連休の谷間のこと、映画・『テルマエ・ロマエ』を観に行った。
朝から映画館は大盛況。
期待に違わぬ内容で、うまく話をまとめている。
(以下、適宜敬称略)
*****
『テルマエ・ロマエ』という作品を知ったのは、本年1月のことである。
ひとかどの漫画好きを気取っておきながら、不覚にも、手塚治虫文化賞のことも、マンガ大賞2010のことも全く知らなかった。
フジTV木曜深夜、「NOITAMINA(ノイタミナ)」というアニメ枠がある。
既存のアニメーションの枠に捕われず、自由な発想でアニメをやりましょう
というコンセプトで始まったこの枠。
当初は少女マンガのアニメ化が多かったような気もするが、近年では内容も絵柄も多岐に亘り、実験的な手法の斬新な作もある。
1月にこの枠で、アニメ版が放映された。
題名だけからは全く内容の想像がつかなかった。
「どうせ、また近未来を舞台に、少年少女らが闘う話だろう」
勝手な想像に気の乗らぬまま、初回の録画を見て、度肝を抜かされた。
「テルマエ・ロマエ」とは、要するに「ローマ風呂」のことだったのである。
ローマ風呂といって、それまで私が思いつくことといえば、
ジブリ映画の『おもひでぽろぽろ』位のものであった。
物語中で、主人公・岡島タエ子は、夏休みの思い出にどこかに連れて行け、と親にせがむ。
しかし、親の代から東京育ちのタエ子には、友達のような田舎はなく、姉たちはうまく逃げ、結局おばあちゃんと二人で、馴染みにしている熱海の大野屋という旅館に行くこととなる。
按摩に揉まれて眠りこけるおばあちゃんを放って、タエ子は一人、大野屋が誇る多種多様なお風呂に探検に出かける。「ギリシャ風呂」、「人魚風呂」、「レモン風呂」、「三色スミレ風呂」…。
そして、タエ子が最後に辿り着き、その壮大さに胸ときめかせるや、のぼせてひっくり返ってしまったのが「ローマ風呂」なのであった。
*****
主人公は、ルシウス・モデストゥスという古代ローマ人の浴場専門の建築技師。
設計した浴場のセンスが古い、とお払い箱にされたルシウスは、やけを起こしかけるが、友人・マルクスに慰められ、浴場に誘われる。
浴場の喧騒にすっかり嫌気がさし、頭からザブンと湯に浸かって暫し瞑想に耽るうち、ふとルシウスは浴槽の底に大きな穴が開いているのを発見する。
何やら湯がゴボゴボと出ていく様子。
調べに近づいたルシウスは、猛烈な勢いで穴に吸い込まれ、溺れそうになる。
もがく内に光を求め、ザバーッと出ると、そこには全く見慣れない浴場の光景が…。
そして周囲には「平たい顔族(!)」の面々…。
かくしてルシウスは、「平たい顔族(日本人)」の風呂にタイムスリップしては、ローマ帝国に比して、「奴隷」あるいは「軍事力の低い未開の国家」と見下しつつも、見たこともない日本の風呂の仕組みや周辺物に著しい独自の文明の発達を認め、再びローマに戻っては、それらをアイディアに盛り込んだ斬新な風呂を次々と設計し、名声を得ていくことになる。
*****
ルシウスは至って生真面目な、職務に忠実な男である。いきなりタイムスリップして戸惑いつつも、優秀な技師らしく、日本の風呂や浴場の構造を冷静に観察し、実に熱心に研究し、時には木桶風呂を解体してしまったこともあった。(原作・第14話)
斬新な浴場を次々と設計する「時の人」ともてはやされながらも、本当は自分で考え出した発想ではないのだ、と後ろめたさを感じ、心の中で悩むルシウス。
この生真面目さが何とも憎めない。
当人は至って真面目に精一杯動いているだけなのに、その様子が何ともいえぬ珍妙な味わいというか、ズレを感じさせる。
『おかしなおかしな訪問者』(1992年)という、フランス映画を思い出した。
ジャン・レノ扮する中世の騎士が、従者と共に、あろうことか現代フランスにタイムスリップしてしまい、そこで出会った彼らの末裔たちを巻き込んで騒動を起こしてゆく、というこちらはちょっとしたドタバタ喜劇である。
最初、第1回・「フランス映画祭」にやってきたときは、『過去からのビジター』という実に魅力的な邦題だった。
この時、当日券を求めて横浜へ出向いたが、全て完売。プログラムだけ買って帰った悔しさを今もよく覚えている。
*****
アニメ版の初回を何度も繰り返し見た。
「これは面白い!」
古代ローマ帝国という荘重な舞台に端を発しながら、お風呂を通じて、現代や少し昔の、何故か日本の銭湯や、家庭風呂や、湯治場にタイムスリップし、懐かしくもどこか可笑しいお風呂の光景に、やけに癒される。
東宝系映画館の鑑賞マナー啓発アニメで何度も見ている『秘密結社鷹の爪』(「た~か~の~つ~め~」というあれです)と共通のキャラクターが隅っこに出ているし、そもそもこのアニメ版の各キャラクター自体が、「平たい顔」ならぬ「平たいキャラ」といった感じだが、それが却って味になる。
アニメ第2回目で、シャンプーハットが出てきてくれたのは、とりわけ嬉しかった。
『カノッサの屈辱』という、フジテレビの22年前の深夜番組で、お風呂用品の歴史を教授(仲谷昇)が繙いた時、「シャンプーハット遺物」という出土品として取り上げられていたのが懐かしい。
1991年扶桑社刊の関連本を発掘!
