9月3日(水)


梅田―千里中央―山田―北千里


北千里―(淡路)―梅田―(淡路)―天神橋筋六丁目


天満橋―淀屋橋―本町―心斎橋―梅田


大阪―毛馬橋―大阪―大阪城公園


大阪城公園―大阪


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前回の続き。


淀屋橋で京阪電車から御堂筋線に乗り換えて、お隣・本町へと向かう。

地下鉄中央線への乗り換え通路へ進み、改札を出て、尚地下を進む。

駅直結のビルに入る。

駅の名前こそ「本町」だが、この辺りは船場といったほうが通りが良い。

大阪商人の集う街、中でも繊維問屋の街というイメージがある。


東西に走る地下鉄中央線の上にまたがる形で、船場センタービルという建物が横長に連なる。今回訪ねたのは、その中の9号館という建物だ。

昭和レトロな賑やかなグルメ街が広がる。

花屋の向かいに「せんば自由軒」を発見。行きつけている難波の自由軒のサイトを見ると、元々は暖簾分け店ではあるものの、現在直接の関係はないと書かれている。

「小川軒」や「凬月堂」のようなものなのだろうか。

今回の目的はここではない。

お目当ての店はその斜め向かい奥にあった。

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純喫茶三輪


大阪市中央区船場中央3-3-9 船場センタービル9号館B2F


7:00~20:30(食べログには19:00迄と記載あり)

日祝休

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出入口両脇に大きなサンプルケースが煌々と光っている。

まずは近くに寄ってみた。

見よ、この夥しいサンプルの数を!

そして、このレトロな草臥れ加減を!

恐る恐る中に入ってみると、そこにはゴージャスな空間が広がっていた。

一言で言えば、赤い部屋である。

仕切も何もないが、一応分煙化されているらしく、禁煙席を所望したら、厨房並びの奥まった一角へと案内された。

そこから店内を観察する。紅い絨毯、深紅のベルベットの椅子。テーブルに壁、各席の仕切り、照明の覆い、全てが茶色の木目で統一され、何ともいえない和洋折衷空間が展開する。


更にウェイトレスさんの制服が振るっている。

この空間から飛び出してきたかのような、ゴージャスな深紅のワンピース。腰を黒いベルトでキュッと締め、細かなプリーツが刻まれた長めの丈のスカートが、歩く度にふわりと揺れる。

ここには若いウェイトレスさんはいない。

皆、おばちゃん否おば様ばかりである。恐らく60代半ばは上回っておられよう。落ち着いた物腰のおば様が広いフロアに数名。


メニューを見せてもらった。表でサンプルをさんざん眺めてはきたが、決めかねたのだ。

ほほう、ミルクセーキがあるではないか。

ならば飲み物はこれ。

折角だから、何か食べ物、できれば甘いものを頼もう。

おば様に、「プリンアラモード」と「プリンサンデー」の違いを尋ねてみたが、大きいのがプリンアラモードで…とあまり明確な回答は得られなかった。

やや控えめに、「プリンサンデー」を頼んだ。

ほどなくしてミルクセーキが運ばれてきた。

今となっては滅多にお目に掛かれぬ、表面のデコボコが激しい、随分懐かしいグラスである。所々卵の黄身のオレンジ色の粒々が入っているのが良い。ストローでそっと吸ってみると、濃厚な甘みが口腔中に広がった。

続いて「プリンサンデー」。飾りナイフが施され、パーッと左右に広がったフルーツが、シンプル志向の今どきのパフェの逆をいく。天辺に絞られたホイップが、何だかレースに見えてくる。


プリンがやけに光っているな…と思ったら、焼いたり蒸したりして作ったカスタードプリンではなく、ゼラチンで固めたタイプのプリンであった。

とはいうものの、決して「プッチンプリン」のようなものとも違う。濃厚なカラメルソースを纏い、ねっとりとした弾力性を保ちながらも、ほろ苦さも再現された独創的なプリンである。

原液の配合が独特なのだろう。茶碗蒸しというよりは胡麻豆腐のような食感に思えた。


よく見ると、向こうの壁際のこれまた木製什器の上には、壺に陶器人形に置時計と、さまざまな置物が所狭しと並べられ、一昔前の応接間の雰囲気が漂っている。天井から壁にかけて、均等な感覚でL字型の木製装飾が施され、それが部分的な陰となって、間接照明の如き効果を醸し出している。

