9月3日(水)


梅田―千里中央―山田―北千里


北千里―(淡路)―梅田―(淡路)―天神橋筋六丁目


天満橋―淀屋橋―本町―心斎橋―梅田


大阪―毛馬橋―大阪―大阪城公園


大阪城公園―大阪


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前回の続き。

この日も遅めの朝食。串揚げ5種類にどぶ汁、スクランブルエッグに焼き魚。豆のサラダにヨーグルト。白いご飯に牛タンカレー。食べていないのはパンだけと、フルコースを2周位してしまったせいでお腹はパンパン。

朝からミナミへ繰り出して、喫茶店だ!と思っていたが、とてもとてもこれ以上は何も入らぬ。予定コースからは早くも外れ、腹ごなしのつもりで梅田から御堂筋線で逆方向、終点・千里中央を目指すことにした。


お隣・中津を出ると、地下鉄電車は地上へ顔出し、淀川をゴトゴト渡る。平日朝、郊外へと向かう空いた電車。陽光がさんさんと照りつけ、嗚呼何という心地よきまどろみ…というわけにはいかぬ薄曇りの陽気だったが、まずまずの好天。やはり地底の穴倉よりは、地上を走るほうが気持ち良い。


新御堂筋に挟まれて、車と並走しながら暫く走る。終点間際で再び地下へ潜り、千里中央へ。遥か昔、大阪万博の時、東へ折れて中国自動車道と並走。万博輸送のメインルートで、地下トンネルに当時の分岐跡が残っていると何かの本で読んだ覚えがあるが、残念ながら全くわからなかった。


「千里中央」だと長いのか、時々略して「せんちゅう」といわれているが、個人的にはどうも“線虫”を連想してしまうので、あまり使いたくない。


乗ってきたのは大阪市交の車両だったが、向かいに北大阪急行の「ポールスター」が停まっていたので記念に写す。外見は阪急電車ほど渋くはないが、内装は阪急電車そのものといってよい。

新型が出たので、この型もやがて置き換えられるのだろう。

階段を上ると、コンコースからホームが吹き抜けになっている。みなとみらい線の先輩格だといえようか。

真ん中がポッカリ開いた両脇には結構渋い飲食店が立ち並ぶ。未来志向のインテリアとのコントラストが面白い。


地上に出た。何だか遊園地の入口みたいに思える。

目指す先はモノレール。これでぐるっと門真市まで回るのもいいが、既に予定外のコースなので、あまり遠回りばかりもしていられない。

お隣・山田で途中下車。モノレールを見送った。

阪急千里線に乗り換える。折角ここまで来ていながら、ストレートに淡路方面へ向かうのも何だか勿体なく、終点・北千里を目指すことにする。


ホームには小学生たちが多数屯している。遠足のようだ。

彼らを避けてホーム端で電車を待っていたが、後から後から増え続け、やがて私の周りも小学生の一団に取り囲まれてしまった。

1人の男の子が恐る恐る近寄ってきて、「こんにちは」と挨拶してきた。度胸試しの積りなのか。ちょっとおっかなびっくりしながら、勇気を出して…という感じである。

見知らぬ子供に挨拶されて、決して悪い気はしない。

被っていた帽子を取って、「こんにちは」と挨拶を返した。

どんな大人に見えたのだろうか。変なおじさん?それともちょっと怖そうな人?


その内電車がやって来た。小学生たちと一緒に乗り込んだ。座っても良いらしく、彼らは適当に立ったり座ったりしている。遠足の行きが一番楽しい。引率の先生の「静かに!」という声も届かない。

扉脇に立っていると、その引率の女性教師から、「どうもすみません」と謝られた。

「いえいえ」と応える。自分も大昔はああだったのだ。いちびっとる(はしゃいでいる)のを目くじらたてることもあるまい。そう思っている。ガッコの先生は大変だなと思う。


電車はほどなく北千里に着いた。ここで降りるのは初めてだ。ニュータウンの真ん中というイメージがある。小学生たちは次々に列をなして降りていく。専用改札が開放されて、フリーパスなのがちょっぴり羨ましい。

彼らは一体どこへ遠足に行くのだろう?

