近頃、休みのたびに神保町にばかり出没している。
鉄道雑誌の早売り、古本探しという本来の目的に加え、カレー、喫茶店、かき氷といった食べ歩き、更には映画が加わった。
神保町シアターという古い邦画を主にやっている名画座が9年前に出来た。ほぼ1ヶ月毎に特集上映が組まれる。特集によっては通い詰めることになる。
和製ミュージカル、女性とファッション、江戸川乱歩&横溝正史、田宮二郎、天知茂…知らず知らずの内に結構ここへは通っている。それに勝手なことを書くようだが、神保町花月という吉本若手のコント劇場併設だから、なんばグランド花月など吉本新喜劇のチケットをタダで引き取るのにも都合がいい。そのくせ花月のほうには一度も行ったことがないのである。ここを訪ねるのは専ら映画が目的だ。
名画座だから、一般でも1回1,200円と安い。スタンプを押してくれて、5回分たまると1回分タダにしてくれる。だからちょっと気になる映画をやりそうだと、ついつい寄ってしまう。DVDで観られる作品もあるが、スクリーンでなるべく観たいという気持ちになる。
6月後半から天知茂特集上映にちょくちょく通っていたが、続く7月は芦川いづみ特集上映だ。
昨秋から2度ほど特集が組まれていたのは知っていたが、芦川いづみさんという方は、私がこの世に生を享けた頃、既に引退されてしまっていた。
今回は3度目の特集上映となるわけだが、今度こそ思い切って通ってみようという気になった。
思い掛けない歯の不調に悩まされ、歯医者とのスケジュール調整が大変だったが、海の日の3連休に救われる格好となった。
「アンコール&リクエスト」と名付けられた今回の特集は、全12作の上映。その内観たことがあるのは、以前文芸作品特集で観た『洲崎パラダイス赤信号』だけ。他は全くの未見である。
スタンプラリーが催され、俄然やる気スイッチが入った私。この前の土曜日で全てを観終え、それどころかその内2作は2回観た。
逸早く応募してきたので、招待券は頂けそうだが、抽選で10名にプレゼントというサイン入りプロマイドは当たってくれるかどうか、それは全くわからない。
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私の知るところでは、芦川という姓の女優は、他に芦川よしみさんという方がいて、こちらの方はリアルタイムでの視聴経験がある。
平成になって間もない夏休み期間、『夏の嵐』という昼ドラマがあった。前年放映された『華の嵐』の超人気を承け、高木美保、渡辺裕之、長塚京三という主要3人と、彼らの役どころはそのままにリメイクした作品だ。丁度、このblogを始めて間もない頃、何故か再放送が相次いでなされ、久々の視聴機会を得た。
詳しい記事を作ろうかと構想したが、機会を逸してしまった。
物語の中盤、互いに相憎しみ、激しく感情をぶつけ合いながらも、気持ちが通じ合った華族令嬢(演:高木美保)と成り上がり者の事業家(演:渡辺裕之)。だが戦争が2人を引き離し、渡辺裕之は警察官に。その時、パンパンだった女を妻に迎える。それが芦川よしみの役だった。やがて渡辺&高木は再会。だが、華族の栄光を取り戻すべく、長塚演ずる従兄と共に悪どい商売に手を出し、肥え太る元令嬢と、その悪を暴き、以前の清らかな心を取り戻させたいと正義の情をたぎらせる刑事は、敵対関係となる。その対立抗争はエスカレートし、芦川よしみ演ずる妻が巻きぞえを喰らって刺殺される。その事件が元令嬢の心に大きな楔を打ち込み…という筋。
芦川姓では、どちらかというと昔からより馴染み深い、よしみさんの方で一番最初に思い浮かぶのは、この『夏の嵐』である。
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昔の邦画を趣味とする内に、もっと有名な芦川いづみさんという女優がいたことをやがて知るようになった。
自分が生まれた頃、引退してしまった方だし、自分の母親でさえ10歳ほど若い。
そんな若輩者である私が、何故特集上映に全て通うに至ったか、ちょっとしたエピソードがあるので、先ずはその辺りから披露したい。
東京スカイツリーが天に向かって伸びていた頃のことだから、丁度今から5年ほど前のことだったと思う。
