本記事は長いです。
お時間のある時にお読みいただき
何かの参考にしていただければ幸いです。


目次
1.6月~8月中旬のわたし

2.8月20日の三田駅での転倒事案
3.整形外科受診

4.心療内科受診(毎月の受診)
5.脳神経外科受診
6.理学療法士とのリハビリ相談
7.本事案を踏まえて・・・

 


1.6月~8月中旬のわたし

 

今年5月末日を以って会社を定年退職し
「これからは悠々自適!遊んだるわい!」と思い


7月には八丈島から豆南諸島クルーズに行ってきたり
8月15日~8月19日で
ここ何十年も仕事の縛りでできなかった
お盆時期の札幌へも帰省し、墓参りもして

初めてのエスコンフィールドにも行き
何十年かぶりに野幌森林公園を歩き
自由を謳歌してきた「還暦オヤジ」なのですが・・・

札幌から帰ってきた翌日

8月20日の午後3時過ぎ
まさか「罠」に嵌まるとは思いもせず・・・

 

 

2.8月20日の三田駅での転倒事案

 

8月20日(水)午後
職業相談をしに、田町のハロワーク品川へ出向き


 

職業相談等が小一時間で終わって
外を歩くとめちゃくちゃ暑いながらも
洗足の重盛先生のところに、約1か月ぶりの診察を受けなくちゃと思い
都営地下鉄三田駅へ向かった

都営地下鉄三田駅のA1番・A2番出入口は
春日ビル→ミタマチテラスの建て替えで閉鎖中
JR田町駅寄りで入ることができる最寄りの出入口は
三田駅A4番出入口
ここに「罠」があった・・・



 

ハローワーク品川からJR田町駅方向に歩いていくと
普段、都営地下鉄三田駅を使わないわたしとしては
田町センタービルの北角の
三田駅のA4番出入口の看板が目に留まる

 

 

そして180°反転して出入口から階段を下りていくのだが
この田町駅A4番出入口には「わずかな段差」がある

 

 


 

 


 

運悪く、その段差に
どちらの足だったか覚えていないが
爪先をひっかけてしまった。

そのまま前進しようとしていたんで、
バランスを崩し(自分では何が起こったのかわからなかった)
前につんのめって
階段に向かってフロントロールエントリーしてしまった・・・


以前、平べったいところでも
つんのめってスッ転んだことがあるんで
爪先を上げて歩くようにしていたのだが
爪先含め踏み込んでいた状態で
段差に引っかかると、これはどうしようもない

さらに

前に転んだ先に「床」があれば
そのまま床にべちゃっと倒れるだけで済むのだが
前のめりに転んだ先は「下り階段」



 

一瞬左側にある手すりを掴もうとしたのだが、できず
フロントロールエントリーで前転・一回転し
(水のないところでのフロントロールエントリーは二度と嫌だ!)
階段にして約10段転げ落ち、最後に踊り場で右後頭部を軽く打った

 

 

 

 

 

階段を転げ落ちたあと、気を失うことはなく
「あ~・・・やっちまったか・・・」と思ったのが最初の感想

たまたま
わたしが転げ落ちたのを見ていた方が声をかけてくださり
「大丈夫ですか?落ちるのを見たんで」
と、わたしを気遣っていただき

気を失っていなかったわたしは
「大丈夫です・・・」と言いつつ
立ち上がろうとすると
左脚に力が入らず、立ち上がれず・・・
おそらく軽い脳震盪を起こしていたのではないかと・・・

しばらくすると何とか立つことができ
されど、左脚を動かしずらく・・・

時間が経つとだんだん左脚の感覚が戻ってきて
歩けるようになったんで
わたしを気遣っていただいた方にお礼を申し上げ
東急目黒線の洗足駅まで行こうとして
都営三田線ホームまで歩き
三田線に乗って白金高輪駅まで行った

ところが右肩がしこたま痛み出した
「こりゃ心療内科受診なんかより、整形外科受診のほうが先だ!」と思い
白金高輪駅から三田駅へ戻り、都営浅草線で五反田へ
東五反田の清泉クリニック整形外科の鈴木先生に診てもらいに・・・


3.整形外科受診

鈴木先生:「どうしたの?」
わたし:「階段転げ落ちました」
鈴:「どのくらい?」
竹:「10段くらい」
鈴:「10段!?」

まずはレントゲン撮影
デジタルレントゲンなので、撮影結果がすぐわかる

鈴木先生と一緒にレントゲン画像を見たが
頸椎、脊柱、右鎖骨、右肩周りの骨、左上半身の骨には
骨折・脱臼等の異常所見なし
これにはホッとした

 

  

鈴:「うまく転んだねぇ・・・」
竹:(褒められてんだかどうだか?)