そういえば、どこか歴史の高尚な雰囲気を纏いつつも、大真面目に現代日本の風物を語る様子が、どこか相似ている。
勿論(!)私は、幼少のみぎり、シャンプーハットのお世話になったクチである。
甲高い歌声が、何だか矢野顕子を思わせる、チャットモンチーの「テルマエ・ロマン」という歌によるエンディング。背景にはシルエットになったローマの彫像たちが珍妙な動きを見せる。
原作漫画巻末に毎度出てくる、何やら読み手を煽り立てる惹き文句。例えばこんな風。
「仕事に没入するあまりついに嫁に逃げられたルシウス!!
苛酷な運命と風呂に翻弄されるルシウス!!頑張れルシウス!!」
(第一巻巻末より)
やけに色っぽい艶やかなお姉さんの声で、同様の調子が次週予告で再現される。
…最後まで堪能し尽くした私は、早速、原作漫画を4巻まで一気に買い揃え、夢中になって読んでいた。
*****
買ってきたコミックスの帯で、阿部寛氏主演で実写映画版が作られ、4月末に公開されることを知る。
ルシウス役に阿部寛。ピッタリではないか!!
まさに濃い顔。
TVドラマ・『結婚できない男』の、あの、仕事はできるが、堅物で、独自の美学に拘り、ちょっと変人で偏屈で頑固者の建築家・桑野信介役を、
映画・『歩いても歩いても』で、父親の医者(演:原田芳雄)とどうもしっくりいかず、ぎこちない、主人公・横山良多役を、思い出した。
後でAmazonの膨大なレビューを読んでみたが、原作4巻に対してはかなり否定的な意見が見られた。
ここでは初めてルシウスの言葉が通じる日本人として、小達(おだて)さつき(…夏目雅子さんがモデル?!)という美貌の女性が登場するが、こんな都合の良い才色兼備のキャラに共感できない、という意見、
序にいえば、そのさつき役がよりによって上戸彩?全然イメージが違う、という意見、
ハナコという高齢の牝馬が馬の扱いに長けたルシウスにすっかりなついてしまい、逃げ出して、ルシウスの働く温泉旅館へ乱入するところで話が途切れているが、全く盛り上がりに欠ける、という意見、
更には、皇帝と用談中にタイムスリップしてしまったルシウスが、懸命にローマに戻ろうと、自ら湯に飛び込むも悉く失敗、遂には道端の湯に裸で横たわり苦悩するルシウスを、人々が変態呼ばわりしてあざ笑う描写が不愉快で、ルシウスが可哀相だという意見、
…等々、実に様々なレビューを読んだ。
私自身は、本作については全くの新参者だから、その尻馬に乗るようなことは言えない。
次の第5巻でどう話が展開するか注目したい。
原作者のヤマザキマリさんがサイトで書かれているが、予想外の大ヒットに戸惑っているが、元々それほど長く続けるつもりではないとのこと。
掲載誌側の意向で、延ばさざるを得なくなっている状態なのかなぁ…などと思ってしまう。
原作漫画の各話の合間に挿入される、ヤマザキマリさんの「ローマ&風呂、わが愛」というエッセーが、本編のどこかすっとぼけた印象に反して、示唆に富む文章で、よく読むと非常に面白い。本作に格調高い雰囲気を添えると同時に、制作の背後には相当な下調べがあるのだろうと想像できる内容である。
そうしたことはさておき、本作の面白さに目覚めた私は、2月頃から、何とか文章に纏めたいと思っていたのだが、アニメ放映当時はまだまだ先だと思っていた映画版も、気付けば劇場公開されてしまった。
*****
映画版で最も興味があったのは、上戸彩さんの位置づけである。
彼女がそのまま当てはまりそうなキャラクターは原作漫画に登場しない。
ヤマザキマリさんは、"上戸彩さんはさつき役ではありません”、と書いていた。
果たして、山越真実というオリジナルキャラであった。
原作第4話、浴槽&トイレメーカーのショールームにルシウスがタイムスリップしてくる話で、ルシウスの相手をする羽目になる新人OL・マミも取り込み、上京してきた漫画家志望の女性に仕立てている。