駅の東側に降りてみた。その昔、北千里から先、国立循環器病センター辺りからぐるっと円弧を描くようにして、箕面線の終点・箕面の1つ手前、牧落という駅まで線路を伸ばし、石橋方面へ直通、そのまま宝塚線に入って、途中曽根からほぼ直線で神戸線の神崎川へ至り、そこから更に分岐して新幹線沿いに進み、新大阪。そこから淡路へと至る。淡路で千里線に入り、再び北千里へと至る、壮大な環状運転計画が阪急にはあったと本で読んだことがある。

元は昭和30年代の計画らしいが、もし実現していたら一体どうなっていたことだろう。


ともあれ、その名残なのか、北千里駅ホームから先に暫く真っ直ぐ線路は続き、長い引上げ線となっている。そこに停泊する電車を見に行ってやろう。そう思ったわけである。


広い道路の向こう側を先ほどの小学生たちが歩いて行く。どうやら彼らの目的地は、その先にある千里山公園という所らしい。


築堤上の線路の麓には、駐車場と駐輪場が細長く続いている。

立ち入り禁止とは書かれていないし、人も車も居ないので、ちょっとお邪魔し、ローアングルで停まっている電車を撮った。見上げてごらん、阪急電車。目線の先はコンプレッサー。


駐輪場も尽き、その先で長い引上線も途絶え、そこを横切るように急な石階段があり、そこの金網越に今度は電車を見下ろす格好になる。

数段階段を下りただけで、印象が随分変わる。それにしてもやはり「3300」は扁平顔や。


そろそろ駅へ戻ろうか。線路をくぐって西へ出る。

やっぱりどこか未来志向。


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駅のホームへ上って立つと、大阪市交の電車が停まっていた。

更新が進めばやがてこの顔もなくなろう。

腰の標識灯と尾灯をアップ。ここだけ見ると阪急の8000系とよく似てはる。


振り向けばさっき激写(?)してきた阪急車とお見合い。



電車はやがて出発し、結構うねうね曲がりつつ、淡路駅へと滑り込んだ。


向かいにいたのは最新型の新1300系電車。いずれ珍しくも何ともなくなるだろうが、今はまだ珍しい存在。昨夜会ったがまた会った。ここで会ったが百年目…ってのは、まぁウソですけど、とにかく誘惑に負けて梅田へ戻ってしまったわけである。


最後尾だから客も居まい。車内の写真撮ったろ思たら、サッサとおっさん乗り込んだ。

邪魔や。おっさん、どけや!

まぁそう言うわけにもいかんしね…。

気を取り直してホームで撮影。すぐさまこれに乗り、再び淡路を目指す。こういう時、スルッとKANSAIのフリーパスを持っていると、便利、便利。

結局車内はおっさんと私位しか乗っておらず、空いてる車内を写してみる。淀川べりの緑とピカピカの真新しい車内の木目が良いコントラストとなる。


再び淡路へやって来た。梅田方面には2300系という最古参の形式が停まっていた。車齢は高いもので50年にもなるそうだ。京都線用に、ステップが張り出している点にご注目。

新1300系電車の増備が進めば、真っ先に淘汰されることだろう。こうして気軽に写したり、乗ったりできるのも今の内。

今度こそ天六へ向かう。ここで降りるのも初めてだ。

ここへ来るのがもう5年ほど早ければ、昔の阪急の終点、天神橋駅跡が拝めるビルが建っていたが、既に解体されて跡形もない。Googleストリートビューでは見ることができていたが、こちらも新しいビルに変わっている。


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寄り道はせずに、これから天神橋筋商店街をひたすら歩くことにする。