鈴:「脳外に行くかどうかの判断だねぇ・・・」
竹:「う~ん・・・」
鈴:「痛みが続くようならリハビリだね」
竹:「急性硬膜下血腫の可能性は?」
鈴:「それだけしゃべれりゃ大丈夫だよ」
ということで
本件の整形外科領域の急性期診察としては問題なし。
ロキソニンテープ100㎎を処方してもらってしのぐことに・・・


4.心療内科受診(毎月の受診)

さて1か月ぶりの洗足の重盛先生の診察

半年ぐらい前から知恵をつけたのは
4時ぐらいに診察券を窓口に出して、早めの診察順をGetし
隣駅の西小山の東京浴場に行って一風呂

んで5時45分ぐらいに戻ってくると
待ち時間がほとんどないというやり方
重盛先生の診察日は、順番待ちが大変なのだ

ところがこの日は
東五反田の鈴木先生の診察を受けたんで、
待ち時間しこたま・・・

7時過ぎだったかなぁ・・・
自分の診察順が回ってきて
重盛先生と、この1か月間の話をして・・・

重盛先生の診察では最近「与太話」をして終るんだが
竹:「実はきょう、階段転げ落ちて、ちょっと頭を打ったんですよ」
重:「脳外でMRI撮ったほうがいいぞ。おれも以前、頭打った時に、あとからモヤモヤが映ったことがあるから」
という「人生の先輩」である重盛先生のご意見を受けて
あした、戸越の脳外に行こうと思った。

この日の夜
眠りにつく前は不安だった
もし寝てる間に頭が痛くなったら
救急車呼ぼうと思って眠りについた・・・


5.脳神経外科受診


翌朝、無事に起きる
あ、自分はきょうも生きてると思った

そそくさと近所の松屋で朝飯食って

浅草線で戸越駅
戸越脳神経外科クリニックへ



戸越脳外の田中鉄兵先生は穏やかな方で
相談しやすいお医者さん
田:「どうしました?」
竹:「階段転げ落ちて、ちょっと頭を打ちました」
田:「MRI撮ってみましょうか、きょうお時間ありますか?」
竹:「時間はあるんでお願いします」

ちうことでMRI撮影の順番待ちして
11時ちょい前ぐらいからだったかなぁ
Philipsの3.0テスラMRIで脳の撮影

わたし・・・
脳MRIの撮影って、騒音がうるさくってって好きじゃないんですが
この日は眠気があったせいか
さほど時間がかかったカンジがしなかった

撮影後、少し待って、田中先生の診察
田中先生と一緒にMRIの断層撮影画面を見たんだが
とりあえず急性硬膜下血腫の気配はない
ただし歳も歳なんで、
慢性硬膜下血腫の気配が出たら、いつでも来てくださいねとのこと

あと4年前に撮ったMRA画像との比較で
左脳の動脈に瘤らしいもの見えるのだが
それは今回の撮影でも然程変わっていない・・・
これをトレースするためには
年に1度でOKなんで、MRI検査しましょうとのこと

 

ひとまず
今件の急性期診察としては
問題なしの結果が出たと思う

 

 

6.理学療法士とのリハビリ相談

さて・・・
これからどう回復を目指すのか?

