3回前の記事で、花隈駅で降りて、西元町駅から電車に乗って芦屋へ向かった、と書いた。
勿論ここで降り立ったのは、『元町ケーキ』が目的だったのだが、もう一つ、私にとってはそれだけでも目当てになる懐かしい光景があった。
非常にマニアックなことを書くが、それは両駅の壁のタイルである。
両駅とも、神戸高速鉄道の駅である。
神戸高速鉄道は、それまで神戸市内に乗り入れていた、阪急、阪神、山陽、神戸電鉄の各私鉄が、三宮(阪急神戸)、元町、兵庫(電鉄兵庫)、湊川と、てんでにターミナル駅を構え、各路線間は神戸市電で乗り継がざるを得ないという不便を解消するために、これらを結び、直通、連絡させるべく、1958年に設立され、1968年4月に開通した。
軌間の違いやら、「第二種鉄道事業」、「第三種鉄道事業」だのといった、これ以上の詳しい説明は、コアな鉄道ファンにはお馴染みのことだし、鉄道にさして興味のない方には、退屈で難しいだけである。
全てバッサリ省くとするが、阪急、阪神、山陽が神戸市内でトンネルでつながっているのだなー、そのトンネル区間を神戸高速鉄道というのだなー、位が、ここで関係する極めて大雑把な概要である。
西から順に、
須磨浦公園・須磨・須磨寺・月見山・東須磨・板宿・西代(ここまで山陽電鉄)
・高速長田・大開・新開地・高速神戸
ここから2つに分かれて、
阪急方面が、(高速神戸)・花隈・阪急三宮、と続き、以東は阪急電鉄。
阪神方面が、(高速神戸)・西元町・元町。ここから阪神電鉄で、次が阪神三宮。
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花隈(はなくま)は、遠い昔、何度か見舞いのためにここで降りている。
小学校へ上がる前のことで、「はなくま」ときいて「花熊」だとばかり思い込み、それも「テディベア」やら「くまのプーさん」やらの可愛らしいイメージではない、北海のひぐまがその巨体一面に色とりどりの花を咲かせてのし歩いている、そんな奇妙な姿を想像していた。
阪急方面へ別れた先にあるので、阪急電車か山陽電車しか走らず、阪神電車は入ってこない。
阪急電車の色に合わせたのか、駅の壁はワインレッド色のタイルで作られ、何十年もの間、ここの造りは全く変わっていないのである。
昔は、レトロだが、何の飾りっ気もない、白地に黒文字の駅名標だったが、近年、乗り入れ先の阪急に合わせた黒地のものに変わった。
何となく「赤い駅」のイメージがある。
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西元町(にしもとまち)は、逆に、阪神方面へ別れた先にあるので、阪神電車か山陽電車しか走らず、阪急電車は入ってこない。
上の写真では、「普通(各停)」に使われる「青胴車」といわれる阪神電車が写っているが、特急などに用いられる「赤胴車」というのも他にあり、以前は主にそちらがこの駅に乗り入れていた。
肌色に近いクリーム色と、朱色のイメージからか、ここの駅の壁は、花隈のワインレッドに対し、「オレンジ色」とも言われるが、どう見ても、くすんだ「黄土色」にしか見えない。
ここも何十年もの間、変わっていない。
又、ここの駅名標も、このような洒落た青色になったのは、近年のことで、乗り入れ先の阪神に合わせられている。
ここは「黄土色の駅」のイメージがある。薄暗い、昭和のまま時が止まっているかのような、レトロな雰囲気の駅である。
因みにここの東隣の元町駅は、昔から阪神電車の神戸の終点だったが、狭い駅で普通電車が特急の合間を縫って折返し、何十年も前は、発車案内表示器の幕が、延々回転するのを見ていると、時折「特急・梅田」などの表示幕が上下逆さまになって入っているものがあり、不思議でならなかった。
ここの駅の壁は、今では白っぽい特徴のないものになってしまったが、その昔、船荷の木製コンテナをイメージしたのか、板材を縦、横、斜めと組み合わせた、とても洒落たデザインとなっていた。
中学校時代、美術の期末テストの筆記試験で、丸、三角、四角を用いて、自由な図案をその場で描け、という設問が出たことがある。咄嗟に思いついたのが、この元町駅の意匠であった。
こう書くとかなり自慢たらしいが、その問題で満点を貰え、サンプルとしてその図案が切抜かれた状態で答案用紙が戻ってきた。
「どうしてあんな図案を思いついたんだ?」
美術の先生に、そう訊かれ、元町のことを話したが、判ってもらえるわけがない。
ここの往年の駅壁の写真を秘かに探している。
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東側からみると、阪急、阪神の両路線が 高速神戸駅で合流する。
この先、山陽方面へ向かうが、次の新開地は神戸電鉄方面の乗り換え駅となり、さらにその先、大開(だいかい)、高速長田(こうそくながた)へと続く。この両駅とも、花隈、西元町と全く同じような造りで、かつてはタイル貼りの意匠までそっくりだった。
高速長田駅は、ベージュ色のタイルが残るが、何故だかあまり印象がない。
大開駅は、1995年の阪神・淡路大震災で、駅が完全に崩壊し、漸く復旧を遂げたのは翌年になってからのことである。改装された大開駅は、同じく震災復興を機に、地下化が前倒しで進められた、山陽電鉄の、西代、板宿の両駅に寧ろ似通った、近代的な装いとなった。
が、ここは昔、濃紺色のレトロなタイル貼りの壁が印象的な駅であった。
当時の記憶を元に、今回撮った花隈駅の写真に手を加え、往年の大開駅風に改造してみた。
私にとって、この駅は、未だに「青の駅」のままである。