ひょんなことから浅草に「マルベル堂」というブロマイド店があることを知った私は、島田陽子さんのブロマイドだけは買い集めよう。そう思い、その頃ちょくちょく浅草通いをしていた。
同じ方の写真ばかりリクエストしていると、店のお姉さんから「四つ切写真にもできますよ」と勧められた。
「四つ切写真」とは多くの方には馴染みのないものだと思うが、私自身は、それより更に前、宝塚歌劇に最も熱心だった時分、某娘役さんのブロマイドを買い集めた経験があったので、すぐにピンときた。要するに週刊誌位の大判写真のことである。
宝塚スターのブロマイドは、今では「Quattle Rave(キャトルレーヴ)」というオフィシャル店舗でしか買えないと思うが、当時は新宿紀伊国屋1Fの柳花堂、花のみちの栄屋などでも買うことができた。特に気に入った写真があって、当時私は酔狂なことに、それら3店舗でそれぞれ同じ写真を四つ切にしてもらったことがある。
すると原版は同じ筈なのに、焼き付け具合、カット具合などにより、仕上がりに微妙な差異が出ることに気付いた。それらを専用のアルバムに並べて収納する。並べてみると微妙な違いがよくわかる。
冷静に考えてみれば、どちらも正規ルートのもので、別にどっちだっていいじゃないか!ということになる。デジカメでさえ、スマートフォンに取って代わられようとしている現代において、アナログもいいところだが、昔は写真屋の熟練がいて、例えば見合いや就職、入試の願書などに使う写真は、微妙な焼き付けの加減による仕上がりの違いに熟達の技が映え、場合によっては修正が加えられるなんてこともあった。
マルベル堂ではブロマイドのことを敢えて“プロマイド”と呼ぶ。"bu"ではなく"pu"だ。
通常サイズでも店内にストックがあるのは種類が限られ、後は注文となる。同じ写真の小版でもハッキリと焼き付け加減の違いが感じられるものがあり、モノクロでは目立たないが、カラーだと、仕上がりの印象が随分と違って見えた。良いと思えるほうを選んで買うのが普通だと思うが、そこはファン心理というやつで、両方買ってしまう。
マルベル堂の帰りには決まってすぐ近くの「アンヂェラス」という洋菓子屋に寄った。そのレトロな喫茶室の3階まで上り、窓際の席で買ってきたばかりの写真を整理するのが常だった。
「マルベル堂」と印刷された薄いビニール袋ごと保存したいので、敢えて一回り大きい葉書ホルダーに収納する。
そんな作業をしながら、梅ダッチコーヒーと、カラフルな色彩が何とも涼やかなフルーツポンチを頂くのも当時の楽しみだったのである。
四つ切写真は宝塚に比べると随分安かったが、コンプリートは敢えてしていない。お気に入りの10種類ほどを厳選するに留めた。
ある時、いつものように注文後何週間か後に店から電話をもらい、私は浅草へと出向いた。
狭い店は入口を入ると中地階がプロマイド置き場、中2階がレジである。
その日は注文品を引き取りに行くだけだったので、真っ直ぐ中2階へ階段を上った。
するとそこには珍しく先客がいた。
80歳はいっていそうな随分と高齢の男性である。立派な身なりをしていたから、先ずは老紳士といってよい。
その老紳士が、孫ほど年の離れた若い女店員相手に、何やら熱心に口舌を振っていた。
「焼き付けがどうの…表情がどうの…」と断片的に話が聞こえてくる。
どうやら氏も特注の写真を引き取りにきた様子であった。
最初は仕上がり具合に不満があり、クレームをつけているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。なかなか常人には理解してもらえぬ、自分ならではのこだわりを、取り扱う店のスタッフ相手なら分かってもらえるだろうと、大熱弁で披露しているようなのであった。
傍目から見れば、「ヘンな爺さん」ということになるのかもしれない。
だが私にはそうとばかりは思えなかった。
傍で聞くとはなしに聞いている内に、この老紳士がそこまでこだわりぬく、氏にとってのマドンナは誰なのだろう?私は大いなる興味が湧いた。
どうやら氏が引き取りに来たのは、四つ切写真よりも遥かに大版のパネルのようなのである。