やり方がよくわかんないんで
8/23(土)に東五反田の清泉クリニック整形外科を受診
理学療法士に相談してみた

担当理学療法士曰く
「まだ急性期症状の患部の腫れがひいていないんで、積極的介入はできない」とのこと
とりあえず1週間後の8/29にリハビリの予約を取ってみる


それからの1週間・・・
右鎖骨周りと右肩甲骨上部、右の首筋が痛い
そこにロキソニンテープ100mgを貼ってしのぐ
右肩甲骨上部に膏薬を貼るのは難しい・・・
余ってたロキソニンのジェネリック錠剤60㎎の服用も併用

Tシャツを脱ぎ着するたびに
右肩の激痛に悶絶・・・

おそらく
右の大胸筋上部、右の胸鎖乳突筋、右の僧帽筋上部に
ダメージを食らっているのではないかと・・・
右胸部に内出血が下りてきて、皮膚が少し青くなっている

鎖骨を触ってみて気が付いたのだが
右の鎖骨が少し前に出てる
右大胸筋上部の腫れがひけば正位置にもどるのか?

8/29のリハビリでも、理学療法士曰く
「まだ積極的介入をできる段階ではなく、患部周囲への介入ぐらいしか・・・」とのこと

右僧帽筋上部に超音波治療器のプローブを当てて・・・

ロキソニン錠剤やロキソニンテープが切れたんで、
追加処方をお願いし・・・


7.本事案を踏まえて・・・

受傷から今日で2週間
まだ右肩周りに痛みを感じるということは
本件の完治にはちょっと時間がかかりそうな気配・・・
きょうになってようやく
Tシャツの脱ぎ着が楽にできるようになった・・・

ただ・・・
命は取られなかったし
脳・頸椎・脊髄の損傷がおそらくなく
まかり間違ったら入院
寝たきりにならなかっただけマシというか・・・
 

運が悪かったのか運が良かったのか・・・
なんとも言えんのですが
とりあえず今日も生きながらえています

「生きてるだけで丸儲け」という
明石家さんま師匠の言葉を噛みしめてます

アメブロ・・・ず~っとほったらかしでした。
(Mixiは放置です(笑))

久しぶりに書くと・・・
長いですよ~
わたしの文章はそもそも長いんですが、
きょうのブログは特に長いです。
ここで読むのを止めておいたほうがいいかもしれません。
長話がお好きな方は、読み進んでいただければ光栄です。

*****

きょう・・・
埼玉川口とか横浜とか行こうと思ってたんですが・・・
数日前から左の膝頭の内側に突然痛みが出てて、
鷲足炎も疑ったのですが、鷲足ではない。
変形性膝関節症からくる痛みでもなさそう。
(変形性膝関節症の兆しは、実はあります。いい歳なんで・・・
 7月に整外で撮ってもらったXR写真でみると
 脛骨上部の両端に、わずかですが骨棘ができ始めているのが確認できました)

おそらく内側側副靭帯の炎症・・・
左膝にロキソニンテープ貼って、様子みてます。

実は今週月曜夜の横浜ステップの最中、
左膝外側に痛みが出始めました・・・
これはいわゆるランナーニー(腸脛靭帯炎)
後半はそれをダマシダマシやってました・・・
帰ってきてからロキソニンテープ貼ってました。

その前日の川崎サークルでのエアロが、
従前ならそれほどシンドクないはずなのに、かなりシンドクって、
(最近有酸素運動をほとんどしていなかった・・・参加できなかったからだと思います)
終わっての忘年会での酒が回り、
品川でちゃんと山手線外回りに乗り変え、五反田駅で降りたのですが・・・池上線乗換口で座り込んでしまったところを(それを覚えていない)
偶然通りかかった札幌の高校同期のシライに「おい!大丈夫か!」と起こされ、
何とか帰宅し・・・(シライ!ありがとー!!)

現状、歩く分にはなんら問題がないのはなによりですが、
キツメのエアロやステップが
今週末~月曜日のクリスマス仮装エアロシーズンにできるかどうか・・・
せっかくだから久々に女装しようと意気込んていたんだけどなぁ・・・(キモチ悪いアラカンジジイ(笑))

左膝の痛み・・・
考えてみると、やはり下肢の筋力の低下が原因かと。
10月~11月とメンタルがやられ・・・
(ガキの頃からなんですが・・・私にとって10月~11月は「鬼門」なんです)
11月下旬から徐々に活動再開してたんですが、
歳を重ねるに連れメンタルも体力も、回復のスピードも遅くなっているんですかねぇ・・・

