インド映画の記事ばかりが続くことになってしまうが、ご容赦を。
本作はインド映画にしては上映時間が短く、話もシンプルで、劇中で主人公への応援歌は幾つか流れるが、歌と踊りの場面もない。
美味しそうな料理が次々に現われ、インドカレーが無性に食べたくなること請け合い。
ではあらすじを追ってみることにする。
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陽気な性格のスタンリー少年はクラスの人気者。
昼休みになると、みんな家からそれぞれ弁当を持ってきて、昼食を楽しんでいる。
だがスタンリーは教室をそっと抜け出し、水道水を飲んで空腹を我慢している。
スタンリーは両親が海外に行ってしまっており、お弁当を作ってくれる人がいないのである。
だが彼は決してそれをクラスメートたちに明かそうとしない。
友達の一人・アビシェークは、そんな彼を見かねて、みんなでお弁当を少しずつ分けてあげようと提案する。
スタンリーは恥ずかしく思いながらも、級友たちの好意を有難く思い、弁当を分けてもらう。
ところが食い意地が張った国語教師・ヴァルマーは、生徒たちの弁当に目をつけ、自分がそれを食べたいがために、弁当を分けてもらっているスタンリーを目の敵にし、スタンリーを叱り飛ばす。
「ネズミめ、お弁当を持ってこれない奴は学校に来る資格はない。」
スタンリーは次の日から学校に来なくなってしまう。
スタンリーを気遣う級友たち。やがて彼らはヴァルマーに厳しい目を向け、同僚の女性教師・ロージーからも抗議され、いたたまれなくなったヴァルマーは遂に教師の職を辞し、学校を去ってゆく。
一方スタンリーはダンスの発表会に出られることとなり、意気揚々と活躍する。
スタンリーのことを認め、優しく接するロージー先生の、婚約者の車で家まで送っていきましょうという申し出も断り、閉幕後も一人会場に残るスタンリー。
そんな彼に言葉を掛けたのはラフール校長であった。
ラフール校長はスタンリーを車で送るが、スタンリーはとある繁華街の入口で降りるという。
家へ帰るスタンリー。そこは粗末な料理屋であった。
彼の外出に罵声を浴びせ、こき使うのは彼の叔父。
実はスタンリーの両親は海外で共に事故で亡くなり、叔父の世話になっていたのであった。
料理店の従業員が、こっそり店の余り物で弁当を作ってくれる。
その翌日、古びてはいるが大きな弁当箱を提げて、得意気に登校するスタンリーの姿があった。
そして昼休み。彼は級友たちに、今までのお礼とばかり持参した弁当を振舞った。
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ギャグタッチで描かれてはいるが、ヴァルマーという髭もじゃの国語教師はひどい奴だ。
昼食時ともなると、彼は同僚教師たちの弁当を気にしてはねだり倒し、おすそ分けに預かっては悦に入っている。
その彼が目を付けたのは、自分が受け持ちのクラスで、裕福な家の息子・アマン・メヘラの持ってきたひときわ大きな弁当箱。
意地汚いヴァルマーは、何とかその弁当にありつこうと、教師の特権でアマンに命じ、弁当を広げさせ、あらかた食いつくしてしまった。
翌日から、ヴァルマーと生徒たちの静かなる戦いが始まる。
アマンたちは教室を出て、ある時はグランドの片隅、ある時は階段脇と、次々にヴァルマー教師の裏をかき、スタンリーを交えた昼食会を開く。
腹ぺこのヴァルマーが、その度に髭を揺すり、怒り心頭に達しながらアマンたちを探して歩いている。
そして遂にアマンたちを見つけたヴァルマーが、彼らに混じって弁当を分けてもらっているスタンリーに向かって吐いた暴言が上記の台詞。
ヴァルマーは、教師で給料ももらっている筈なのに、何で自分の弁当を持ってこないのか。
或いは持ってきてはいてもそれだけでは足りないのか。
自分のカネを使うのは嫌で、人の食べ物を欲しがるケチな気質の男なのか。
自分は人にたかっているくせに、それを棚に上げて、弁当を持ってこないスタンリーに事情を聞くでもなく、アマンの弁当を巡っての目下の「ライバル」であるスタンリーを、教師の特権で一方的に糾弾する。実にとんでもない野郎だ。
教師なら、スタンリーに声を掛け、辛抱強く事情を聞き出して、何とかしてやれよ。そしてお前が、自分の弁当をスタンリーに分けてやれよ。
時々周囲に笑い声が起こる中、私は「この髭もじゃ野郎、お前こそネズミだ」と胸くそ悪い思いで彼奴を睨みつけていたのである。
両親が海外に行っており、実はその海外で両親を喪うという不幸に見舞われ、深い傷を負いながらも、その弱みを見せまいと懸命に生きているスタンリーの気持ちは如何ばかりか。
他の教師たちがスタンリーを疎んじる中、得意な作文や、工夫して作り上げた工作を認め、褒めてくれるロージー先生の優しい眼差しと言葉。
そんな彼を妬むことなく素直に称えてくれる級友たち。
スタンリーは人知れぬ孤独に小さな胸を痛めながら、彼らの存在にどれほど救われたことだろう。
人格形成途上の人間が不遇に苛まれた時、誰か一人でも自分の味方になってくれる人が居れば、彼あるいは彼女は何とかそれに耐えることができる。
