9月7日(日)


京都―新大阪―吹田―岸辺


正雀―天神橋筋六丁目 天満―大阪城公園


大阪城公園―京橋―千林


千林大宮―東梅田/梅田―新大阪


新大阪―東京


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前回の続き。

天満駅から環状線に乗る。

電車に乗る前に、100均(…あえて大阪風にこう呼ぶことにしましょ…)で、ネクターゼリーピーチと野菜ジュース、それに瞬間接着剤を買った。だが、この時何で接着剤なんて買ったのか、すっかり忘れてしまった。

やってきた電車はガラ空きの京橋止り。とりあえず行けるとこまで行こ。そう思い、乗り込んだ電車に座り、早速瞬間接着剤を出して何かを修理した覚えがあるが、それが折り畳み傘だったか何だったかが今となってはわからないのである。


もうあと一駅行ってくれたらええのに…そう思いながら、京橋駅で降ろされた。

見上げれば、京阪電車がゴトゴトと音を響かせ橋を渡って行った。

暫く待って、やって来たのは「紀州路快速」。既に天王寺から環状線を西九条方面にぐるりと回って大阪を経て、そのまま一周して再び天王寺へ行こうとしている電車だけに、クロスシートの車内は結構空いている。

これで1駅。漸く大阪城公園に着いた。同じ223系電車だが、見送った最後尾は、先ほどの先頭車とは顔付が違っている。後ろにひっついている「0番台」のほうが、ちっこい奥目で、何だか国鉄っぽい。

前回来た時は日の沈みかけた曇りだったが、今回は気持ちのいい青空。しかも昼。もっと早くにこんな風に晴れてくれたらよかったんや。この旅は途中ずっと煮え切らない天気続きで、スカッとした晴れは初日と最終日だけ。間はすかしっ屁みたいな天気でしてん…すんまへん、急に下品になって。


時間に余裕があったので、だだっ広い広場を横切るのはやめにし、線路沿いの道をまっすぐ北上。橋を渡る。

川べりに降りて後ろを振り返る。こうして見ると、やはり大阪は水の都。

川の向こうの大阪城も、この日はくっきり。

大阪へは何度も来ているが、大阪城へは随分長いこと行っていないことに気付く。あのエレベーター完備のやけに近代的な作りが、今となっては東京タワー同様懐かしい。昔はあった記念メダルなんてとっくに無いんだろうなー。



川べりをぶらぶら歩く内、シアターBRAVAに着いた。



この旅2度目の「大人の新感線」・『ラストフラワーズ』である。

この芝居のことは、大阪公演1回目の観劇時にこの旅記事で詳しく触れたので、ここでは繰り返さない。前に書いた記事をご参照頂くとしよう。…と書いて、リンクを貼ろうとして気が付いたが、作ったのは12月だったか。思えばここまで来るのに長い道のりだった。


2014.12.17 京阪神食い倒れの旅・第5日・その3


芝居の細かな記憶が薄れつつある今、印象に残っているのは「人類ネアンデルタール人化計画」、「オンドルスタン共和国」という固有名詞、それと脳味噌を喰らうモンスターの正体を現した阿部サダヲ、全くサイズの合わないお子ちゃまサイズのピンクの軍服を無理矢理巨体にねじ込む古田新太、唸る大人のおもちゃを手に不思議そうな顔する小池栄子、奇妙な“踊り病”で笑かしてくれた松尾スズキ、“ギンビスのアスパラガス”ネタをぶちかますおばはん役・高田聖子…といった面々。終盤、世界戦争レベルにまで話が広がり、どう収拾をつけるんだろ?と思っていたら、韓流ばりのバラード曲で感動シーンに強引に持ち込む力技。(以上敬称略)


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この旅で予定していた大きなイベントは、これで全て終えた。

軽い疲労感と共に、徐々に西へと傾いていくお日さんを背に、とりあえず環状線の駅へ向かう。

新幹線は余裕を持って夜7時前の「のぞみ」を予約しておいた。

まだ2時間少し時間が余っている。さて、これからどうしよう?