やがて彼はたった今、自らの所有となったばかりのパネルを大切そうに袋から取り出した。
そこには若かりし芦川いづみさんの笑顔が写っていた。
これを「キモッ!」などとは私は決して思わない。
思慕する相手は異なれど、心理は全く同じだと思ったからだ。
やがて思いの丈を語り尽くした老紳士は、満足したのか新仲見世通りの雑踏へと消えて行った。
無論私は氏に話し掛けたりはしなかった。
だが、心の中で、「ご同輩!」と大いなるエールと敬意の眼差しを、人生の大先輩の背に向けて送ったのである。
…その時、私の胸中に「芦川いづみ」という名が、一種の畏敬の念を以て刻まれた。
確かその日の晩のことだったと思うが、家に帰ってインターネットで検索してみた。
こんなこと書けば、どつき回されるか、呪い殺されてしまいそうだが、芦川いづみさんの最初の印象は、随分とおデコで、目の離れた人だなぁというものであった。
とはいえ、件の老紳士があれほどの高齢にも拘らず、あれほどのこだわりを披露した女優さんである。絶対にそう思わせるだけのものがある筈だ。
随分と偉そうだが、一目置くこととなった。
その後、時が流れ、神保町シアターに時折通うようになった。
ビデオというものは便利だが、考えようによっては却って不便で、手に入れてしまえばそれで安心してしまうという欠点を持っている。我が家には「積ん読」ならぬ「積ん視聴」のDVDが数え切れぬほどの山をなし、その内私に視聴される日が来るのをじっと待っている。
だが劇場へ行けば、待ったなしで、その作品に注力することになる。集めて満足という悪癖を有する私も、少しずつだが、映画全盛期の邦画を目にする機会が増えてきた。
上に述べたように、昨秋来、芦川いづみ特集上映が2度ばかり組まれたことは気付いていたが、毎度毎度この劇場へ通うわけではない私にとって、「ヨシッ!行こう」そう思いきらねば、特集ごとスルーしてしまうこともある。ちょっとでも他の方面に関心が向けば、そうなりがちだ。
過去2回の芦川いづみ特集上映がまさにそれだった。
3月の推理モノに続き、6月の天知茂特集上映で、この劇場へ舞い戻ってきた私は、次回予告として今回のアンコール&リクエスト企画の存在を知った。
ポスターの写真が実に素晴らしい!
この表情を目にして、心揺さぶられない男は稀ではないかと私は思う。
まさしく三度目の正直。今こそ、あの浅草で遭遇した老紳士の熱弁を検証すべし。大いなる使命感のようなものが私を衝き動かした。
…当初構想したよりも遥かに長口舌の前振りとなってしまった。
特集上映12作を全て観よう。
随分エキセントリックかつ手前勝手なものであるにせよ、私がそう決心した事情はこのようなものであった。
こうして80を越えてもご健在を示すご本人様からのメッセージが大切に掲げられるのが嬉しいではないか。
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全部順に紹介していくのでは、一体どれくらいの分量と労力を要するのか途方に暮れるばかりなので、全体の印象と、特に印象深い作品を取り上げるに留めることにしよう。
この劇場の客層はかなり高い。私の親とほぼ同世代かそれよりも上と思しき男性、つまりオジンの1人客が圧倒的に多い。たまにおばさん1人客。夫婦者も稀。この中では私でさえ若造の部類。本当に若そうな20代前後の客も男女共にごく稀にいるが、若くして昔の映画に魅せられた稀少人種なのだろう。
確か『あした晴れるか』の時だったと思うが、私の隣の席に随分後から遠慮がちに腰を下ろしたオジサンは、よく見ると持っているボストンバッグはボロボロで、持ち手は随分年季の入った包帯でグルグル巻きになっている。脇も破れているのではないかと思われるほどだった。そんなみすぼらしい格好のオジサンだったが、画面を食い入るように見つめる姿は真剣そのものだった。とうに失われてしまった遠き日の青春の思い出がここに来れば思い出されるのかもしれない。
芦川いづみさんは、元々は松竹歌劇団の方だったが、川島雄三監督に認められ、銀幕デビュー。松竹から日活に移った川島監督に誘われるように日活に入社。日活黄金期を支えたスター女優だった。1968年、藤竜也氏との結婚を機に引退。以後は、ごく僅かな例外を除き、一切公の場に姿を現していない。
