元々お風呂上りの一杯はコーヒー牛乳党だったが、ここにきてフルーツ牛乳を好んで飲むようになっている。

『テルマエ・ロマエ』の影響力恐ろしや、恐ろしや…。


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大阪郊外を走る能勢電という路線に、かつて「フルーツ牛乳色」と呼ばれる電車が走っていた。

クリーム色を基調に扉周りだけがオレンジ色という出で立ちで、元がマルーン一色の阪急電車だったのが、まぁ変われば変わるものだと感心した。


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これに落ち着くまでは、随分試行錯誤があったようだが、どれも派手派手しくて好きになれなかった。

その前の、マルーンに窓周りがクリーム色というのが、なかなか似合っていただけに、

「妙なイメチェンなぞするな」そう思った。

「フルーツ牛乳」色になって落ち着くかと思われたが、親会社の阪急の正雀工場で電車の塗装を行うようになり、以後はマルーン一色になった。


元々の塗色だから、これが似合わぬわけはなく、阪急の旧型車輌を動態保存しているかのような有様だが、何だか正真正銘の子分になってしまったようで、ちょっぴり哀しい。

…などと思うのは、余所者の鉄道好きだけで、阪急ブランドといえばステータスだから、「お仲間に入れてもらえて有難う」というのが、実際のところなのかどうか、本当のところはよく判らない。


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2月頃に遡る。


アニメ版や原作漫画版の『テルマエ・ロマエ』を見ていて、無性にフルーツ牛乳が飲みたくなった私は、懸命にその手立てを考えていた。


一昔前なら、家の近所に必ず牛乳屋さんがあり、そこへ行けば難なくありつけたことだろう。

だが、牛乳配達というものが衰退しつつある今、探しても見つからない。

何せヤクルトおばさんのほうが、まだ見かけるほどなのだから。


試みにコンビニでペットボトルの「フルーツオーレ」なるものを手に入れ、飲んでみる。


うーん…全く別物だ。

遠い昔の僅かな“フルーツ牛乳経験”が、「こんなもんじゃない」とレッドカードを振りかざす。


ならばと駅の自販機で、ブリックパックを試し飲み。


味が薄い…


満足のいかぬ「似て非なるもの」を味わったことが、却って「フルーツ牛乳熱」に火を注ぐ。


ネット通販でも探してみる。

瓶入りのそれらしきものが一応見つかりはしたものの、フルーツ牛乳一本買うのに、本体よりも高い送料払うのも何だか馬鹿馬鹿しい話だし、さりとて、試飲もできぬまま、ケースで大人買いする勇気もなし。


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結局行き着くところは、ミルクスタンド。


だが、サラリーマンのオアシス的存在も、時代の流れか、徐々にその姿を消し、

古い記憶の底から手繰り寄せた、高田馬場駅早稲田口改札外のミルクスタンド、ついでに言えば、くず餅の「船橋屋」の売店は、とうにKIOSKと崎陽軒に化けている。


「多慶屋」に行く時、見かけた御徒町駅の改札外、それに

ちょっとマニアックなところでは日比谷線・茅場町駅の改札内にもあったはず。

思いをあちこち巡らすが、

用もないのにわざわざ御徒町で降りるのも、茅場町まで出向くのも(調べてみたら日曜は休みらしい)、

何だか億劫な話である。


秋葉原に照準が絞られた。


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秋葉原は、“萌え”の街になって、寧ろ縁遠くなった。


これでも昔は、石丸電気のCD売場に毎週通い詰めたことがある。

廃盤CDが分厚いビニールを被って見本品として売れ残っていたお蔭で、幾度救われたことだろう。

『堀江美都子・歌のあゆみ』が全部揃ったのも、シュナーベルのベートーヴェン・ピアノソナタ全集が買えたのも、カルヴェ四重奏団のラヴェル・弦楽四重奏曲が手に入ったのも、みんなここのお蔭だ。


以前、駅ビルが「秋葉原デパート」だった頃、3階に大きな100円ショップがあった。


食品が異様に充実していたが、中でもひと際目を引いたのは、大きな鯖の缶詰である。

最初に見つけたとき嬉しくなって6個ほど買い込んだが、持ち帰るのにあまりに重く、鉄アレイを腕に括りつけられたような気がした。

味噌煮ではなく水煮なので、実家の猫にわけてやることにした。


目を輝かせて飛びついたが、2度目は目もくれなかった。

猫が見向きもしなくなった鯖缶を、人間様が有難がって食べている。


缶を開けると、尻尾ばかりだった。

胴体の輪切りは、もっと上等な缶詰に使われ、その余りだったのだろう。

それで缶の背が倍ほど高かったのだが、一応「銚子港」と書いてあり、余所で300円で売られているのを見かけたこともあるから、やはり激安だったのだと思う。


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山手線と京浜東北線のホームが並ぶ更に上に、屋上屋を架けるように、中央・総武緩行線(~正式にはそう言ってます。黄色いやつ~)のホームが、十字に交わっている。


目指すミルクスタンドは、その中央・総武緩行線のホームにある。



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ここは、どちらか片方なんてケチくさいことはしない。


線路を挟んで、新宿方面、千葉方面のホームが向き合うが、この5番線、6番線両方にそれぞれミルクスタンドが開いている。



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対岸の店同士。事業主体は同じだろうが、これがもし違う店のライバル同士なら、大変なことだろう。



