加山又造展と同じく開催されていたDOMANI・明日展も観てきたんですが、
DOMANIって、何だろう?
なんとなく聞いたことあるような単語だけど、
って、今調べてみたら、
イタリア語で「明日」って言うんですね。
ん?
明日・明日展じゃん。。
文化庁の芸術家在外研修の成果を発表する展覧会ですが、
なんでイタリア語にしたんだろうね。
展覧会。
純粋に楽しめたのは、
石井勢津子さんのホログラムの作品。
詳しい技術はよく分からないんだけど、
ホログラムという技術を使って、
ガラスに映る映像を三次元的に浮かび上がらせているようなそんな作品。
目線の位置によってまた違った絵が現れてきたり、
視線を動かすとあたかもそのガラス板の中に人が入っているかように
立体的に見えて面白かったです。
石井さんの作品は今回初めて拝見しました。
たいぶ長く活動されている方なんですね。
存じ上げませんでした。。
科学と芸術の融合ということでなかなか興味深かったです。
僕は元々、機械工学の出なので、
こういうのも割と惹かれます。
でも、芸術と科学の融合って、僕はすごく難しいと思うんですよ。
なんてゆうか、、
その技術が作家のコンセプトとしっかり噛み合って
アートとしての強度を失っていないならいいと思うんですが、
その技術ありきというか、
科学的な新しい技術を使いたいがために産み出されたアートっていうのは
芸術としての強さって半減してしまうんじゃないかなぁなんて思うのです。
作家によっては、
その技術を使わなくなったとたんに
作風がガラリと変わってしまうなんてことありそうだし。
その昔、
ジェームズ・キャメロンが、
「CGは観客を映画のストーリーに入り込ませるための一つのツールに過ぎない」
と言ってたし、
また、
リヒターも、
「絵画は表現するためのツールに過ぎない」
という趣旨のことを言ってたような記憶がありますが、
技術をメインにしてしまうと本当に言いたいことは何なのか、
メッセージが薄れて、作品の強さが半減してしまうということなのでしょう。
特に、コンセプトが重要視されている現代アートでは
そこは肝となる部分なのかなと、
それに取り組んでいる自分としても
常に感じていることではあります。
自分のメッセージを強く伝えるためには、
技術(絵画などの手法)にこだわらず、
作風にある程度の幅を持たせることも大事なことだと思います。
でもまあどう使うかですよね。
石井さんの作品。
僕はすごく楽しく体感させていただきました(^ ^)
なんかいろいろ書いたけど、、
実は、そんなに深く考える必要なんてなくて、
見る人は、
ただ純粋にアートを感じて楽しむ。
作家は、
どんな形であれ、新しいものを提示してみて、
皆さんを楽しませる。
それでいいような気もします(^ー^)