今回の作品群は1950年代後半~1960年代前半のもの。一部カラー作品もあるが、大半がモノクロ(白黒)作品である。
まだテレビが台頭し始める前の時代で、映画が娯楽の一番手という頃の作品だけに、観客を楽しませよう、あるいは主題を真剣に伝えようという、作り手側の気概のようなものがひしひしと伝わってくる。終わり方もスッパリと潔い。
日活黄金期の作品群だけに、石原裕次郎との共演作というよりは裕ちゃん映画といってよい作品も多い。それらと文芸作品に大別されるが、ごく一部に例外もある。
最初に観たのは『男と男の生きる街』(1961)であった。
裕次郎映画かと思いきや、若かりし裕次郎は事件記者役。殺人事件をシリアスに描く話であった。いづみさんは、横顔がとりわけ清冽な印象を残す芯の強い京女役。
『お転婆三人姉妹 踊る太陽』(1956)は、今回のラインナップ中では異色のミュージカルコメディー作品。
ペギー葉山、芦川いづみ、浅丘ルリ子演ずる三姉妹は、自分たちを女手一人で育ててくれた女社長にして母・轟夕起子の再婚相手を見つけようと、末娘・ルリ子の学校の新任教師に目をつける。演ずる安部徹はどちらかというと悪役が多い中、本作では東大出の生真面目にしてハンサムな英語教師。戦争で妻を失って以来、男やもめ暮らしという設定が、制作年次を思わせる。
三姉妹に協力的な酒屋の役で石原裕次郎。三姉妹にはそれぞれボーイフレンドがおり、岡田真澄などが端役で出てくる豪華配役だが、フランキー堺が出ているのがとりわけ印象深い。後半ウェイトが増すミュージカル場面になると、俄然フランキーの存在感が増す。
フランキー堺というと、私自身は最初にその名を知ったのが8夜連続で見た『将軍』の矢部という武将役。ここでは神妙な顔をして三船敏郎演ずる虎長に仕えているが、物語終盤、虎長の敵対する石堂(演:金子信雄)に寝返り、虎長は窮地に立たされる。
リアルタイムで『将軍』を見ていた私は、「こやつの裏切りのせいで、まり子さんが爆死し、按針が目をやられてしまったじゃないか!」と義憤を感じずにはおれず、申し訳ないが、フランキー堺=裏切者の烙印を勝手に押した。
このイメージが緩和されるには大分時間が必要だった。
平成の世になってから、TVドラマ版の向田邦子作品『あ・うん』を見た。妻の精神的浮気に苦悩しながらも、杉浦直樹演ずる陽気な親友と付き合いを続ける夫を演ずるフランキー堺を見て、漸く「裏切者」のイメージが失せてきた。
『牛乳屋フランキー』、『君も出世ができる』といった、往年のミュージカル作品で、軽妙なコメディーリリーフ役を演ずるフランキー堺と出会い、実は陽気で楽しい人だったんだと知ったのは随分後のことであった。
一方で『私は貝になりたい』というシリアス作にも出ているから、役の幅は相当広そうだ。
宝塚やインド映画も趣味なので、歌と踊りはもとより大好物である。ジャック・ドゥミあたりまでは観たが、往年のハリウッド作品群に行かないところが我ながら斜に構えた映画趣味だが、代わりと言っちゃ何だが『鴛鴦歌合戦』などの和製ミュージカル映画は大の好物となった。
神保町シアターでかつて組まれた特集や、昨年ラピュタ阿佐ヶ谷で組まれた特集上映、本なら『唄えば天国』という2巻本がバイブルである。
数年前、突然本作のDVDが出た時も、独自の嗅覚が働き、とりあえず買っておけ!とばかりに手に入れたはいいが、悪い癖で「積ん視聴」。そのまま放置プレイと相成ったが、晴れて本作をスクリーンで視聴。DVDはとうに廃盤で1万円近いプレミア価格がついているのを見ると、あの時よく買っておいたものだと思う。
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『硝子のジョニー 野獣のように見えて』(1962)は、芦川いづみさんの代表作といってもよい作品かもしれない。
稚内の寒村から身売りされる薄幸の娘・みふね役。人買いにトラックで運ばれるが、行きつく先は女郎として客を取らされる運命。必死の思いで逃げ出して、みふねだけが助かるも、飛び乗った汽車で車掌に無賃乗車を咎められる。それを助けてくれたのは流れ者のジョー(演:宍戸錠)という男。行くあてのないみふねはジョーについて函館へ。