『てなもんや三度笠』のビデオを昔観ていたら、こんな話があった。


…街道筋に、道の両側で鎬を削る二件の手打ちうどん屋がある。

冒頭で、うどん屋の婆さんに扮した男の役者が、お愛想を振りまきながら、まずは登場。


そこへ現れるのはライバル店の店主。扮する牧伸二氏が、ウクレレを弾きながら、お約束の『ヤンなっちゃった節』を披露。




「♪あ~あ~やんなっちゃった

あ~あ あ~あ おどろいた

手打ちうどんを食べるなら 

猿屋でお食べよ 蟹屋はお止し

そんな婆ぁが作ったうどん

高くて まずくて 水洟入りよ(←ここで婆さんツッコミ)

あ~あ~やんなっちゃった

あ~あ あ~あ おどろいた」


牧伸二氏が袖に引っこみ、お馴染のテーマ曲(「♪てなてなもんや てなもんや…」)と共に、

あんかけの時次郎(演:藤田まこと)、珍念(演:白木みのる)コンビが登場。

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(残念ながら、このDVD-BOXには手打ちうどんの回は入っていない。)


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話を随分脇道へ逸らしたが、早い話、宝塚や映画の帰り、わざわざ用もないのに秋葉原へ寄って、中央・総武緩行線ホームのミルクスタンドで、フルーツ牛乳を一杯やる。

そんな習慣がついた。



ある時、神保町の帰りのことだったが、久しぶりに「まんてん」という、えらく庶民的なカレー屋で夕食を食べた。

もったりとしたカレーを食べさせる、今どき珍しい、コップの水にスプーンが突っ込まれて出てくるような店だが、ちっちゃな器のアイスコーヒーが付いてきて、妙なところで洒落ている。


足はそのまま水道橋方面へと向かい、中央線各停に乗って帰るのだが、ふと逆向きの千葉方面に乗って、秋葉原で降り立った。


対岸のミルクスタンド両方を梯子して、2種類はありそうなフルーツ牛乳を両方飲んでやれ。



『孤独のグルメ』の井之頭五郎ばりの言い方をすれば、


「今日の俺は、フルーツ牛乳腹だ」


そんな気になったのである。


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初めての6番線(千葉方面)ホーム上のミルクスタンドへ寄ってみた。

案外客が押し寄せる。

昔の上野駅の長距離列車のホームのように、上から紙の札が沢山ぶら下がっているのが何だか懐かしい。


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「雪印と明治両方下さい」といきなり言うのも、何だか、変人かマニアめいていて、気が引ける。あくまで普通の人のふりをしておく。


まずはワンコインで飲める雪印のフルーツ牛乳を味わう。


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続いて、ホームの下を潜り抜け、今度は、向かい側の新宿方面ホームのミルクスタンドで、明治乳業のものを飲んでみた。


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飲み比べてみると、同じフルーツ牛乳でも微妙に味が違うのに気付かされる。


濃厚な明治のほうが自分の好みであった。

雪印よりも少し高いが、そんなことはもはや問題ではない。


「大黒湯」の湯上りにありついたフルーツ牛乳が、明治乳業というのが良い、と書いたのは、こんな思考を経てのことなのである。


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今は姿を消してしまったが、3月頃には、コンビニ店にフルーツ牛乳ぽい飲み物が売られていた。

見つけてしまっては、両方買わずにはいられない。


こちらは500mlずつもあるから、立て続けに一気にラッパ飲みするのも、まぁできなくはないがしんどい話だし、かの向田邦子さんもエッセーでこう仰っている。


「私は急激にお行儀が悪くなっているのです。ソーセージをいためて、フライパンの中から食べていました。小鍋で煮たひとり分の煮物を鍋のまま食卓に出して、小丼にとりわけず箸をつけていました。

…(中略)…

フライパンから食べるソーセージは、次には買ってきたお菓子を袋から破いて、小皿にとりわけずに食べていることでしょう。海苔の佃煮の小びんに直箸を突っこみ、次に箸を入れようとしたとき、中から白いご飯粒がのぞいたりするのです。

ぞっとしました。

これは、お行儀だけのことではないな、と思いました。

精神の問題だ、と思ったのです。」

(「独りを慎しむ」(1980);『男どき女どき』所収)


向田邦子さんの言うことを肝に銘じて、コップに注いで飲み比べてみた。


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日清ヨークの「フルーツミックス」



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明治乳業の「フルーツ オ・レ」


やはりここでも明治のほうが美味いと思う。


そのようなわけで、外でも家でも明治に軍配が上がる。


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ところで、映画・『テルマエ・ロマエ』で出てきたフルーツ牛乳は、山村乳業 という伊勢のメーカーによるものだということがわかった。


少し調べてみてわかったのだが、物語中で出てくる、千枚通しの針でキャップを突き刺してスッポンと開ける方式の瓶は、今や絶滅寸前なのだそうである。


山村乳業の各製品は、その中にあって、今でもこの方式を維持している。


現地まで行かないと飲めないのだとばかり思っていたが、何と、インターネット通販があり、クール便で送ってくれるとのこと。


早速、注文してみた。

序といっては何だが、コーヒー牛乳に、プリン、それにこれも今時珍しい、瓶入りヨーグルト。

こうなりゃ、とことん行ってみるまでのこと。

届くのが楽しみである。


…と、ここまで書いて大事なことに気が付いた。


ウチにはスッポンがない!


さてどうやって開けようか。