いずれにせよ、上腕・下肢の筋力は落ちている。
プランクで腕がプルプル振るえる。(そーみーに「寒い?」って突っ込まれる(汗))
チャトランガは何とかできるが、
アドムカシュバナーサナは下肢の柔軟性が十分ではないので、膝が伸ばし切れない。
下腹の脂も依然として引っ込まない・・・
ウッターナアサナで下腹の脂が邪魔だ。(笑)

まぁ・・・一朝一夕で解決できる問題ではないので、
こればっかりは自分のカラダとの相談だし、
歳も歳なんで、40代とは違ったアプローチを考えてやるしかないのかもなぁと思ったりしてます。

直近の血液検査。12月19日採血。
(前回11月15日。ほぼ1か月ごとに採血してます。毎月人間ドック(笑))
(以下カッコ内は前月11月15日の結果)
TG(中性脂肪):209(↑186)
HDL:74(↑67)
LDL:150(↑101)
AST:55(↑28)
ALT:27(↑9)
ALP:36(↑32)
γ-GT:67(↑44)
CK:689(↑115)
血清アミラーゼ:53(↑45)
尿酸:5.7(↑4.2)
尿素窒素:15.5(↑13.5)
クレアチニン:1.03(↓1.10)
eGFR(推算式):58.6(↑54.5)
血糖:96(↑91)
HbA1c:5.0(- 5.0)
白血球数:4600(↓5000)
赤血球数:368(↓382)
ヘモグロビン:12.8(↓13.0)
血小板数:15.2(↓20.0)
MCV:105.2(↑101.6)

この数値の変化・・・分かる方には分かると思います。
明らかに酒の飲み過ぎと運動不足。

まずMCVが105ってのは明らかな酒の飲み過ぎ。
MCVは98以下に下げないとね。
TGが高くなっているのも、
そんなに炭水化物がつがつ食ってないなら、やはり原因は酒。
LDLが150台になったのは・・・う~ん・・・
これはかかりつけ医の松本先生と一緒に
「どうしてだろうねぇ・・・」という話になった。
まぁ酒の影響は少なくないかも。
CKが基準値248を上回って689っていうのは
採血の2日前、そうちゃんサークルでガチのエアロをやって、
下肢に筋肉痛が出ていたから。
なので、ASTもそれにつれて上がってる。
γーGTの67っていうのはわずかながら基準値を超えている。
あんだけ酒飲んでんだけど然程高くなっていない・・・
と、この数値で収まっているのを油断するのは禁物。
血清アミラーゼ正常、膵臓に問題はなさそう。
尿酸値正常、ちょっと上がったのは酒のせいだが、
ユリス1㎎+フェブキソスタット10㎎が効いている。
尿素窒素が15台というのは腎機能に然程影響を与えておらず、
タンパク質摂取は足りているということでいい数値。
クレアチニンは前回採血で基準値上限の1.07を上回り、eGFRが54.5と
もしかして腎機能落ちてるかもという話だったんですが、
前々回(10/4)の採血でシスタチンCクリアランスを測ってもらったら
eGFRは103と算出されましたんで、
わたしのクレアチニンが高めに出るのは筋肉由来ではないかという話になっています。
白血球数は正常範囲。
血小板数もまぁ今回は低めではあるものの基準値内。
問題は赤血球数・・・
貧血傾向はずいぶん前からあるのですが、
今回の採血では赤血球数とヘモグロビンが前月から下がってる。
酒が貧血を招くことはわかっています。
赤血球合成に必要な栄養素の吸収を、酒が妨げるらしいのです。
さらにわたしの場合、MCV:105と巨赤芽球性貧血もありますんで、
末梢血管を通じた細胞への酸素供給が十分ではない可能性もあり・・・
ですがフェリチンは600台ありますんで、鉄欠乏性貧血ではなく、
やっぱり酒の飲み過ぎからくる貧血ですわなぁ・・・
CRPは0.5ぐらいなんで、全身的な炎症反応はないみたい・・・左膝は痛いけど。

*****

ここまでまず長かったし、専門用語の連発で疲れましたよね。
一息ついてください。


そもそもなんでわたしが
毎月のように採血して検査してもらっているのか?
実は30歳で痛風を発症してしまったからなんです。

最初の痛風発作は足の踵にきました。
この踵の痛みはなんだ!?って思いましたが、
歩行に支障はなく、数日で収まったんで放っておきました。
当時、尿酸値をあんまり意識していなかったような・・・