照明は全て柔らかな電球色で、ベルベットの深紅を一層魅力的に光らせている。


この雰囲気、この空間。夜に水割りでも出せば、さぞや良い雰囲気のナイトクラブになりそうではあるが、閉店は早く、バータイムはない。

船場センタービルのサイトには、20:30閉店とあるが、19時閉店という説もあり、いずれにせよここはあくまで純喫茶に徹した店なのだ。


商談で、或いは商用の合間に、憩いの場として提供されるゴージャス空間なのであろう。


お勘定は、入った方とは反対側の出入口脇にあり、空いた店内を横切る格好となった。

レジを担当してくれたのは、先ほどの給仕とは別の、より年配のおば様であった。


「まぁ沢山召し上がって頂いて…」

「懐かしいメニューがいっぱいで、どれも値段がお手頃で、つい欲張ってしまいました」と私。

「また来て下さいね」


物柔らかな口調で、自分の母親よりも年配のおば様とのさりげない会話。

しかも相手は非日常の深紅の衣裳に包まれている。

もしかすると普段着は地味なおばちゃんの格好なのかもしれない。或いは外部の人間が思い描く大阪のおばちゃんのイメージそのままの、豹柄なんかがお似合いの方もおられるかもしれない。

だが、この店の、この場所では、周囲のインテリアに同化した深紅の衣裳が彼女たちの晴れ姿。若い娘は要らない。歳を重ねたおば様方にだって晴れ舞台は必要だ。この場所は、彼女たちが優雅に舞うステージであってほしい。


そんなことを思いながら、どちらも美味しかった旨丁重に告げ、この店を辞したのである。


入ったのとは別の側から出たので、尚もサンプルケースに見入っている。

店の脇に、ウェイトレス募集の貼紙がしてあった。白い紙に筆文字の、質実剛健な書体。自ずと対象年齢層を絞っていると思うのは、考え過ぎであろうか。

頃は午下り。夕刻にはまだちと間があるが、一旦閉まった辺りの店では、早くも夜の開店に備え、料理の仕込みに忙しい。そんな活気が伝わってくるかのようであった。

折角なので地上へ出てみた。船場センタービルが連なっている上を、高速道路が走っている。


商店街が御堂筋に沿って長く伸びている。船場らしく、呉服問屋が大きな店を構えている。アーケードの入口に「心斎橋」とあったので、ここを進めば心斎橋方面へ行けそうだが、数時間前まで天神橋筋商店街を散々歩き倒したばかりなので、ここは大人しく駅に戻り、再び地下鉄の乗客となった。

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お隣・心斎橋で降りた。一昨日以来である。

再びここへ来たのにはわけがあった。

一度来たから、もう道に迷う心配もない。一散に「まんだらけグランドカオス」へと向かう。


一昨日の来店時、気になるアイテムを見つけたが、その時は思い留まった。よく考え直した末、やはり引き寄せられてやって来た。

こうして思案の末、買い求めたのはこれである。

この文章をお読みのほぼ全ての方が、この方の名前はご存じではないだろう。

あまり有名な女優ではない。

かく申す私も、数年前、『エゴイスト』という昼ドラマでその名を知った。

吉井怜、宮地真緒、川島なお美というメインキャスト達よりも、何故か印象に残った。

引退した元・女優という役どころで、苦労が顔に出たような役だったが、若い頃はさぞや美女と思い興味を持った。

以来、『インディゴの夜』、『聖母・聖美物語』と、大役ではないものの時折昼ドラでお見掛けする。


この写真集は、1983年刊。興味本位でおいそれと買えないプレミア価格の相場だが、それに比べれば割安であった。

それでも5,000円したから、買うには少々勇気が要った。


宿に持ち帰って中身を見たが、そんなにものすごい内容ではない。写真の脇に文章が載っているが、如何にも向こうっ気の強そうなカメラマン氏が、この写真集の撮影のためにアメリカのホテルへ滞在しようとしたところ、設備が古くてお湯が出ず、おまけに日本人観光客だと思って馬鹿にして、いい加減にあしらおうとしたフロントに、英語で猛抗議した結果、徐々に向こうの態度が丁重になり、立場が逆転し、代金を返させ、高級ホテルに移って一件落着という、写真そのものには大して関係のない自慢話を多分に込めた苦労話である。


いずれにせよとうとう写真集まで買ってしまった。この後、袋にくるんで大切に東京へ持ち帰った。


前回同様、長~いソフトクリームで一息ついた後、再び梅田へと戻る。


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JR大阪駅前のバスターミナルから、バスに乗る。毛馬橋という停留所で降り、少し歩く。図らずも前夜の探訪が下見の格好となった。

今度はまだ陽のある4時過ぎなので、辺りの様子がよくわかる。

古そうな長屋。前の道は途中で舗装も途切れ、所々鬱蒼と草が生える。背後に聳え立つ巨大マンションと対照的だ。よく見ると、風呂屋の煙突が伸びているのがわかる。

空に轟音が響き、ジェット機が低空飛行して行った。伊丹は近い。

かくして漸く、開いている淀川温泉を訪れることができたのである。


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淀川温泉


大阪市都島区毛馬町3-3-38


15:30~21:00 月休

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建物の前で天に向かって伸びる松の枝ぶりの見事さよ。

ここだけやけに広い敷地内の広場には、古そうな平屋の家々が並ぶ。

暖簾が掛かった入口に近付く。

靴脱ぎが広い。

番台でお金を払い、中に入る。

上の写真でも少し覗いているが、脱衣所の天井の照明からして凝った造りだ。木製格子の四角の中に、木で縁取りされた丸い窪みが作られ、更にその内側には模様。中央に照明が設けられている。


