プロレスラーとして日本でも絶大な人気を誇ったテリーファンク氏が死去。

私の記憶だけ頼ってここに記す。

 

兄はドリーファンクジュニア。彼はNWA(当時アメリカで最高の権威のある団体)世界チャンピオンを4年間保持していた。

当時、ネットが普及していない時代なので「世界チャンピオン」はまだ見ぬ憧れの存在であった。

日本には「日本プロレス」や馬場さんの団体に来日していた。そのガードマン的な存在が弟のテリーだった。

もちろん弟テリーは誰も知らず人気もなかった。

 

その後、テリーはNWA世界チャンピオンになった。期間は1年半ぐらいだっただろうか。

世界チャンピオンになった兄弟は当時はいなかったはずだ。

 

そしてその後に兄弟で「ザ・ファンクス」として全日本プロレスの世界オープンタッグに参加した。

兄弟そろっての来日だけでも私達はワクワクした。

 

決勝はファンクス対ブッチャー&シーク

その試合で腕をフォークで削って流血させるという壮絶な見たこともないシーンでテレビ前の我々は興奮のるつぼに!

そして最後はファンクスの反則勝ちでファンクスが優勝した。

この試合からテリーは日本でアイドル的レスラーになった。

キン肉マンのテリーマンのモデルにもなった。

 

たくさんのレスラーを観てきたが、テリーは確かに一時代を築いた名レスラーでした。

合掌!