ノンフィクション、なのです。-風の歌を聴け


風の歌を聴け 村上春樹 1979年 講談社

『風の歌を聴け』を最初に読んだのは、中学2年の2学期でした。
その頃、フォーク好きの友人が一人いて、昼休み彼がこの本のタイトルに眼を遣りながら、「、好きなの?」と訊いてきました。
風?」と聞き返すと、翌日彼は、『22歳の別れ』のレコードを持ってきて、「ほい、名曲だよ」と言ってそのレコードを貸してくれました。
『風の歌を聴け』を読み返すたびに、彼の顔を思い出します。

高校に入ってまもなく、この小説を読んでいる一人の同級生に出会いました。
彼女は、肩の下くらいまである長い髪を持った、黒目がちの大きな目をした少女で、文芸部に所属していました。
、好きなの?」と声を掛けると、黙って顔を上げ、不思議そうにこちらを見つめ返してきました。
、ほら、フォークグループの……。」
何だかつまらない冗談を言っているようで、少し自分に後悔しました。
「私はどちらかというと、この『風の歌』からは、ボブ・ディランをイメージするんだけど。」
多分この瞬間、彼女に少しだけ、恋をしたような気がします。

この小説のチャプター19の最後に、こんな文章があります。

 三人目の相手は大学の図書館で知り合った仏文科の女子学生だったが、彼女は翌年の春休みにテニス・コートの脇にあるみすぼらしい雑木林の中で首を吊って死んだ。彼女の死体は新学期が始まるまで誰にも気づかれず、まるまる二週間風に吹かれてぶら下がっていた。今では日が暮れると誰もその林には近づかない。

同級生の彼女が、ディランの『風に吹かれて(Blowin' in the Wind)』をどれだけ意識したかは今となってはわかりません。
それ以来、彼女と親しくなり、その後いろいろな影響を彼女から受けました。
ジョン・レノンにはまり、その真似をして眼鏡をロイド風に変えたのも、彼女の影響です。

『風の歌を聴け』は、村上春樹のデビュー作です。
アメリカ小説の影響を強く受けた渇いた文体には、ある種のバタくささがあります。
この小説に関しては、村上春樹が書いた作品というより、Haruki Murakamiという架空のアメリカ人作家がいて、その翻訳だと思いながら、私はいつも読んでいます。
そのほうが何かしっくりして読みやすいのです。
無論、感覚の問題ではあるのですが。

できればこの小説は、十代のうちに読んでおくべき類の小説かもしれません。
サリンジャーの『ライ麦畑をつかまえて』と共通する青春小説特有の苦味がある作品で、その部分に共感しやすいのは、十代の感受性のような気がするからです。
勿論、それ以降の年代にとっても、村上春樹を知る上で重要な小説であることには間違いないでしょう。
そういう理由から、村上春樹の導入書として薦めるなら、まずこの作品を第一に上げたいと思います。

評価:★★★☆☆



『22歳の別れ』 風



“Blowin' in the Wind” Bob Dylan