難波に出て、もう一度「アメリカン」へ行くか?

それとも先に新大阪へ行っておいて、駅ビル内の喫茶店を開拓するか?


いやいや、時間的にはギリギリで、これは結構リスキーではあるが、ただ1つまだやり残した“宿題”がある。一か八かの賭けに出ることにした。

この旅6日目夜に、わざわざ京都の宿から出向いたのに、見事空振り三振に終わった千林の「角屋」である。

この日は快晴。絶好の氷日和。おまけに日曜。大行列、大混雑の要素は全て詰まっている。再びここの氷にありつけるのに一体どれだけ時間がかかるのか、全く見当がつかない。だがここで尻込みしては、この旅が完結しない。気持ちを引きずったまま、東京へ帰るのはいやであった。


京橋で京阪電車に乗り換える。

普通車はガラ空きで、ベビーカーの子連れが乗っているのは東京も同じだが、電車が空いていて人々の気持ちに余裕があるのか、下町的な人情溢れる場所なのか、見知らぬ乗客同士のちょっとした会話が見られ、和やかな空気が流れていた。


電車は千林駅に着いた。

例によって素敵な男声合唱による商店街PRソングが流れるアーケードの下を、一目散にひたすら歩く。途中の薬局で日焼け止めが随分安い値段で山ほど売っていたが、足を止めている暇はない。


商店街の角を曲がってみると、果たしてご覧の大行列。

ここまで来たら、もう後には引けない。

並ぶこと暫し。思った以上に回転が早い。

民芸喫茶、和風甘味処といった小洒落た作りの店ではなく、厨房の間を「おじゃましまーす」的にすり抜けて、奥の簡素な狭いテーブル席へ腰掛ける。さっさと食べないとすぐに溶けるかき氷を食べ、食べ終わってお喋りに興じるような雰囲気ではない。

この店の、そんな立ち食い蕎麦屋かうどん屋のテーブルみたいな、実用本位の飾らぬ作りにこの時ばかりは救われた。


一度来ているから、もう注文の勝手は分かっている。

手早くササッと紙に書き、お姉さんに手渡した。

するとほどなく、数日前に初めて来た時は見かけなかったおかみさんがやってきて、がちゃがちゃ慌ただしい中、こう訊かれた。


「ほんまに2つでよろしいですのん?」

「ええ、欲張って2つ頂くことにしましてん」


氷1杯でも結構な量なので、1人で2つもほんまに食べるのか、わざわざ聞きに来てくれたのだ。

こうして頼んだのが次の2つ。



「氷チョコソフト」 (400円)



「おぐらプリンソフト」 (320円)


まずは氷から。

ねっとりとした濃厚なチョコレートソースがふんだんに氷にかかり、ちょっとでも匙を入れるとたちまち崩れ落ちそうなてんこ盛り。慎重にてっぺんから掬っては食べ、掬っては食べ…漸く底のほうから白いソフトクリームが姿を現し、ここで“味変”。ぐるりが冷たい氷だから、ソフトクリームがちょっと硬めではあるが、これは珍しいチョコレート味のかき氷である。


合間に交互に食べたのが「プリン」のほう。

激安とはいえ、ちゃんとした焼きプリンで、カラメルの苦みも味わえる。小倉は大判焼の具にそのままなりそうな、べちゃっとしていない締まった食感の塩ッ気の効いた味。ぴゅーっとそそり立ったソフトクリームの陰に隠れて見え辛いが、背後にはスパッと斜め切りされたバナナが2本屹立し、ゴーフレットでよいのだろうか、三角形に近い扇形の洋風薄焼き煎餅が脇を固める。こいつでクリームと粒餡を一緒に掬っては食べ、スプーンでプリンを掬っては食べ、これを交互に繰り返す。甘党には堪らぬ至福の時だ。


客層は小さい子連れの近所の若い母親たち連合。女子高生たち。気取らぬ店ゆえか男子学生の集団も入り混じる。次々に注文の品が来て、皆手早く口に入れ、食べたらササッと店を出る。