故郷の実家が温泉旅館なので、オンドル小屋のエピソードにも登場させることができ、漫画家志望ゆえ、濃い顔のルシウス、ひいては古代ローマに興味を持つ、という件(くだり)にもさほど違和感がない。
この辺りは、映画的に上手くまとめたなぁ…という印象。
途中で山越真実(名前だけだと「true」と混同しそうなので、以下暫くフルネームで記します)が、ルシウスと問題なく会話が交わせるようになってしまうのも、「徹夜で猛勉強しました」という、「あまりこれ以上突っ込んでくれるなヨ」という簡単な説明で、難なくクリアしてしまっているが、その場面で画面右上にわざとらしく表示される「bilingual」という表示に思わず噴き出してしまった。
その山越真実が、ルシウスの巻き添えを食らって古代ローマ帝国にタイムスリップしてしまう。
この辺りは原作にはないオリジナルの展開で、
原作ではケイオニウスがパンノニアに赴任させられ、体調を崩して亡くなってしまうところが、
映画ではハドリアヌス皇帝側近のアントニヌス(演:宍戸開)が左遷させられ、このままではケイオニウス(演:北村一輝)の代わりに病死してしまうこととなり、このままではハドリアヌス(演:市村正親)が後世において神格化されなくなってしまう。
そのことに山越真実が気付き(いつからそんなに賢くなったんだ?)、
「このままじゃ歴史が変わっちゃう!」
山越真実の懸命の説得に、ケイオニウスのための浴場建設に気乗りのしなかったルシウスは、意思を翻し、ローマ軍が苦戦していた戦場に、怪我の治癒効果のある温泉を作り、その手柄をアントニウスに譲ることにする。
真実の父親(演:笹野高史)や、その仲間も、ローマ帝国にタイムスリップしてきており、彼らの助言と手伝いもあって、建設困難な浸かる浴場ではなくオンドル小屋群を作り、お蔭で兵士たちは士気を取り戻し、ローマ軍の勝利に貢献した。
その功績により、アントニウスの左遷は解かれ、ルシウスもまた皇帝より称賛を受ける。
互いに感謝しあうルシウスと真実。良い雰囲気。遠くで焚火を囲む真実の父親たちが、やがてフッと消え去る。
「あれれ、どういうこと?」
そう思って見ていたら、真実もまた半透明の姿に。
―――涙を流すと元の世界に戻ることができる―――
どこかで見たような、如何にもお伽噺ぽい理屈だが、
「どのようにしてルシウスは元の世界に戻ることができるのか?」
という疑問に、原作漫画にもなかった一応の説明をつけていて、なかなか上手いことを考えるな…と感心する。
そういえば、狭い家庭風呂で外国人ヘルパーさんに間違われた、サンプーハット(!)の話で、映画では、ルシウスが、殺虫剤を顔に吹きつけたところで消えていたな…。
…そういう伏線だったとは。
現代日本に戻ってきた真実が、新たな力作として雑誌に持ち込む漫画が、『テルマエ・ロマエ』の原稿そのものなのも、そこへ再びルシウスがタイムスリップしてくるのも、お約束であろう。
*****
3週間で放映終了となったTVアニメ版は、録画してディスクに保存しておいたが、結局4月にBlu-rayのソフト盤を買ってしまった。
「放映時間にして70分やそこらのものを、わざわざ2枚分売にするとは、何て阿漕な。」
と憤慨し、よほど買わずに済ませようかとも思ったが、未公開エピソードが4話分入ったお蔭で、各巻60分ずつ位にはなり、何とか許せる範囲だろう。とはいうものの、やはり2時間位は入れてくれ~。
尚、アニメ版では、話がややこしくなるのを避けたのか、皇帝・ハドリアヌス帝は出てくるが、その後継者と目された養子・ケイオニウスや、皇帝の側近・アントニウスは出てこない。
原作では、山賊たちにルシウスを襲わせる陰謀により、ルシウスが僻地に派遣されるも、当てが外れ、ルシウスが山賊たちを従えて温泉街を作り上げてしまうというエピソードだったのが、
アニメ版では、陰謀の件は省略され、ルシウスの僻地への派遣は皇帝の命によることに改められ、出来上がった温泉街の風呂でみんな幸せという、一応最終話らしい大団円になっている。