ジョーは元は腕のいい板前だったが、競輪選手に入れ込み、彼を追っては競輪の予想屋などをして生計を立てている。みふねは乞食同然の身なりだったが、ジョーが安宿を世話してやる。風呂から出てきた彼女は見違えた。襲い掛かろうとしたジョーだったが、みふねの眼に溢れる涙を見て、やめた。純真なみふねはジョーにくっついて離れようとしない。
そこへ人買い(演:アイ・ジョージ)がみふねを探し当てて連れ戻しにやって来たが、腕っ節の強いジョーが追っ払う。
やがてジョーは競輪選手に新しい自転車をねだられ、5万円の工面を約束するがうまくいかず、みふねを騙して売春宿へ売り飛ばす。ジョーを信じてやまないみふねは自分が騙されたとは気付かぬまま、約束の時間になっても現れぬジョーの名をひたすら連呼するしかない。再び現れた人買いがみふねを連れ去るが、人買いは彼を恨む男に刺され、瀕死の重傷を負う。
これを機会に逃げればよいものを、みふねは入院した人買いの看病を自ら買って出、警察から庇ってやりさえする。やがて人買いは、自分の元を去った妻の消息を聞きつけると、病院を脱走。みふねの元を去る。汽車に乗る人買いの姿が映し出される。いつしかギターで甘いメロディーを奏でるロマンティックな男に変わっている。
一方、みふねを見殺しにしたジョーは、競輪選手と共に夜行列車で小樽を目指すが、目覚めるとカネを持ち逃げされ、情婦と駆け落ちされてしまった。失意のまま函館に戻ってくるジョー。
一人ぼっちになってしまったみふねは、大変な苦労の末、故郷の稚内へ辿り着くが、途中、SLにはねられそうになりながらも、寸前で助かったりして、随分と運がいい。
漸くみふねが稚内に辿り着いてみると、頼りに思った母は妹と共に、家を引き払い、行方知れずになっていた。疲労で倒れ込んでしまうみふね。
やがてジョー、人買いそれぞれが、みふねを気にしてか稚内へやってくる。それと入れ違いに起き上がったみふねはふらふらと海へ向かい、そのまま海に身を沈めた。
「ジョーッ!」とひたすら泣き叫ぶ場面が多いみふねだが、ジョーの口上を真似て競輪の予想屋の真似ごとをする様子が可愛い。
ジョーという乱暴者で喧嘩っ早く、不良じみているが、根は優しい。カラッとしている。そんな救世主に巡り会い、何とか幸せをつかむのかと思いきや、あっさりジョーに裏切られ、人買いに連れ戻されるのかと思いきや、今度は人買いが刺されて、みふねの身売りはいつしかうやむやになり、自分の敵のはずの人買いを今度はみふねが献身的に世話する。と思ったら、人買いもみふねの元を去り、いつしかギター弾きのまともな人種になっている。
最後、入水自殺しようとしたみふねは結局ジョーに助け出されたのか?それとも行き違いで若い命を散らしたのか?いずれにせよ、何とも無常感漂う話である。
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『あした晴れるか』(1960)は、一転、陽気な裕次郎映画。
青果市場に勤める若きカメラマン・裕次郎と、その目付け役として裕次郎と行動を共にすることになった宣伝部女子社員・みはる(演:芦川いづみ)の、軽妙なやりとりが冴えるラブコメディー。
この特集上映に先立ち実施された人気投票で堂々1位を獲得した作品。
黒縁眼鏡にひっつめ髪のオデコ。パンツルックという、女性らしさとはおよそ程遠い才女役のいづみさんが、早口で難しい言葉を乱発。裕次郎をやりこめるさまが可笑しいが、車の運転ができない裕次郎をよそに、男勝りの豪快な運転ぶり。(実際は逆で、撮影時には裕次郎が助手席から足を伸ばして運転したらしい)
弟として可愛がる従弟が実は血のつながりがなく、その弟に慕われていると聞かされ、ぐでんぐでんに酔いつぶれたみはるを裕次郎が抱えて家へ連れてくる場面があるが、そこでみはるのトレードマーク・黒縁眼鏡が実は伊達眼鏡で、童顔を気にしてのものだったというエピソードが挿入される。ちょっとだけ出てくる眼鏡なしのいづみさんの寝顔は、ファンサービスか?!