浴室へ入る。

随分広々とした造りだ。

入って左側すぐに水鉢。右側には水風呂。

中央には四隅が石で囲まれた島型の主浴槽がデーンと構える。

カランは左手側の壁沿いに並び、モザイク模様が施されたタイルで覆われた床が広い。

正面奥にも浴槽が並ぶ。左手側から順に、電気、超音波、浅風呂、サウナ…と並び、その一角は、奥壁にさながらステージの如く、石造り文様のタイルで埋められたアーチ二連の壁、アーチの中から灯りが煌々と灯っている。


向かって右側には露天風呂へ通じる出入口があるが、残念なことに休みの札が出ていた。

窓の縁取りと、正面奥の壁伝いに、濃紺色の細かいタイルが使われ、良いアクセントになっている。


上がって湯冷まし。靴を履き、惚れ惚れとした思いで建物を見上げている。


屋号の上を鉄骨柱がまたぎ、左隣の松の幹を取り囲むように補強しているのが、結構芸が細かい。松がもっと育ったら、どうなるのだろうか。

こうして写真を撮っていると、客足が途絶えたのか、番台のおかみさんが表へ出てきて、声を掛けられ少し立ち話した。

東京から旅行中であること、夜な夜な宿を脱け出し、レトロな雰囲気の銭湯を梯子して回っていること、実は昨晩も来たが、既に閉店後であったことなどを話した。

最近は夜9時には閉めてしまうとのことであった。


おかみさんは東京の土地勘が若干あるらしい。東京のどこから来たのか尋ねられた。

聞けば息子さんが東京へ出て、医者になっているらしい。

親としては誇らしいことだろうが、銭湯を継いでくれそうにはない。私たちの代限りだと仰っていた。

こんなに立派で、余裕のある造りの銭湯はそうあるものではない。古本屋にせよ、喫茶店にせよ、古くから続く店を維持するには、後継者問題に必ず行き当る。

ここでもまた、そんな問題を実感し、考えさせられてしまうこととなった。


広い敷地脇の文化住宅も、淀川温泉が建てたものだという。道理で脱衣所に「文化住宅空きあります」と貼紙があるわけだ。

アパートのことを「文化住宅」或いは「文化」という呼び方も、随分久しぶりに聞いた気がする。亡くなった祖母が昔よくそう言っていたのを思い出した。

やがて電話が鳴り、おかみさんは中へ引っ込み、それを潮に退散した。

聳え立つ煙突が空にくっきり映えている。

ぐるっと周囲を回ると、すぐ傍にはこんな一角があった。

先ほどの長屋の前を通り抜け、道を一本渡った先にも、古そうな家々が並ぶが、このすぐ先は家が壊され更地になって、マンションでも建つのだろうか。こうして徐々に古い街並みが無くなっていく。

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再び大阪駅へ戻ってきた。

これから芝居である。

開演までまだ少し間がある。


劇場が最寄りの大阪城公園駅前に喫茶店など期待できそうにないと思えた。梅田の喫茶店で時間をつぶそうかとも思ったが、これ以上飲み食いするのは躊躇われ、環状線を敢えて逆方向、京橋方面ではなく西九条方面に乗って、時間をつぶすことにした。


と書くと、如何にも最初から考えてそうしているように見えようが、ホームが人で溢れ返り、外回りに乗り込む気力が失せただけのことである。

紀州路快速をやり過ごす内、内回りも混み始め、満員電車に立っていたが、西九条で座れると、湯上りの脱力感からふいに睡魔に襲われて、気付けば天王寺を越していた。


電車は大阪城公園に着いた。

随分人が降り、公園へ向かって歩いて行く。

どうやら大阪城ホールでコンサートがあるようだった。


砂地の道を重い足取りで歩いていると、漸く橋の向こうに目指す劇場が姿を見せた。

思った通り駅前からここまで何もなかった。環状線逆回りでの時間つぶしは正解であった。

コンサートへ向かう人々を当て込んでか、テキ屋が屋台を開いている。

おっちゃんからド派手なチョコバナナなんかを買って、船着場の前で齧るよりは、まだましだったことだろう。


さあこれから観劇。たっぷり3時間半の長丁場だ。

仮眠はとれた積りだが、居眠りこけないようにしなければ…。



以上、敬称略。

次回へ続く。