今日の話題 2008年12月4日
池上 惇
━━第16部━文化的価値を創り出す経営━━
私の教育人生 10 コミュニティ再生
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いつも私どもの大学院大学づくりをご理解頂き
親身なご支援をいただいている学友から抜き刷りの献本を受けた。
タイトルは
「日本型コミュニティの崩壊―浮遊し沈殿し聳立する分断社会」。
筆者は長らく神戸市を研究対象とされ、
この都市の政策研究における第一人者である。
したがって、論文の内容も、
大都市の一方の極に交友関係を断ち切られた人々が累積し、
他方には、一般の社会から分離された「富裕層向けの」住宅地が
出現していることを鋭く指摘されている。
例えば、
大震災後の災害復興住宅、約4万2千戸における
1988年から2004年10月末までの
孤独死者数、385人、高齢化率43.8%、無職41.7%、
団地内の人が自分の家に訪問する回数は月に一回以下が75%
(1ページ)
など、人々の孤独化・孤立化が進む。
長田区の実態も深刻である。
その対極には、芦屋市における「ゲーティド・コミュニティ(要塞の街)といわれ、
高いフェンスで囲われ24時間態勢の警備によって守られた」
住宅地の出現がある。
このような実態は「所得格差が地域格差」を生み出し、
人間社会の信頼関係や相互交流・支援などの
「コミュニティの営み」が崩壊することを示唆する。
日本の戦後社会で1970年代まで存続していた企業内労使関係、
地域における町内会などのコミュニティなどが、
国際競争を受け入れる門戸開放政策によって変貌する。
個々人も各居住地区も「まとまり」を失って孤立化し
厳しい生存競争に巻き込まれて
健康障害・自己否認行動を続発させる結果を生む。
職場でストレス障害者、街頭での他人への傷害事故、さらには、孤独死が続く。
これに対して日本における公共政策は有効な対策をもっていない。
どちらかといえば、対策をたてることなく
「自己責任」「自助努力」などの抽象的な次元における心の持ち方を強調する。
そして、実際の施策では、財政赤字を理由にして
「低所得層への自己負担・負担転嫁」を行い、
公的な組織への信頼関係を低下させ、混乱状態を増幅する。
さらには、民間と公務を対立させ、
公務員などの待遇を低下させて民間の給与を更に低下させてしまう。
日本における補完性原理と称して‘自分でできることは自分で、
近くに住む人々で助け合えることは近隣で、
それでも出来ないものだけを政府で’などと主張することさえある。
格差と生存競争を助長しかねない、おそろしいことであった。
この論稿における卓越した洞察は、
コミュニティ再生にむけた人々の営みを重視されたことである。
この基礎の上で、個人の尊厳と生存権を保障する憲法への注意を喚起し、
具体的には、法や税による所得保障制度、
自由時間を確保し健康を確保しうる空間づくりを提起された。
これらを民間と公務の連携によって
実行してゆく方向性を展望すれば道が開けてくる。
この重くてかつ喫緊の課題提起に対して心から敬意を表したい。
私は、この提起に応えるために、
いま、自分で出来ることは何であろうかと反省を込めて考える機会を与えられた。
そういえば、いま、自分が推進しようとしている「知識結い」による大学院大学づくり、
これから本格的に取り組もうとしている
「グラミン銀行型のマイクロ・クレジットによる‘まちづくり’」がある。
これらは、「友=知識」という新たな人間関係でコミュニティ(結い)を再生し、
それを基礎にして、全世界から小額資金を集め、各地で孤立した人々に、
「‘仕事おこし’による連帯・協働」をサポートするものだった。
仕事を起こし、地域を創り、人を育て、文化を高める営みである。
この方向が、御論稿をいただいた友人の御主張、
所得保障や生存権確保の契機となり、
憲法を仕事や生活に活かす力量を市民の側に蓄積することになれば、
最高の幸せである。