冒頭で裕次郎をネクタイ万引き犯呼ばわりする勘違い女店員役を始め、神出鬼没のガングロ娘・中原早苗との軽妙なやりとりも面白い。
物語終盤、裕次郎の写した写真がもとで、花屋の親父その実中原早苗の父親が、昔の因縁をネタにヤクザ者に付け狙われるようになり、最後は青果市場を舞台に裕次郎、大暴れ。
最初の悪印象そのままに、会うたびに反目しあっていたいづみさん、早苗さんご両人も、いつしか野菜をヤクザにぶん投げ、共に裕次郎の援軍役を果たしている。辺り構わず野菜や果物を投げまくる女性たちに、「あっ、そのメロンはやめろ!」と争いの修羅場の中でも高級果物を庇う裕次郎の余裕が、妙に可笑しい。
ヤクザをやっつけ、東京の至る所で捉えた写真が評判となり、裕次郎はカメラマンとして成功を収める。東京は制覇した!今度はアフリカ進出だ!と大きく出ると、アシスタントは誰にするかと一悶着。いづみさん、早苗さん、いづみさんの従弟も何故か名乗り出て、結局「ヨーシ、こうなりゃみんな一緒にアフリカだ!」とばかりサファリルックでジープに乗る4人の姿が出てくるが、いかにも国内で撮りました的なチープな画がいい。
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『あいつと私』(1961)は石坂洋次郎原作の青春ドラマ。裕次郎映画である。大学生たちの自由で恵まれたキャンパスライフが描かれるが、60年安保闘争が交えてあるのがミソ。
冒頭から当時の慶応大日吉キャンパスが出てくる。随分素朴な風景だが、校舎の作りなど基本的なところは昔から変わっていないことに驚かされる。
裕次郎演ずる三郎は、如何にも裕次郎らしい裕福な育ちのボンボンで、不良ぽく、人懐こく、屈託なく、ひねくれたところのない役柄。女を買うと豪語する彼に、ウーマンリブの女子大生らが詰め寄り、プールに追い詰めドボン。濡れ鼠になった裕次郎。女子大生の服を借り、ノッポに似合わぬスカート姿。そんな裕次郎に因縁を吹っ掛ける学ラン姿の硬派な男子2人。腕っ節の強さは折り紙つきの裕次郎。スカートを腰にたくし上げ、大立ち回りを演ずるが、ひと暴れしてみればやっぱり寒い。
女子大生の1人、けい子(演:芦川いづみ)が、彼と家が近かったことから、父親の着替えを貸してあげることになる。それをきっかけに親しくなっていく。三郎の母は、美容院を手広く経営するやり手女社長で、父親はそのマネージャーをする気の弱い男だが、皆屈託がなく、けい子は好感をもつ。
仲間の内でも特にお嬢様育ちのバンビ(演;中原早苗)が、大学を中退し、結婚することが決まった。その披露宴の帰りに、そのまま安保闘争に参加してしまう辺りが、当時の硬軟取り混ぜた学生生活を彷彿とさせる。
やがて夏休みになり、学生たちは車で東北旅行へ繰り出し、最後は三郎の軽井沢の別荘に逗留することとなる。
裕次郎の母親とその一行も別荘へ顔を出すが、その僅かな間に、けい子は三郎の特殊な育ち方を知る。母は、性への興味に満ちた思春期の息子に、自らの側近の女をあてがい、性処理を任せたのだった。
不潔さに堪えられなくなり、暴風雨吹き荒れる屋外へ飛び出して泣きじゃくるけい子を三郎は追い、けい子に強引に接吻をする。
夏休みが明け、三郎の母の誕生日パーティーが催され、けい子も招待された。
そこへアメリカ帰りのホテル経営者が訪れる。母の古い知り合いだという。やがてその男が三郎の本当の父親であることが判る。男は自分のホテル事業の後継に、三郎をアメリカへ連れて行こうと思い、やって来たのだ。
三郎を渡しはしない。母は動揺する姿をけい子に見せ、三郎の出生の秘密をけい子にだけ明かしたが、それを物陰で三郎は聞いていた。
翌朝、嘘のように晴れ晴れとした様子の母とは裏腹に、当の三郎は、実父に勝負を挑んだ。
殴り合いを主張するが、実父は腕相撲での勝負を主張する。
