前回、「これから暫く旅行記を書くよ」と書いておきながら、いきなり別のテーマの記事を作ってしまってすみません。
*****
春は別れの季節でもある。
新宿・紀伊国屋書店1階に、「柳花堂」という宝塚グッズとタロットカードを扱う小さな店が 昔からある。
15年ほど前まで、私は仕事帰りに足繁くこの店に通い、色々な宝塚グッズを専らこの店で買っていた。その後、当時ファンだった方の退団を経て、徐々に観劇頻度が緩和すると共に、欲しいグッズもなくなっていった。
この店からも次第に足が遠のき、遂には宝塚観劇自体も一時期ブランクが出来てしまったが、6年ほど前から観劇趣味は復活したものの、概ね東京公演を1~2回ずつ観るだけで、特に雑誌を毎号買うわけでなし、公演プログラムもシナリオ掲載がなくなってしまい、滅多に買わず、ショーの実況CDで偶に気に入ったものがあっても買うのは専らネット通販。
そのようなわけでこの店を訪ねることはなかった。
2月下旬に東京宝塚劇場で『ベルサイユのばら・オスカルとアンドレ編』を観に行った。近頃ではなかなか買わなくなったプログラムを久しぶりに買った。
後ろの方に、「柳花堂」の広告がいつも載っている。
そこには4月15日をもって閉店致します、と書かれていた。
閉店してしまう前に、一度訪ねてみようと思い始めた。
数日前、紀伊国屋の1階を通ったら、ご主人が一人でおられたので、思い切ってご挨拶に伺った。
幾ら一時期頻繁に訪ねていたとはいえ、15年ぶりの一男性ヅカファンの印象は、残念ながらご主人の記憶からは消えていた。
「4月で閉店されるそうで…」と感慨深く話したら、不審に思われたようで、「で、ご用件は?」と訊かれ、改めて年月の経過を感じ、少々寂しい思いもした。
「愛宝会」という男性宝塚ファンの愛好会がある。
今から16年前、丁度この3月、まだ建て替わる前だった東京宝塚劇場では星組の『エリザベート』が上演されていた。
当時、私は、この演目でタイトルロールを演じた白城あやかさんという方のファンであった。
「柳花堂」で、この方のブロマイドを、更には四ツ切写真を随分特注で頼んだものだ。
そんなことから、ご主人が会員でおられる、この「愛宝会」の立食会に、友人という名目でご一緒させて頂くこととなった。
会場は劇場隣接の帝国ホテルであった。
東京公演の出演者たちも参加されていた。
お蔭で、一度だけだが、白城あやかさんにお目に掛かったことがある。
会が終わり、ご主人と一緒に日比谷の「アマンド」に寄った。コーヒーをご馳走して頂いた。
そのようなわけで、幾ら先方は私のことをお忘れでも、こちらは大変お世話になったのだ。暫し昔語りにお付き合い頂いた。
「来年宝塚が100周年を迎える目前で、お店を閉められると読んで、失礼ながらご主人が体調をお悪くされたか何かのご事情がおありかと思いましたが、お元気そうなお姿を先ほど拝見し、思わず伺いました。」と私。
ご主人はもうすぐ90歳になると仰っていた。私が足繁く通っていた当時でも、結構白髪混じりのご老体の印象があったので、それ位になられているのも当然であろう。
私も当時はまだ20代であった。
時代が変わり、今の若い宝塚ファンは情報を専らインターネットで得るようになった。紙の出版物の売れ行きが激減した。宝塚グッズは店の買取である。売れ残った品を返品もできない。赤字続きで、本当は5年ほど前にやめようかと思っていたが、何とか続けてきた。
宝塚・花の道の「栄屋」はインターネット通販専門に業態を変え、実店舗は閉店。有楽町の「ふじやブロマイド店」、それと店名は忘れてしまったが、原宿にも嘗て宝塚グッズの店があったものの、皆店を畳んでしまった。お客さんから、「柳花堂さんだけは続けてほしい」、と言われてきたが、もう商売にならない。
歌劇団本体でグッズを扱う店(キャトルレーブ)を積極的に展開するようになったこともあり、特約店とはいえオフィシャルでない店はとてもやりにくくなった。
そのようなお話を伺った。
*****
宝塚歌劇をとりまく阪急電鉄の施策が変わった大きな転換点が、3つあったのではないかと私は思っている。
1.阪急ブレーブスを売却した1988年
2.阪神大震災の1995年
3.東京宝塚劇場建て替えに伴う「1000day's劇場」開設及び宙組設立の1998年
「1」で、企業のイメージリーダーとしての役割を、プロ野球球団との二本立てから、歌劇一本に絞った。
「2」では、歌劇団は無論のこと、阪急電鉄自体も甚大なる被害を被り、その後の鉄道復旧状況、競合するJR西日本の攻勢などから、鉄道施策の転換を余儀なくされた。復興のシンボルとして宝塚歌劇が積極的に取り上げられ、これ以降、公演ビデオが毎度オフィシャルグッズとして発売されるようになった。うろ覚えだが、オフィシャルショップ・「キャトルレーブ」での、グッズ販売が積極的に展開されるようになったのも、大震災以降だったように思う。
「3」によって、それまで年間8公演の大劇場公演の内、7作品だけが東京公演があり、つまりは1作だけ東京へ来ないという事態が解消され、ますます宝塚ブランドを積極的に展開していこうという施策を感じ始めた。