次の発作はやっぱり足の親指の付け根にきました。
いわゆる母指球にきました。典型的な痛風発作です。
これ・・・歩くと母指球に重心が移動するんで、
足を引きずるように歩いた覚えがあります。
両足ではなく、右左どっちだったかの片足だったんで、
何とか通勤できた微かな記憶・・・

三回目の発作はなんと!
インドネシア・バリ島の東側、トランバンのリゾートに
スキューバダイビングしに行ってた時のことでした。
さすがに初日からではなかったのですが、
滞在中数日経って・・・あれ?足の親指の付け根が痛い・・・腫れてきた・・・
まさかここで痛風発作か!

たまたま同宿していた看護師さんから
「あー、こりゃ発作だね」と言われ、
なにせフィン(足ひれ)履いてビーチエントリーするのも痛いんで、
痛みが引くまで陸番するしかねぇかぁ・・・ってことで、
デッキチェアに寝転んで痛みをこらえながら
ビンタンビール飲んでました。(それじゃだめじゃん!)

これがわたしの最後の痛風発作発症となり、
以降、幸いにも発作は起こしてません。
薬のおかげか、多少減酒したからか・・・(減酒できてない可能性大(汗))

うちの会社・・・
最近は大酒呑み減ってきてますが・・・
かつては大酒吞みが山ほどいて
「尿酸王」と呼ばれる人がいたぐらいです。
(誰とはいいません。吾妻光良さんです。(笑))
わたしもその一味になってしまっていたのでした・・・

*****

年に1度の人間ドックや健康診断で採血してもらって
結果を聴くっていうのがふつうだと思うんです。
わたしの場合、
まずは尿酸値コントロールをするための処方薬をどうするかということで
ほぼ約30年前から始まった毎月の採血でした。

その後、脂質異常(昔は「高脂血症」っていいました)が始まってしまい、
総コレステロールより中性脂肪がめちゃくちゃ高くなってしまい・・・
(最高700台までいったか・・・全て酒のせい)
さらに40歳で突然の高血圧症を発症。
(エアロやってたのになぁ~)
以来、ほぼ毎月採血&結果を聴いて
薬を処方してもらうというのが続いています。

ただ・・・幸いにもわたしにエアロビクスを中心とした運動習慣があり、
酒は止められませんが、最小限の処方薬服用で済んでいるのは、
「一病息災」(わたしの場合は「三病息災」くらいかも(笑))でしょうか・・・

酒を減ずるに如くはなし・・・
それはわかってるんです。
でもな~・・・ビールは断てないんだよなぁ・・・

鉄道旅の車中で飲むビール(呑み鉄)、
スキューバダイビングを終えて夕方に飲むビール、
スキー場でお昼ごはんと一緒に飲むビール、
温泉宿で朝から飲むビール・・・
気の置けない同期や友人、ねこまま屋の常連と一緒に飲むビール。
(理由はどうあれ「依存症」だなぁ・・・(汗))

*****

今月は少しだけ処方が変わりました。
朝のユリス1㎎、フェブキソスタット10㎎は継続。
(尿酸値の現状をみるとユリス1㎎のみにしてもいいような気はするけど)
夜のテルミサルタン(ミカルディス)40㎎も継続。(血圧対策)
増やさざるを得なかったのはパルモディア。

コロナ禍以前は会社の診療所で
ベザトール200㎎を処方されていたのですが、
ある程度効き目はあれど、決定的な解決策とはならず・・・
コロナ禍後にかかりつけ医になってもらった
サザンガーデンクリニックの松本先生から
パルモディアに変えたらどうか?という話があり
処方変えたら、これがわたしにはてきめんに効き、
かつ肝機能数値も改善されてしまうという思わぬ効果もあり・・・

ただし、
この10月~11月のどん底に落とされたメンタルを酒で逃げてたことで、
中性脂肪値や肝機能数値がちょっとヤバくなってきてて・・・
パルモディアを現在の日量0.3㎎から
日量最大量の0.4㎎まで増やして様子をみることにしました。
直近11月下旬にパルモディアxrという徐放剤が認可され、
0.4㎎朝1錠の服用なんで、夜の飲み忘れがなくなりました。