よく見ると、上にお神輿が。


ここは南北2.6kmと、直線距離では日本一の長さを誇る巨大商店街。

今春、『アド街』で取り上げられているのを見て、是非とも行ってみたくなった。


途中、喫茶モーデン、自由軒の支店等々…魅惑の飲食店が次々と現れるが、それらの誘惑にひたすら耐え、向かった先はここ。

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喫茶 ビクター


大阪市北区天神橋4-8-29


8:00~23:00(日祝は22:00迄) 無休

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2階へ上がる。ステンドグラスがまばゆい。


頼んだのは「オムスパセット」、「マロンフラッペ」。

ケチャップがかかった薄焼き玉子の中から、スパゲティナポリタンがこんにちは。
ケチャップ好きには堪らぬが、オム皮がトロリ半熟とまではいかぬようで…。

続いて来たのはお待ちかねの氷。


みぞれのかかった氷の表面に、栗の甘露煮、ミカンの缶詰、天辺にはチェリーの缶詰、これらが散りばめられただけというシンプルこの上ない一品。


具材がなくなると、あとはひたすらみぞれ味のほの甘い氷になってしまうから、ペース配分に随分と気を遣わされる氷であった。


食後にコーヒー。忘れられていた。セットなのにそらないわ。

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再び商店街へ出る。まだまだ道は長い。

途中で天牛書店に行き当たる。通販では幾度かお世話になっている。大阪環状線の天満駅が近いせいか、結構客の入りが良い。一通り店内を見回ったが、欲しいものは見つからず、すぐに出た。

一旦アーケードが途切れ、京阪国道を渡る。JR東西線の大阪天満宮駅、地下鉄堺筋線・南森町駅はここである。

道の向こうに黒山の人だかりがあった。何だろう?と覗いてみると、TV番組の収録のようだが、残念ながらお二方ともどなたか存じ上げない。

尚も南へ真っ直ぐ進む。徐々に人通りが少なくなる。とうとうアーケードが途切れ、露天に出た。後ろの方を振り返る。


ビルが立ち並ぶ中、「串カツ」と書かれた赤提灯が渋い。

天神橋を渡る。左斜め前方には京阪電車の天満橋駅ビルが見えている。


右斜め前方、川の向こうに何やら趣ある建物が見えてきた。

橋を渡って傍に寄ってみた。

「ルポンドシエル」というフランス料理店であった。

重厚な面構えで、迂闊には入り難い。


川の上を高速道路の高架橋が複雑に交差する。大阪の金融街・北浜が近いはず。

北浜まで歩こうかとも思ったが、土地勘がなく、果たしてどこまで歩けば良いのやら。いい加減足もしんどくなってきた。遠目でも目的地がはっきり見える天満橋を目指す。が、後で地図を見たら、北浜駅の方が遥かに近かった。残念。


京阪電車のホームに漸く辿りつく。

特急が来たのでこれに乗る。偶々目の前に来たのは2階建て車だった。敢えて1階、階下席を選ぶ。

2階席はハイデッカーで、眺めは良いが、見下ろす景色に接する機会は結構多いものなのだ。

階下席のほうが船底みたいで非日常感が味わえ、おまけに大抵空いている。いつしか下を選ぶようになった。


幾度か乗ったことのある「ホリデー快速ビューやまなし」、総武快速、東北本線、高崎線、湘南新宿ライン、常磐線のグリーン車、いずれも下に乗ることが多い。


大震災の前年、東北方面へ旅した帰り、仙台から常磐線の鈍行を乗り継ぎ、乗り継ぎして、7時間かけて上野へ帰ってきたことがある。

最後は勝田で乗り換えた。

硬い椅子の連続で、そろそろ疲れ果てたので、最後位特急に乗ろうかとも思ったが、折角鈍行乗り継ぎで来たのだから、鈍行乗りを全うしたいと思い直し、せめてもの些やかなる贅沢、グリーン車に乗ったことがあった。

この時も敢えて階下席。

時は真夏。汗で濡れたTシャツがべったりと貼りつき、そのまま乾いている。気持ち悪いことこの上ない。始発駅で乗客は他に誰もおらず、グリーンアテンダントのお姉さんも一度通ったきり来なかった。ホームに面した窓のスクリーンを幾つか下ろし、諸肌脱いで、生着替えを決め込んだ。あの時の気持ち良かったこと。


そんなことを思う内、ほどなく終点・淀屋橋に着いた。目線の先にはすれすれのホームが広がる。

決してローアングルでお姉さんの脚が見たいわけではありません。


以下、次回へと続く。