物語中盤、生徒たちやロージー先生の抗議に反省し、ヴァルマーは教職を辞して去ってゆく。私にはそれだけでもまだましに思える。
そして級友たちが、スタンリーの不遇の事情を聞き質すでもなく、実に素直な暖かい気持ちで、彼を思いやっている。そんな描写が通用する世界に救いを感じたのである。
今の日本だとどうだろう。
確実にスタンリーはクラスメートたちにいじめに遭うことだろう。
ヴァルマーのような自分勝手な教師が、いじめの尻馬に乗っかって、スタンリーをますます窮地に追い込むことだろう。
そして、そんな身勝手な教師に対し、敢然と抗議の意を申し渡すロージー先生のような勇気ある心の持ち主も少なくなってしまっていることだろう。
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今、昼ドラマで、『明日の光をつかめ2013夏』という作を毎日見ている。
物語がめまぐるしく推移する中、話の中心から外れてしまったが、蒼(あおい)ちゃんという少女が「かぼちゃハウス」に入ってくるまでのいきさつが少し前まで描かれた。
蒼ちゃんは進学校の高1で、母、兄と暮らしていたが、高3の兄はいじめに遭っており、耐えかねた兄が相手をナイフで刺し、自らは屋上から飛び降り命を絶った。
兄の担任だった教師は、校長から問い質され、保身のためいじめの存在を否定する。それを聞いた校長もまた、学校管理者として問われる社会的責任を逃れるため、いじめはなかったと言い張る。
いじめの明確な証拠を示したのに、それを無かったことにされ、息子のノイローゼと片付けられた母は、その喪失感と無常から、娘一人残して自らの命を絶った。
主人公のおっちゃん(演:渡辺いっけい)は、蒼ちゃんは全く悪くないのに、いじめ問題を追及されると自分たちの保身の妨げになるというだけの理由で、彼女を厄介払いし、問題児であるかのような扱いをしようとする、兄の担任教師と校長に対し、激しい怒りを露わにするが、当の蒼ちゃんがそれを気にせず達観して見えるので、物語は今、別の方向に進み、この問題は棚上げとなっている。
だが、物語としてこれで済む筈がない。
いつかこの問題が、より大きな問題となって物語の中心をなし、事なかれ主義に徹する教師たち、事件後も学校に通い続ける蒼ちゃんにいつか復讐されるのでは…と恐れている実は小心者のいじめ当事者たち、彼らに正義の鉄槌が下されることを期待しつつ、私はこのドラマの行く末を見守ることにした。
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それに比べれば、本作の学校の描かれ方は遥かにましだ。
少なくとも生徒たちは皆、不遇のスタンリーを温かく支え、そこには邪な妬みもいじめも微塵もない。人間としての理がわかっている心ある教師の存在もある。
経済的に発展途上にあり、貧困というものが実感として想像の範囲内にある社会と、豊かさが当たり前となり閉塞感を覚えた結果、弱者への憐憫という想像力を人々が失ってしまった社会。
そんな対比と説いてしまうのは簡単だが、そんな単純なものであってほしくはないとも思う。
そもそもこんな偉そうなことを書いている自分自身が、この物語の中に投じられたとしたら、果たしてスタンリーに温かい言葉を掛けることができるだろうか。絶対の自信がない。
教師というものが、正しいことを教える文字通りの「師」であるとは限らない、時と場合によっては歪んだ存在として、物語上で描かれることが多くなったのは一体いつ頃からなのであろうか。
少なくとも私の小中校時代は、そんな疑念を抱きたくなる教師は殆どいなかった。
今の日本で、本作と同じ筋で物語を作ったら、少なくともアマン・メヘラは、スタンリーをいじめる生徒か、スネ夫か風間くんのように金持ちを鼻にかけるちょっと嫌味な奴として描かれてしまうだろう。
それだけに、そうはならず、スタンリーに友情と気遣いを示すアマンを始めとする級友たちの温かい純粋な眼差しに、私は大いなる救いを感じたのである。
それにしても生徒たちの持ち寄る弁当の美味そうなこと。
無性にインドカレーを、しかも手掴みで食べたくなる。
だがそうはいっても、やはりたかりはいけませんぜ。
アマンの弁当は他の誰のものでもない。アマン自身のものだ!
本当は、反省したヴァルマー教師が舞い戻ってきて、生徒たちに大盤振る舞いしてくれれば、万々歳。そうなると一気に髭もじゃ教師の株が上がったのだが。
しかし、この意地汚い髭もじゃ教師役が、製作・監督・脚本の3役を演じたアモール・グプテ氏であることが本作最大の驚きである。
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『スタンリーのお弁当箱』
原題:STANLEY KA DABBA
2011 インド
カラー96分
製作・監督・脚本:アモール・グプテ
主な出演者
スタンリー:パルソー
ヴァルマー:アモール・グプテ
ロージー:ディヴィヤ・ダッタ
アマン・メヘラ:ヌマーン
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参考:公式サイト 及びチラシ