付けたしですが・・・
寝る前の眠薬:ニトラゼパム5㎎×2錠。
メンタルを救ってくれたかもしれないイフェクサーSRカプセル75㎎も
当面継続です。
(ニトラゼパムは日によって服用調整してます)

あと・・・
東五反田の島津山眼科さんで「ドライアイ」の診断を受け
処方してもらったのがジクアスLX点眼液3%。
これ、1日3回の点眼でドライアイがかなり改善されました。(わたしの感想)

*****

コロナ禍が明け、
いろんな会合に顔を出すことが多くなりました。

10月8日には久々に仙台に行き、釜房湖畔で開かれた
札幌北高放送局OB会東北支部主催の「芋煮会」に行ってきました。
ほぼ事前連絡なしに行ったんで
先輩諸氏から「Youはいまなぜここに?」と問われ、
「そこに芋煮があるから」と答えました。(笑)

芋煮会は河原ではなくバーベキューガーデンでの開催でした。
仙台の芋煮会といえば広瀬川のイメージが強いんですが、
仙台も大都市になってしまい、
広瀬川で芋煮っていうのは、いまどこまでできるのか?

久々に逢う札幌時代の先輩諸氏と宮城で逢うというのもちょっと新鮮。
札幌在住の後輩連中がわざわざ飛行機に乗って宮城の芋煮会に来るっていうのも、
いやぁ・・・KBCOB会の結束は固いなぁと思った次第。

このときちょっと驚いたのは
「山形鍋の最後にカレー粉入れて、うどん入れると、カレー南蛮うどんで〆られる」ということ。

これは仙台在住4年間で山形鍋を何度か食った者として、
約35年を経ての大発見でした。
山形鍋は「牛・醤油」なんで、カレー南蛮にできますが、
宮城鍋は「豚・味噌」なんで、塩っけが強くってカレー南蛮にできないんですわ。
秋田鍋は「鶏・醤油」なんで、カレー南蛮にできますね。きりたんぽいれてもうまいかも。

11月18日~19日にはやはり宮城ですが
東北大学放送研究部創立70周年/同OB会のパラボラ会創立65周年記念大会で
宮城蔵王遠刈田温泉に行ってきました。

これはやっぱり飲み過ぎた・・・
同業他社の先輩後輩の話が面白かったのと、
わたしもいいジジイになってしまっていて、
「貧民食堂」っていうのは全国唯一トンペーしかなかったんだぞ!っていう講釈を
後輩連中にたれたあたりからヤバかった・・・

部屋呑みになって、夜中の2時くらいまで、
某動画サイトにアップされている動画を先輩連中と見ながら、
あの頃はこんなひどい(楽しい(笑))テレビ番組があったよねぇという話でひとしきり盛り上がる。

いやぁ・・・昭和末期~平成初期の深夜のテレビ番組って、
すんごいためになる「カノッサの屈辱」もあったけど
いまじゃぜったい放送できない番組が山ほどあった。

でも、それって、
例えばラジオのニッポン放送「鶴光のオールナイトニッポン」みたいなもんで、
「お色気」が許された時代のものなのかなぁと懐かしんだりします。
(歌謡曲の歌詞なんか未だに「愛」だの「恋」だの、お色気たっぷりなんだけど、それを「画」にすると叱られるんだよねぇ・・・)

12月に入ってからは仕事も忙しくなる中、
エアロサークルのお誘いもあったり、
コロナ禍以前に出ていたフィットネスクラブのレギュラーレッスンに顔を出してみたり・・・
今年の12月は「蘇った感」がありました・・・

*****

そういや薬の話に戻りますが(戻るんかい!)
きのう、ねこまま屋常連のWさんから聞いたお話。
2型糖尿病治療薬:GLP-1受容体作動薬が「やせ薬」としれはびこり始めているということ。