金精大明神の話(第6話)や、ウォータースライダー建造の話(第9話)は、アニメ版ではTV放映にはなかったが、アニメのパッケージ・ソフト版では「未公開エピソード」として実現された。(それぞれ「魅惑のファロス」、「ひたすら滑りたい」)
アニメ版にも映画版にも用いられなかったエピソードで、個人的に気に入っているのは、
成金親父の依頼主から純金製のバスタブを使えと迫られたルシウスが、タイムスリップした先でも、似た悩みに直面する建築技師・吉田と意気投合し、吉田に借りたTシャツの金閣寺に想を得て、ディアナ(月の女神)像を脇に金のバスタブをオブジェとして使ってしまう、という件である。(原作第15~17話)
言葉が通じ合わなくとも、互いの境遇を悟り得たルシウスは吉田を「同志」と、また吉田はルシウスを「先輩」と呼び、ルシウスは吉田に、正しいローマ風呂の造りを伝授する。
途中でルシウスはローマへと消え去ってしまうが、吉田は、ルシウスの残した絵図を元に、己の意思を貫き通し、結果、好評を博すのであった。
一方、ローマに戻ったルシウスもまた、金ピカ浴槽を、女神像の侍る装飾として用いることで、黄金を、神殿の荘厳さとして表現することに成功した。
よく見ると、ルシウスの浴場の金ピカバスタブの腰には、金閣寺のレリーフに「どすえ」の文字が。
ローマ人たちは、それさえも「神秘的」と絶賛する。
京都・清水寺の参道で、「大和魂」などと染め抜かれたTシャツを外国人観光客が着ているようなものか。
*****
日本の銭湯の富士山の壁画にヒントを得て、ルシウスが作った浴場に描かれるのはヴェスヴィオス火山。
原作第2話では、そのヴェスヴィオス火山麓の別荘に籠り、すっかり弱ってしまったレピドゥス執政官を励ますべく、ルシウスは、タイムスリップ先の日本の露天風呂で「平たい顔族」から振舞われた、温泉玉子と燗した酒をヒントに、ホットワインと茹で玉子を味わえる屋外浴場を建造する。
ヴェスヴィオス火山でふと思い出したのは、
テオフィル・ゴーチェというフランス人作家(1811~72)の手による『ポンペイ夜話』(1852)という幻想文学。
岩波文庫版の訳者、田辺貞之助氏の巻末解説に、丁度良いあらすじ書きが載っているので、引用させて頂く。
「フランスの一青年(オクタヴィヤン)がポンペイの遺跡から発掘された妙齢の女の胸の押型をナポリの博物館で見て大いに感動し、十九世紀も昔の麗人に激しい恋を寄せる。
その回顧的な恋の力でヴェスヴィオ噴火直前のポンペイがありし日の姿に復活し、押型の女性(アッリア・マルチェッラ)が生きかえって、彼と熱烈な愛欲にもだえる。」
(『死霊の恋・ポンペイ夜話他三篇』(岩波文庫;1982年)あとがきより。一部追記)
(上:岩波文庫新旧版、下:教養文庫版)
*****
映画版でちょっと気の毒に思えたのがルシウスの盟友・マルクス。
ルシウスの妻・リウィアが、ルシウスに三行半ををつきつけて家を出てしまうのは、原作も同じだが、映画では、ルシウスの留守中、リウィアの間男となっている。
原作では、妻に見捨てられたルシウスを慰める役回りなのに、裏切者、恋敵となってしまった。
原作の雰囲気からすれば、本当は、映画版の終盤で、皇帝から称賛されたルシウスのことを真っ先に喜んでくれる陽気な性格の友としてマルクスが出てきてもおかしくない筈なのに、そういう場面がないのは、2人の友情にひびが入ってしまったようで、何だかちょっと寂しい。
一番最初にルシウスがタイムスリップした先の銭湯で、ルシウスにフルーツ牛乳を勧める、パンチパーマに細い吊り目の、鼻の穴がポッカリと開いた、出っ歯のおっちゃんが好きだったのだが、映画版で出てきてくれなかったのは残念。
(北島三郎さんが演ってくれたら最高だったのですが…)
実は、アニメ版や原作の『テルマエ・ロマエ』をみて、何よりも強く影響を受けたことといえば、無性にフルーツ牛乳が飲みたくなったことなのであった。
そんなわけで、次回のテーマは「フルーツ牛乳」(の予定)。


