月曜夜10時から『BS日本・こころの歌』
という歌番組が放送されている。
ここのところ、気に入って毎週欠かさず見ている。

叙情的なピアノの旋律に乗せて、渋い男性ナレーション。
「いつまでも 胸に染み入る歌がある
秘めた大事なものがある」

この後、テーマによって
「優しくて どこか切ない女歌」 
「凛々しくも やがて哀しい男歌
などと続く。

FORESTAという、音大出身者からなるコーラスグループが、文部省唱歌に童謡、軍歌に歌謡曲、1980年代のポップスに至るまで、ピアノ伴奏に併せて歌っている。
"美しい日本の言葉"、"美しい旋律"を次世代に歌い継ぐというのが基本コンセプトである。

背景に格別な映像が流れるわけでなし、適当に段差のあるステージに、照明効果のみ施され、彼らが直立不動で、ただひたすら歌うという、とてもシンプルな作りである

民放BSゆえ、合間にCMが入る。
普通なら、健康食品、アンチエイジング化粧品、保険、英会話等々のCMが喧しく、番組本編の雰囲気をいちいちぶち壊しにしてくれるのだが、「非破壊検査株式会社」の一社提供で、このCMが金子みすずの詩の朗読だったり、若山牧水の短歌が詠まれたり、と本編に勝るとも劣らぬ渋さ加減で、この番組に限っては、ブルーレイ・ディスクに保存する時、

「CMカットしなくていいか…」「CMカットしてはならぬ」
そんな気さえしてくるのである。

明らかに、私などよりも遥かに高い年齢層の、私の両親か或いはそれよりお年を召した方々を視聴対象にしているかのようなこの番組、選曲も実に渋い

「♪京都~大原 三千院…」
出だしだけは何となく知っていたこの歌が、『女ひとり』という題で、永六輔氏の作詞によるものであることを、私はこの番組で初めて知った。

「♪静~か~な 夜更け~に い~つもいつも…」
幼児の頃に母がよく歌ってくれていた子守唄が、『遥かな友に』という題だということも、又

「♪てんてん てんまり てんてまり…」
で始まる女の子の毬つき歌が、『鞠と殿さま』という題で、作詞・西条八十だということも、この番組で教えられたことである。

この『鞠と殿さま』、昨夜の回では一番最後に出てきたが、原曲よりもアップテンポなピアノ伴奏が、女声FORESTAの朗々とした伸びやかな歌声と相俟って、何ともいえぬ調和を醸している。アレンジによって童謡がこんなふうに変わるのだなぁ…と感心した。
エンディングは、『会いたい』(作曲・演奏:西村由紀江)という、これまた渋い抒情的な曲が流れ、全体を締め括る。

1時間があっという間に過ぎ去る。

まぁ、そんなことは絶対にないとは思うが、暇を持て余してどうしようもなくなった時、この番組を見れば心が休まるのではないか?
そう思い、ディスクに残すことにしたのである。

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恐らく私は、同世代の、特に男性の中では、この番組で扱われる童謡や抒情歌をよく知っているほうだと思う。
それにはちょっとした理由がある。


遥か昔、小2秋に転校してきた東京の小学校では、毎週火曜日「歌の集会」というのをやっていた。
『みんなのうた』という小冊子を手に、全校生徒が体育館に集まって、歌を歌う。

最初の担任が、若い女性の先生で、こう書くと、美しく、優しく、時に厳しく、明るい、そんなイメージがどうしても浮かぶが、美人だったかどうかは兎も角、このU先生は依怙贔屓が激しく、ヒステリーの持ち主で、生徒たちは恐れていた。

転校前の関西の学校が随分教育熱心で、掛け算の九九の暗唱も、(東京と違ってドイツ式だったが)リコーダーも、既に随分習っていたし、転校早々国語で出てきた『きかんしゃやえもん』は、向こうで習ったばかりだった。
そんなこともあって、このおっかないU先生に贔屓してもらえる側になれたのは、今にして思えば随分幸運なことであった。