並んでいる次の客が入れ替わり腰を下ろす。


冷たいデザート2杯食い、もうこれで思い残すことはない。

十分すぎるほど堪能した。

店を出ると、ご覧の通り、まだまだ長蛇の列は続いていた。

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新幹線まであと1時間。

帰りは商店街をそのまま北上。地下鉄を乗り継ぎ、新大阪を目指す。

千林大宮ホームに降り立つと、丁度電車は出たばかり。気ばかり焦る。

東梅田から梅田へ、人があちこち入り乱れる地下街を人ごみを縫うように早足で進むももどかしく、漸く御堂筋線に乗る。


中津の先で地上に出る。

電車は轟音を立て、淀川の長い鉄橋を渡った。

既に日は落ち、西の空の向こうに夕焼けのオレンジ色がじわりと広がる。

阪急電車との乗換駅、西中島南方を過ぎると、車窓はどこか人工的な雰囲気漂うビル街へと徐々に変貌を遂げ、新大阪が近付いてくる。


以前は新幹線の切符で大阪駅からJRに乗り、いつも混んでいる電車に揺られながら淀川を渡って新大阪へ向かうというのが、大阪の旅の締め括りの定番であった。


だが、こうして地下鉄に乗って、並行する新御堂筋を行き交う車越しに夕暮れ迫るビル街を眺めながら新大阪へ至るのも、なかなか味のある大阪との別れ方だと思うのだ。


さらば大阪。さらば生まれ故郷の隣町。

さらば魅惑に溢れた趣味の街。


夕焼け空を眺めつつ、また近い再訪を心に誓い、ひとまず大阪に別れを告げた。



電車は新大阪ホームへ滑り込んだ。

ここからJRの駅まで地下通路を少し歩かねばならない。

僅かに残された時間を使い、後学のために駅ビル地下の喫茶店を見て歩いた。到底入る暇はないが、今後の課題にしよう。







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少々の余裕をもって改札を通り、土産物屋を見て回り、ここぞとばかりに土産を買い込む。