リベルサス
これは使い方次第で「ヤバい薬」!!
作用は膵臓にインシュリン分泌を促すと共に血中血糖を下げるというもの。
血糖値を下げることで糖尿病に対しての効果はあるが、おそらく脳がインシュリン分泌を感知するためか、食欲が抑制されるらしい。
医師の診断・処方の下、服用が管理されていれば2型糖尿病に対して効果が大きい薬なのだが、健康な人が「食欲抑制」のために使うのは、間違って低血糖症を引き起こしかねないヤバい薬。
Wさんだって最初処方されたときにはブドウ糖も一緒に処方されて、「ヤバいと思ったらブドウ糖飲んでね」て言われて処方されたそうな・・・
「やせ薬」として乱用すると、もしかしたら低血糖症で死んじゃうよ。
薬は使い方で「薬」にもなり「毒」にもなる「異物」だから、正しく理解して正しく使って、ベネフィットを享受しないとね。

*****

2023年もあと1週間余り・・・
なんだか年末に近づくにつれ「暴露話し」が山ほど出てきていて、
取り調べる方々は年末年始返上かと思いますが、
ここはこの「失われた30年」の、停滞した日本の膿を晒して、
来たる2024年が「正直者がバカをみない」世の中になってくれればなぁと思ったりします。

ん?
最初なに書いてたっけ・・・

あ。自分の左膝が痛いっていう話からだった・・・
鉄ヲタながら、毎度話が脱線してしまい申し訳ありません。
最後までお読みいただいた方、
駄文にお付き合いいただき、誠にありがとうございます。m(_)m

東海道新幹線の車内チャイムが(この夏から)変わるというニュースがあった。(Yahoo News)

https://news.yahoo.co.jp/.../875782abe822a0fc795a80ae4ad4...


「Ambicios Japan!」は

2003年の東海道新幹線品川駅開業、のぞみ1時間7本化のキャンペーンソングとして制作された楽曲。

歌っていたTOKIOは当時20代から30代前半の、脂ののっていた時代でもあった。このCM・・・わくわくしたなぁ・・・

https://youtu.be/D15JZLlhKx8


新幹線「のぞみ」自体は、300系デビューの1992年から運転されており、東京~新大阪2時間半;最高時速270㎞/h運転の衝撃はすごかった。

現在、東海道新幹線はN700A/N700Sで最高時速285㎞/h、東京~新大阪間最速2時間22分。(山陽新幹線の最高時速は300㎞/h)



2003年・・・いまから20年前・・・

日本経済のバブル崩壊が1991年~1993年とすると、それから約10年・・・

2001年の米国同時多発テロが発端だったのか・・・米国のイラク戦争が始まり、日経平均株価は2003年4月にバブル後の最安値7,067円をつけた。


中国広東省に端を発した当時「新型インフルエンザ」と呼ばれた「SARS」が一部地域で流行し・・・

日本でも警戒したが(職場で「マスクしろ令」が出た)、日本での流行は免れた・・・(SARSの病原体はインフルエンザウイルスではなく、コロナウイルスの一種だ)


その後、2008年のリーマンショック、2011年の東日本大震災、2020年からの新型コロナ禍、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻と、日本も様々な難局を経てはいるものの・・・


「日本の失われた30年」という言葉は、バブル崩壊後の日本経済の30年のことをいうのだと思うのだけど・・・

「コロナ禍」があったとはいえ、ずいぶん前の「雇用の多様化」(必ずしも「雇用の多様化」を否定はしないが、その「運用」の検証が尽くされているか?)や、ここ10年のアベノミクス&黒田バズーカが「失われた30年」を回復できなかった(と、わたしは思っている)というのは(資本的には回復できたかもしれないのだが)、後世の経済学者・歴史家はどう評価するのだろうか?

バブル崩壊に懲りてしまった、そもそもの経済成長設計に問題があったのではないか?



そりゃそうと・・・2023年2月・・・

なんか2003年と似てやしないか?



新型コロナ(Covit-19)のパンデミックは、このままだと日本でも治まりそうだ・・・ ロシアのウクライナ侵攻が「第3次世界大戦」に繋がってほしくはないことは、その首謀者を含めて各国の首脳陣は思っていることだろうとは思う・・・


話しがかなり脱線した(鉄道で脱線は厳禁!)