この先生は歌が大変好きな方で、授業が終わると学活で、オルガンを伴奏し、クラスみんなで歌を歌ってから下校するのが日課となっていた。
変声期を迎える前から声が低かった私は、ボーイソプラノとは無縁だった。女子と同じキーで無理矢理声を張り上げて歌を歌わされるのが大変な苦痛で、実はこの歌の学活はちょっと憂鬱なのであった。

家が同じ方面のクラスメートに、A君という、広壮な豪邸というほどではないが、見るからに高級な瀟洒な館に住む金持ちの息子がいた。
A君は授業中、ちょかちょかと落ち着きがなく、U先生に目の敵にされていた。
ところがA君は、歌の学活になると、見る見るうちに目を輝かせ、持ち前のハスキーボイスで、

「♪ランラララ ララ ララララ ランラ 高原列車はラララララゆくよ~」
(『高原列車は行く』)

「♪ぎん~いろの~ はるかなみ~ち~」
(『銀色の道』)

を実に気持ちよさそうに朗々と歌い上げるのである。

ヒステリーのU先生も、感心なもので、普段は叱り飛ばしている彼をこの時ばかりは褒め称え、歌の学活ではA君はちょっとしたスターであった。

いつも叱られてばかりいても、得意分野を一つでも褒められると、子供というものは目を輝かせるものだ。
よく一緒に帰る道すがら、歌の学活でもないのに、『高原列車は行く』を歌い上げていたA君の姿が今でも目に焼き付いている。


そんな経験が積み重なって、『BS日本・こころの歌』を、今、好いているのかもしれない。

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是非ともこの歌を取り上げてほしい、そう思う歌が幾つも出てきたが、毎週見進めていく内に、
『高原列車は行く』、『銀色の道』を始め、
『砂山』、『この道』、『あの素晴らしい愛をもう一度』、『里の秋』、『夢路より』、『翼をください』…と軒並み番組で取り上げられた。

それ以外で、ちょっと思い入れのある歌を取り上げる。

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『旅愁』は、日本固有の唱歌のように親しまれているが、ジョン・P・オードウェイという米国人作曲家によるものである。

中学1年の夏、『太陽の子(てだのふあ)』という、灰谷健次郎の児童文学を映画化した作品を観に行った。

主人公は、ふうちゃんという小6の女の子。両親は沖縄出身で、神戸の下町で食堂を営んでいる。ギッチョンチョンやギンちゃんといった沖縄出身者が集まってくる。
父親が、沖縄戦のトラウマで発作を起こす。「ドクン、ドクン…」という動悸を合図に、頭を抱えて蹲る。
店に集まる人々も、皆それぞれ戦争の傷を心に持っていた。ふうちゃんは沖縄の過去を勉強し始める。深く傷ついている父親の心を癒すため、沖縄の青い海を見せよう。出発の前の日、父親がひときわ大きな発作に見舞われ、港に飛び込んで還らぬ人となってしまう…。

この父親役が河原崎長一郎氏であった。

映像としては、その前に見た、田宮二郎版『白い巨塔』の最終話での、佃講師役が最初に目にした河原崎長一郎氏の筈なのだが、当時は全く覚えておらず、氏の名前を覚えたのはこの映画であった。

物語中、今なお根深く残る戦争の傷跡に、深い哀しみに懸命に耐えながら、凛とした表情でしっかり前を向き、ふうちゃんがすすき野原で歌を歌う場面がある。

この時、ふうちゃんが歌っていたのが『旅愁』であった。

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『雪の降るまちを』も又、是非ともFORESTAに歌ってほしい、そう思っていた歌であった。