一度は三郎が圧勝するかと思われたが、「この男が俺のホントのオヤジなんだよなー」と三郎は、つい考えに耽り、負けてしまった。その騒ぎの中で、三郎の今の父が今度こそ家出を、とこっそり家を抜け出した。
ところが他の家族は皆お見通しで、事なきを得る。
その騒ぎのどさくさで、三郎はけい子と婚約したと皆に言う。けい子は慌てて否定しようとするが、三郎はけい子の口を塞ぎ、嘘だと言わせない。どこまでも強引な三郎だが、けい子は既に三郎に好意を持ち始めており、満更でもない様子。
金持ちの息子が思春期に、仕事が忙しくて子に構う暇のない母親から、性処理役として側近の女をあてがわれるという筋は、時折目にすることがある。
当時の慶応日吉は、ちょっと校舎裏手に回れば、雑草生い茂る広っぱがあったようで、女子学生たちが集い、バンビの婚約を知ったのもここ。
学期の終わりだかに、生徒たちは集まって、クラス会のようなことをやっている。
そこでは随分と男子学生には嬉しい企画が催される。
人気の高い女子学生3人に、順に頬にキスしてもらえる。その代りに希望者は代金を払う。
次なる企画は女学生3人が、ロングスカート姿のまま倒立する。ズロースが丸見えとなる。こんなことしちゃっていいの?見ていて思わずギョッとする。画中の男性陣は余裕綽々だ。目の保養を楽しんだ男性たちは、拝観料?を女子たちに強制徴収される。チャッカリしてるゥ~。
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『いのちの朝』(1961)は一転、文芸作品。
生命保険勧誘員を務め、家計を支える芦川いづみ演ずる冬子。父は売れない画家だ。宇野重吉演ずるこの画家がなかなかの頑固親父で、商業主義を馬鹿にし、じゃが芋の絵ばかり描いている。
そんな父・小次郎を世に出すべく、冬子や、その姉夫婦、小次郎から破門を言い渡された元弟子・沢辺らが奔走する。
やる気になった小次郎は、冬子をモデルに100号の大作をものにし、個展の目玉にしようとするのだが、モデル経験のない冬子は、父の厳しい要求になかなかついて行けない。
一度は大作を描くのはやめたと冬子を突き放す小次郎だったが、もう一度気を取り直し、遂に大作を完成させる。
個展は大成功を収め、小次郎の絵は高く売れる。小次郎はそれに浮かれることもなく、大金は妻にそっくり託し、いつものようにじゃが芋の絵を描き、外に出て風景写生に勤しむ。どこまでも飄然とした父・小次郎の姿が、冬子には誇らしい。
いづみさんがモデルを務める大作は、朝の様子を描いたもの。浴衣姿のいづみさんが雨戸を開けると、目線の先から眩いばかりの朝日が飛び込んできて、清々しい朝を迎えるという主題。
幾ら画家の娘とはいえ、素人モデルの冬子に、最初から満足のいくモデルが務まろうはずもなく、宇野重吉氏演ずる画家に「馬鹿っ」と罵倒されると、遂には雨戸から中へ引っ込んでしまう。
入れ違いにヒョイと顔を覗かせるのは画家の妻、即ち冬子の母親。
中に引っ込んでしまったいづみさんは、しくしくと顔を覆って泣いている。その様子がとても可愛い。生保レディーで裕福な画家たちに保険を売りまくろうという娘には到底見えない。
後日、破門にした弟子・沢辺のことが気になって、モデルに集中できない冬子の様子を見て、小次郎は「今日はやめだっ」と言い放つ。それどころか、折角途中まで出来上がっていた100号のカンバスの、丁度冬子の顔辺りをパレットナイフで無残に切り裂いてしまったのを見て、冬子は父の画室を訪ね、「バカ、バカ、バカッ」と拳固で父の背中を叩く。その様子が、ひたむきでこれまたとっても可愛い。
けなげで可愛らしいいづみさんがとりわけ印象に残る作品。
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興じるままに綴っていたら、あらら字数制限。
キリのいいところで2つに分けた。続きは次回にて。
以上、一部除き敬称略。