新大阪始発の「のぞみ」を選んで乗ることが多くなった。

誰も乗っていない車内に乗り込み、真っ先に荷物を網棚に乗せてリラックスするのは気持ちいいものだ。

既に夜の帳が降りている。発車する間もなく弁当を広げてしまった。

この日適当に選んだのは「30品目以上弁当」(910円)というヘルシー志向の駅弁であった。野菜の煮物の味付けが京風なのが、元関西人には嬉しい。


途中、上牧、水無瀬あたりで一瞬阪急電車と出会うと、ほどなく京都に着く。

この辺りで既に弁当は食べ終わってしまう。

巨大蝋燭の京都タワーを見送り、鴨川を渡ると、関西との別れを感じる。

逆に来る時はこの車窓を見ると、自分のルーツに近付いたという実感が湧く。

既に外は真っ暗で、トンネルを抜けると徐々に市街地から遠ざかり、早くも睡魔に襲われた。


…車掌の遠慮がちなアナウンスで目が覚めた。


「只今列車は○時×分、定刻で小田原駅を通過致しました。」


新横浜、品川と連続して停まり、徐々に乗客が降りていく中、少しずつ東京へ帰ってきたという実感が湧く。

その昔、「新幹線ひかり号」が主流だった時代は品川駅はなく、新横浜にも停まらなかった。品川を通り、京急の駅が見える辺りから電車は速度を落とし、惰性走行になる。

更にスピードを落とし、人を満載した山手線、京浜東北線を見下ろしながら、左手奥に日比谷公園が見える頃、目を右側に転じると、嘗ては日劇が見えた。

そこでいよいよ東京へ戻ってきたという実感が湧いた。

神戸から東京へ越してから何年もの間、神戸へ「帰る」、東京へ「行く」という感覚が幼心に残っていた。

それが名実ともに、神戸へ「行く」、東京へ「帰る」、そんな感覚に変わっていったのは一体いつ頃からなのだろう。そうやって私は徐々に“東京の人”になっていった。


*****


そんな感傷に浸るも束の間、列車は東京駅に着いた。

慣れた東京駅の喧騒。ホームの端から端、中央線へ向かう。

いつものペースに身体はすっかり戻り、家路についた。


約10日ぶりに帰ってきた我が家は何だかよそよそしい表情に思えた。

荷物を解き、シャワーを浴び、この日ばかりは早く寝た。


翌日以降、新大阪で次々に買い込んだ土産を順次片付けていった。

日持ちのしないものから開けていく。


まずは「赤福」。伊勢に行ったわけではないのだけれど、とりあえず関西行の土産の一番手として、自分にとっては欠かせない。



続いてこれはお初の「わらび餅」

菓匠千壽庵吉宗という奈良の店のもの。

奈良は今回訪ねたわけではないから、直接は関係ないのだが、生来わらび餅好きゆえ、細かなことは気にしない。

冷蔵庫には入れてくれるなとわざわざ書いてあったので、常温保存。きな粉をまぶして一気に食う。ぷるんとして美味。



続いて京都の漬物群。大して高価なものは選んでいない。

子供の頃は、カレーの福神漬と、「おこうこう」と呼んでいた沢庵以外は漬物は全て嫌いだった自分が、長じて自ら漬物を土産に買うようになろうとは、当時夢にも思わなかった。

酢の味の中に甘みが美味い「千枚漬」、酸っぱい味の中にコリコリした食感が美味しい「すぐき」。この辺りが京漬物の定番だが、自分としては「長いもゆず」を選ぶところがこだわりである。

長芋の漬物、柔らかくい口当たりの中にゴリゴリした食感が少し残り、ねばりっ気が少々。柚子の風味がアクセント。京漬物の中でも一押しの品。


続いて八ッ橋たち。

おたべ人形贔屓なだけに、生八ッ橋なら「おたべ」を選ぶ。

近年、色々な味が出来、色鮮やかで楽しいが、チョコレート味で「う~ん…」、ラムネ味は「???」、やはり昔から馴染んでいるニッキと抹茶、具が粒あん、これが一番しっくり来る。

今回随分久しぶりに「本家西尾八ッ橋」も買った。

こちらは四角い皮がひたすら重ねられた、具が入らないシンプルなタイプ。ほの甘いもちもちとした食感が楽しめ、腹持ちも良く、しかも432円と安い。それにこの店が一番歴史が古いということだ。

最後は日持ちのする「聖護院八ッ橋」

これも定番中の定番。

ニッキの効いたパリッとした太鼓橋型の煎餅。口に含んで前歯で噛むと、何故か縦に割れること多し。一袋に3枚入り、お得感があり、これも結構腹持ちがよい。それに何といっても日持ちする。


…駆け込みで衝動買いした土産の数々。

しかし、よくよく考えてみれば、大阪メインで旅してきたのに、見事に大阪を飛び越えて、京都はともかく、行ってもいない奈良や伊勢の土産を選び、我ながら随分と薄情というか現金というか…。


そう思いかけたところで、これを買ってきたことを思い出した。

「すち子のねぶり飴」

昔、吉本の「たこ焼きケーキ」などを買ってはみたものの、自分としては「あかん」と思って以来、吉本のお菓子はずっと敬遠してきたが、この「すち子」はミックスジュース味で意外といっては失礼なほど、実に美味い。


そういえばこの旅では買ってこなかったが、「面白い恋人」も裁判沙汰になっただけに、キワモノと思っていたら、意外なほどに普通に美味かった。

少なくとも神戸、東京、上野と3種類ある凬月堂の、それぞれ微妙に違う「ゴーフル」の、紛い物位には美味い…って、これって全然褒め言葉になってないやん。


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昨年9月初旬に旅したことを、延々書き記してきたが、気付けば半年かかってしまった。

この長期連載も、これにてまずは目出度く完結。

時折急に関西弁に転ずる旅日記、読みにくくもあり、時にディープに嵌まり、微に入り細を穿つ内容の数々、ここまでお付き合い下さり有難うございました。


次回は全く別のテーマにする予定。