「♪雪の降る街を 雪の降る街を…」
短調の、陰々滅滅とした雰囲気で歌が始まる。曇天の空の元、雪がしんしんと降り積もる様が目に浮かぶ。

ところが、

「♪遠い国から落ちてくる」
から俄然曲調が変わり、曇天の雲間から差し込み始めた陽光は、暗く凍てついた心を緩やかに穏やかに溶かしてゆく。

そして最後。

「♪温かき幸せのほほえみ」
今や、凍てついた心は温かさを取り戻し、それを通り越えて、何やら途轍もなく崇高なものへと転じてゆく。

鮮やかすぎる短調から長調への転調である。

『雪の降るまちを』というと、忘れられない作品がある。

今から20年前、「シネセゾン渋谷」という劇場で、『ラヴィ・ド・ボエーム』というフィンランド映画を観た。
アキ・カウリスマキ監督によるモノクロの映画である。

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3人の男たちのボヘミアンな共同生活を描いたこの作品。その内の一人、ロドルフォの恋人ミミが、一度は部屋を出ていくが、終盤、再び姿を現すも、彼女は不治の病に侵されている。男たちは全てを擲って治療費を稼ぐが、花咲く季節の訪れと共に、ミミは還らぬ人となる。
ロドルフォが病室を出て、ミミのために野の花を摘み、戻ってくると、ミミはその間に旅立ってしまっていた。
やるせなさに花を踏みにじって病室を後にするロドルフォ。その哀しい男の背を映しつつ、徐に流れてきたのが『雪の降るまちを』である。

FORESTAのようなコーラスではない。
篠原敏武氏というフィンランド在住の日本人が歌う、ちょっとテンポを外した、実に渋い味のある『雪の降るまちを』であった。

確か夜遅くに空いている劇場で、初めてこのエンディングを観た時、私は椅子からずり落ちそうになった。

「何でフィンランド映画で『雪の降るまちを』…!?」
最初は随分ミスマッチな気がしたが、後になればなるほど、この歌の、そしてこの歌唱の独特の哀感が、モノクロ映像の異国の男の背中に、何ともいえぬ味わい深さを与えているように思えてならなくなってきたのであった。

『雪の降るまちを』と、物語途中から出てくる、何とも安定の悪そうな3輪自動車ゆえに、この作品もまた忘れ得ぬ映画となった。

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短調から長調への転調といえば、忘れ得ぬ歌がある。

『恋の花占い』という歌である。

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(このアルバム他所収)


『花の子ルンルン』という、30年ほど昔、女の子向けアニメーション作品があった。
大ヒットした『キャンディ・キャンディ』の後番組である。


『キャンディ・キャンディ』は、妹に無理に付き合わされ、半ば厭々見ていたが、男の子向けの単純な勧善懲悪ものよりも、物語性があって、秘かに「面白いかも…」と思ったものだが、仲間内でそんなことは口が裂けても言えなかった。
ただ、いじめっ子役のニールとイライザが、憎らしくって憎らしくって、「蹴り倒してやりたい(笑)」などと思ったものであった。

『花の子ルンルン』はリアルタイムでは殆ど見ていない。随分後で、「東映チャンネル」で全話通して見たとき、ルンルンは、おてんば少女のキャンディに比べると、お淑やかな感じがして、物語自体も格調高い雰囲気を感じたものであった。
番組最後に、花言葉の解説がある。

「ハハーン、こうやって女の子は、男の子の知らない世界を学んでゆくんだな。」

妙なところで感心する。

有名なのは堀江美都子さん歌う主題歌であろう。

「♪ルルルン ルンルン ルルルン ルンルン 
ルルルンルン ルンルン ルーン」

というサビの部分は、ある年齢以上の世代の方なら、一度は耳にされたことがあると思う。

放映終了からしばらく後、中学生になってからのことだが、社会科の世界地理で、中国の「崑崙(クンルン)山脈」というのを習った。
″山ザル″とあだ名される野蛮な男がクラスにいた。この″山ザル″がある日突然

「♪クルルン ンルン ルルン ンルン

ルルンルン ンルン ルーン」

と歌い出した。以来、「崑崙山脈」は忘れ得ぬ固有名詞となった。


この『恋の花占い』の魅力は筆舌に尽くしがたい。

イントロ部分の感じは、星の煌きを感じさせるどことなく宇宙指向の音色から入る。

「♪こわいの こわいの とってもこわい
 花びら一まい・・・好き
 花びら二まい・・・嫌い
 花びら三まい・・・好き
 このあとめくるの とってもこわい」

と、初恋の不安に揺れる乙女心を不安げに歌う。

「チャン チャン チャン チャン」
という音階が徐々に上がるイントロが入るや、ここまでの短調が一転。

「♪だって だって だって はじめて
 好きになったんだもん」


いきなり長調に転じ、徐々に音域が上がって「好きになったんだもん」。
これまでの初恋の不安は何だったのか???
スコーンと紙の空き箱で脳天をぶっ叩かれたような、あっけなさ。

細かいことをくよくよ悩んでいても仕方がないのだ。
開き直れ!!