日本国民のマインドの回復スピードがちょっと遅いかもしれないが(自分の実感では、然程遅くはない)、海外はよっぽどではない限りCovit-19以前の社会にかなりのスピードで戻っている。戻り方がCovit-19以前とは違う社会かもしれないが・・・


日本もこのままCovit-19が沈静化というか、季節性インフルエンザ程度になってくれれば、元の暮らしに戻ることができると信じている。

(在宅テレワークのお気楽さに足抜けできない・・・(笑))

(「テレワーク」はそもそもCovit-19の流行とは無縁で、たまさかCovit-19で加速したんだが、パンデミックの収束で企業が「テレワーク」も終息させようとしているのは本末転倒。NTTグループを見習え!)


んでね。

長々書いたんだけど、

今年、JR東海が東海道新幹線の車内チャイムを変えるという話。

そもそもはJR東海の新キャンペーン「会いに行こう」に連動している。

UAさんが歌う「会いに行こう」(岩崎太整さんによる書き下ろし楽曲)

https://youtu.be/Jyhzrc6cTtU

(公式YouTubeのロングバージョン)

CMキャラクターの賀来堅人さんバージョンもいい!

https://youtu.be/YsPuWebpl_4


早速テレビCMが始まった。

https://youtu.be/IGHHigaxSbY


JR東海:東海道新幹線のメインターゲットは

観光客よりビジネスの出張旅客。

https://recommend.jr-central.co.jp/shinkansen-trip/

だって「JR東海は、働く皆さまを応援します」って

おもいっきり書いてるんだもん。


観光流動は(言ってはなんだが高齢者以外は)土日祝中心。

ビジネス客は平日に乗ってくれるのだ。

なおかつビジネス客は基本的に「自腹」ではなく、「会社のお金」で乗るんだから、乗ってる自分に時間的な痛みはあっても金銭的な痛みはないのだ。


先週末、品川~名古屋間を

ものすごい久しぶりに東海道新幹線で往復した。

(仕事じゃない。高山の温泉につかりたくって(笑))


人に会いに行く

物に会いに行く

場所に会いに行く

出来事に会いに行く

いいじゃないか!


ちょっと前に

人間の一生は所詮4000週間という本を読んだ。

「限りある時間の使い方」

(YouTuber:サラタメさんの要約は以下)

https://youtu.be/Y9viVmWyl44


わたしはこれまでの不摂生を思うと

おそらく80歳まで生きられんと思う・・・

そしたら残り2000週間はない・・・


だったらやるべきことは

(「やったほうがいいこと」ぐらいにしとく?)

「人に会うこと」

それもあるんだけど、

「自分が見たことがないことを見ること」


「人に会うこと」は

その経験や知見を他の誰かに対し、何某かのOutputを出せるかもしれない・・・

「自分が見たことがないことを見ること」

これは積極的にOutputしなければ自己満足かもしれない・・・

でもスーツくんみたいに「仕事」でやってるわけじゃないんだから、自己満足してあの世に旅立ってもいいんだな。


あ。また「鉄」の禁物、脱線したね。


新しいJR東海さんのCM見てね、

これは新しい「Ambicios Japan!」なんじゃないか!


明治時代に札幌農学校にいらしてくださったクラーク博士は島松での別れの際に「Boys Be Ambicios」と言ったといわれている。

諸説あるが、クラーク博士の「Boys Be Ambicios」には続きがあって「Boys, be ambitious like this old man」。

よく言われる「少年よ 大志を抱け」ではなく「この老いた私のように、あなたたち若い人も野心的であれ」だったという説もある。(Wikipediaより)


また脱線してるな。


「野心的であれ」(歌詞では「勇者であれ」であった)

これは20年前のJR東海キャンペーン「Ambicios Japan!」で、その精神はアピールされていたかもしれない。


この20年目のキャンペーン「会いに行こう」は

この新型コロナ禍で隔てられた、人と人が面と向かって会う機会を取り戻すための「野心的」なキャンペーンであるかと思うと、

UAさんが歌う「会いに行こう」は、新たな「Ambicius Japan!」であり、その昔の国鉄「Discover Japan」キャンペーンなのかもしれない。



いいよ!!

新しい東海道新幹線の車内チャイムにWelcome!!
「会いたい顔が目的地」・・・この歌詞にしびれる・・・

(JR西日本車はこのまま山口百恵「いい日旅立ち」をキープしてちょ!)