諦めてしまったほどだ。
『エリザ』も仕方ないので、お金を積んで、インターネットから調達した。大阪からだと宝塚は結構遠い。遠いついでに阪急沿線の銭湯を久しぶりに巡ることも考えてもいいかもしれない。そうでもしないと時間をかけて宝塚往復するのが何だか勿体ない。
又、昨年は最終日に付け足しのように神戸へ行ったが、随分久しぶりになるので異人館へ行きたくなった。神戸の銭湯へも何度か行っているが、かつて訪ねた中でも既に垂水の天水湯のように廃業してしまった銭湯もある。
調べてみると神戸を通り越した先、明石にも渋い銭湯があるようだ。そちらへ足を伸ばすとしよう。神戸にも良いかき氷屋が増えてきた。それらにも行きたいが、1日では無理か。
1日は芝居を何も入れず、大阪のかき氷店をひたすら梯子することにしたい。
昨年、西成区へ初めて足を踏み入れた。ディープスポットは大きな魅力がある。
東京へ帰ってから調べてみたら、彼の地には大衆演劇やストリップ小屋もあるらしい。
いっそのことストリップへ行ってやろうかとも思ったが、千成温泉近くの小屋はこの春に突然廃業してしまった。今里あたりへ行けば別の小屋があり、そこへ行ってもいいのだが、西成探訪はまだまだ駆け出しの身。今回は大衆演劇にしておこう。
ただ、そうなると時間の制約が増す。昨年のような昼風呂は難しそうだ。
問題は京都から大阪への移動日である。
阪急にせよ近鉄にせよ、朝のラッシュがどの位ハードなのか、実際のところよそ者なので知る由もないのだが、邪魔な大荷物は朝一で日本橋へ持って行って、コインロッカーへ入れるか、いっそのこと泊まる宿で預かってもらえるかきいてみるとしよう。
身軽になってから、京都のかき氷屋へ戻ってきてもいいし、大阪のかき氷屋へいきなり突撃でもいい。平日しかやらない喫茶店を巡ってもいい。
結局、大阪からは遠隔地となる宝塚へは旅の最終日に1度だけ行くことにし、平日を極力芝居に充てないことにした。吉本梯子も日曜にする。券さえ調達しておけば、日曜だろうが関係ない。
混むときく氷屋へ土日にわざわざ行くこともあるまい。平日朝から自由に行けるのが旅人の特権なのだから。
こうして3年連続となる京阪神地区への旅計画の肉付けが慌ただしく出来上がっていった。
今しがた2014年の旅記事を読み返してみると、この時、例えば千林の「角屋」という店を蒼井優さんの本で知り、行ってみたいと書いてある。
この店へはその後、機会がある度に何度も訪れ、今ではすっかり勝手知ったる店となった。
真紅のビロードワンピースを身に纏ったおば様ウェイトレスさんたちが素敵な「三輪」という船場の喫茶店も同様である。
自分好みのお気に入りの店が増えて行くと、最低限ここへは寄りたいと思う場所が増えていくことになる。楽しみではあるのだが、反面リピートばかり増え、新規開拓がしにくくなる。制約が増える一方だ。
だが「守り」ばかりでは詰まらない。
宝塚、吉本、喫茶店、かき氷、銭湯、鉄道…自分にとって魅力的に映る要素がこれだけ一堂に会し、しかも土地勘がそこそこあって鉄道での移動に全く不自由がない。そんなエリアは関西地区を措いて他に無いのだが、同じ場所へばかり毎度毎度行っていては、幾らパラダイスでもいつかは飽きてしまうことだろう。
今回は、そうならないよう心掛けた。
実際に旅してみると、同じ方面、同じ場所を基本としていながらも、昨年、一昨年とは似て非なる旅となった。
「吉本ツアー」とも違う。「宝塚ツアー」とも違う。
新規開拓の中心は氷屋となった。
7月まで東京でいつになく大人しかった“氷熱”が一気に噴き出した感のあるこの旅。
それと春から続いてきたホットケーキ目当ての喫茶店探訪。この要素もできるだけ盛り込んだ。
結局、今回もメインは食いもんなのである。
やはり「食い倒れ」の名を冠するのが一番相応しいのだろう。
一昨年と重なるが、「2016年京阪神食い倒れの旅」、開幕としたい。
アップロードがこんな深夜になってしまったのは、断じてオリンピックのせいではなく、昼間、高校野球をずっと見ていたからだ。
第3試合、東邦9回裏の、奇跡の大逆転劇に度肝を抜かれたが、第4試合の履正社vs横浜は誰がみても大会屈指の好カード。朝6時過ぎには満員御礼となったのも、片方が地元校なだけに頷ける。
剛腕対決の投手戦となるのか、それとも打ち合いになるのか?ハラハラしながら結局全部見通したが、雷雨による2度の中断で随分長くなった2回裏が結局全ての勝敗を分けた。
そういえばこの旅も、連日の猛暑で、履いたズボンが次々と汗で塩を吹き、何度も宿で洗濯するほどだったが、2度ほどにわか雨に遭っている。それを思い出させる試合中断であった。
東京の人間だから横浜を応援して然るべき筈なのに、先制された履正社の側に立ち、その逆転勝利を喜んでいる自分がいる。やはり自分の中には何十年経て尚、関西人の血が色濃く流れているということなのであろうか。そんなことを夕方の高校野球で改めて感じた次第である。
そんな関西地区に懲りずにまたまた行ってしまいました。
色々盛り込んだ旅記事に、今年も暫しお付き合いのほどを。