そう教えてくれているような気がする。
「1番」はこれだけ。

そしていつしか宇宙的なイメージを感じるイントロにつながっている。

これが3回繰り返される。


最後の「好きになったんだもん」は、
「ミッチ(堀江美都子さんの愛称)の声よ、あらん限り続け!」 とばかり高音域のまま伸び続け、例の宇宙的なイントロが被さり、今度はこちらの音域が、上がり、上がり、上がり、上がり…永久に上がり続けるかと思われる中、フェードアウトする。

作曲が小林亜星氏と知り、仰天した。
それまで、丸刈り頭の首の後ろに横皺の目立つ、モッサリ太ったおっさんなどと思っていた私が愚かだった。
氏の天才を確信した次第である。

いつだったか年末にNHKBSで、アニソン番組を見ていたら、堀江美都子さんの『キャンディ・キャンディ』主題歌で、長調→短調 と転じ、
「♪笑って 笑って 笑って キャンディ
泣きべそなんて さよなら ネ キャンディ・キャンディ」

と、最後の最後で再度明るい長調の「キャンディ・キャンディ」で締め括られる。
この転調ならしめるのが、「ネ」なのだと、
この「ネ」こそが、本曲の作者・渡辺岳夫氏の天才的な閃きなのだ、と堀江美都子さんが大層力説されていた。

『キャンディ・キャンディ』における「ネ」に相当するのが、『恋の花占い』では
「チャン チャン チャン チャン」である。

初めて通しで観たときこの歌が、いつ出てくるか、いつ出てくるか、と心待ちにしていたら、やっと最終回で出てきた。ルンルンが七色の花を見つけ、フラワール星へ馬車で向かうときにバックで流れたのが唯一である。1回しか使わないなんて勿体ない。

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宇宙的なイメージというと、更に忘れ得ぬ歌が一つある。

『アンドロメダの異星人』歌:青木亜依)である。

ikekatのブログ-20120221003

タイトル通り、異星人が地球を訪れる様を歌ったもの。

「♪パルサー! クェイサー! アルファー!」

と冒頭から得体のしれない宇宙語が始まるが、この後は至って普通。
途中でテンポがやや遅くなると、何故か演歌調になる。

と油断させておいて、

「シアワセ アゲタイヒト
ミツカラナイワ サビシイナー」

異星人らしいコメントの後、

「チチモモ パチヤマモ ポヨヨヨヨヨ~~~ン」

そしてタイトルを歌って終わり。

こちらも相当ぶっ飛んだ歌である。まぁ基本は演歌という気がしないでもないが…。
『幻の名盤お色気BOX』という、今となっては大変レアなCD-BOXでこの歌の存在を知った。

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何だかとんでもない方向に話が脱線してしまった。

『BS日本・こころの歌』から、『雪の降るまちを』。
ここから『花の子ルンルン』の挿入歌、『アンドロメダの異星人』。

こんな突拍子もない連想が繰り広げられるのは恐らく当blogだけであろう。

特に最後の2曲については随分熱く語ってしまった。多少の誇張はあるかもしれないが、嘘は申していない積りである。とはいえ、音楽の解説記事など、幾ら口を酸っぱく懸命に説いてみたところで、実際の楽曲を聴かずしては何も伝わらない。

「百聞は一見に如かず」もとい、「百読は一聴に如かず」である。

幸い両者とも「You Tube」に載っている。

ご興味を持たれた方、以下のリンクからどうぞ。

『恋の花占い』


『アンドロメダの異星人』


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2曲とも決して『BS日本・こころの歌』でFORESTAが歌うことはありますまい。
『BS日本・こころの歌』は、真面目で渋い抒情的な歌番組です。