以上は、完全な私見だが、ご主人が、宙組が出来たことで、大劇場公演と東京公演の間が詰まってしまった。あれは良くなかったと仰っていたのが印象的だった。
私自身、1998年当時、明らかに宝塚が変わろうとしているのを肌で感じていた。
4組体制だった当時、愛華みれ、真琴つばさ、轟悠、稔幸の1985年入団同期生で男役トップスターが揃うかどうか、などとファンの間では語られていた中、ひと際若い姿月あさとの新設宙組トップ就任をちょっと意外に思う一方、フレッシュなイメージを強調した、新たなイメージリーダーの役割を宙組が担うのだなぁ…と思ったものだった。
公演プログラムの内容が大幅に変わったのはこのすぐ後だったと思う。
表紙からスターさんの顔写真が消え、舞台稽古の様子なども綺麗なカラー写真で紹介されるようになった反面、脚本が載らなくなり、又評論家や研究者の文章もなくなってしまった。
全体的に綺麗で洗練された印象になりはしたものの、内容的には随分つまらない薄っぺらなものになってしまったように思えた。以後、余程気に入った、あるいは気になった作品以外はプログラムを買うのはやめてしまった。
因みに、現在は表紙は以前のように主役の写真に戻っているが、いつから戻ったのかはっきりしたことは知らない。
新しい東京宝塚劇場が完成した2001年には更に新しいイメージが広がったのを感じた。
例えば、立ち見券がとても買いにくくなった。
最早立ち見券を求めて、土日早朝から劇場外に並ぶという行動がそぐわなくなったように思われ、券をとる手段もこの頃からインターネットが主流になっていった感がある。
その頃は既に、私自身はグッズを滅多に買わなくなっていたが、グッズ販売がオフィシャル店に集約されていったのも、この頃からだったように思える。
*****
折角なので、今上演している『ベルばら』のことが載っている「ル・サンク」という雑誌を買って帰ろうかと思い、尋ねてみると、売り切れてしまったという。
そこで、代わりに「The Way to a Centennial-100年への道-」というムック本の「vol.2」を買い求めることにした。
「vol.2」というからには「vol.1」がある筈で、尋ねてみたが、はっきりとした返事は得られなかった。
「夢を描いて華やかに」という、19年前に80周年を迎えた時に出た大型本をご主人が指し示し、「こういう本が昔出たんですけどね」 と仰る。
「うちにもありますよ。確かこちらで頂いたはずです。」と私。
当時、80周年記念式典が催され、その様子が収録されたビデオテープも出た。普段ならその手のものまでは買わないのだが、本格的に宝塚へ傾倒してゆく大きなきっかけとなった、紫苑ゆう退団公演のショー・「ラ・カンタータ」の特別版が収録されており、これ見たさにビデオを買った。
(残念ながら「式典ビデオ」は簡単には見つからず。)
何故かNHK-BSの紫苑ゆう退団特集番組でも、サヨナラショーだけしか入っておらず、「カサノバ・夢のかたみ」、「ラ・カンタータ」共に、当時なかなかwowowでも放映されなかった。
放映は随分後だったと記憶している。
(~だが、後に紫苑ゆうサヨナラショーで、「パパラギ」というショー中の「心はいつも」という、白城あやかとのデュエットダンスが舞われたことを知り、それがものすごく見たくなった時、当時何気なく録画しておいたこのNHKの特集番組の録画テープを探し出した。これがどれだけ貴重に思えたことだろう。すぐにバックアップのテープを作った。S-VHSとかEDβとか色々…~)
式典ビデオの話はできなかったが、阪神大震災で大劇場公演が中断を余儀なくされた、安寿ミラ退団公演「哀しみのコルドバ」/「メガ・ビジョン」が、1995年4月に東京へ来た当時、異様な緊張感と共にいつにない激しい券の争奪戦があり、前売りが買えなかった私は、大変な苦労の末、三度目の正直で始発電車で劇場へと向かい、漸く3階の立ち見券を手に入れ、食い入るように舞台を見つめていたものだ。そんな思い出話をした。
実は「歌劇」や「宝塚グラフ」、「フォーサム」(~「ル・サンク」の前身の大判雑誌~)など、以前買い揃えた雑誌の大半を一度処分しようかと考えたことがあった。
だが、売る機会を逸し、箱に詰めたまま我が家に積まれている。
最後にそんな話をしたら、「皆さん同じですよ。手放せないんです。」そうご主人が仰った。
嘗て自分の青春の一ページを彩った店が、また一つ姿を消す。
気持ちは20代の頃と変わっていない積りだが、私自身段々そういう歳になってきたのかもしれない。
話をしながらご主人は、雑誌をビニールで丁寧に包み、更にビニールの手提げに入れてくれた。
この日は雨だったが、行き届いた包装のお蔭で全くダメージを受けなかった。
例え忘れられていたとしても、こちらは昔大変お世話になった店なのだ。
最後に丁重にお礼を述べ、「お疲れ様でした」と言って店を出た。
閉店まであと一月半。
何か買いたい出版物を探しておいて、できれば最終日にもう一度伺いたいものである。
以上、一部を除き敬称略。
(3月14日一部修正及び追記)
