日々雑感 (7/2020~2/2021) | イケダムネオ人生学習帳

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「ことばは感情を変え、行動を変える。行動が変われば習慣が変わり、人格が変わる。人格が変われば、集まる人が変わり、ひとの運命が変わる。」  日々の気づきを言霊に託し、変えてみせます。私の運命。

すいません、何某のテーマで、調べて書く気力もなく、コロナ禍のホーチミンでの雑感です

 

 

■歴史教育の歪み

アジア、特に朝鮮と中国に侵略して、ひどいことをしたとの教育がはびこっていた、GHPによるWar guilt information programによる

歴史教育の歪み、

大学時代の教養部時代の英語の教師に長谷川というのが、反日の従軍慰安婦のいかにも韓国よりの英文を訳させていた。こんな屑に

国が給与をだして、反日の教育していることの矛盾、これは思想の自由とかの問題ではなく、公務員としてやることか?

■朝日新聞の屑

健全な懐疑心と通りこして、最初に結論ありきの内容で論評する、朝日新聞、現在の政権の在り方の否定の身に終始するバカ学者。

政治学者とは何の学問が?過去の事象の在り方を、数値を使って分析して、現在の事象と比較検討して、警鐘するのみが役割ではないのか?

■日本学術会議 

日本学術会議ネタ:菅は確信犯、火をつければ左翼体質で何の役にもたっていない現実が明らかになり、組織改革の一旦となるのを読んだ確信犯、だけとこの不任命を支持するサイトにコメントを入れたら、憲法違反、学問の自由を踏みにじるなど、非難するコメントが2つほど。法律文言を読めば憲法違反ではなく、現政権による運用の変更であることは明白、日本学術会議に所属しない学者はごまんといる、あと一番許しがたいのは軍事に転用される技術の研究の禁止。軍事に利用可能な技術は産業への転用が効く先端のものが大半、それを禁止することで技術立国でしか生きる術のない日本に対する反国行為。

中国ご用達新聞の朝日や毎日に洗脳された馬鹿、現政権を批判するだけの馬鹿が結構いることに驚く。

■、「昨日のカレー、明日のパン」感想

最近、本を読む気力もなく、だらだらと中国のサイトに上がっている日本ドラマを観ている。

昨日は、「昨日のカレー、明日のパン」の中での一場面、何に怒っているのかわからない。それは他人の行動について怒っているが、それは違って自分に怒っているのだと。亡夫の遺骨を捨てきれない一方、求婚された同僚に好意をいただきつつも、彼が500万を女に騙されたと

聞いたとたん、無性に腹が立つ、この感情は何かというと、結婚するかもしれない相手のだらしなさに腹がたつというより,相手を信じ切れっていない自分に腹立たしいのだと

このドラマは秀逸、名言の数々。

自分にもおなじような感情が湧き上がる。

 

■今後の10年を生きる。

,一つの案件を除いて、ぼぼ仕事がない状態がづづいている。会社休眠か解散を真剣に考える時期にきている。、ベトナムと日本の行き来する生活をしていく上で、ベトナムでの案件を開発しなければならないが、何もできていない日々、だらだらとyoutube見たり、英語聴いたり、何度も開いたベトナム語初級のテキストを開いてみたり。。。。あと10年は肉体労働でもなんでも食うためにやらなければならないが、やることなくなった自身の未来を、今の生活に見ているようだ。

どうする。どうする。楽しいがやるには日々の積み重ねが大事であることはわかっている。現在は書道をやっている。これはづづける、他は何を 登山、まずは散策から始めてみるか?、三浦雄一郎と池田昌子の本を読んでみるか。

■日本対メヒコ 

最大の楽しみ、玉蹴りとサッカー観戦。日本vsメヒコ、 予想に反して前半の前半までは中盤で優位に立ち、何度もチャンスを作るが、決定機を二度、鈴木武蔵がはずす。一言でいえばゴール前での落ち着き、落ち着きは経験によってもたらされるものだが、如何せん、強度やスピードが高いレベルでの経験不足は明らかで、トラップ時にボールをわざと浮かせるとか、左足で打つフェイントをいれるとかができてない。幼少時に遊びの要素を盛り込んで、ゴールを陥れる感覚がないのであれば、日々の試合で失敗しながらも身につけるしかないが、私の見立てでは武蔵は無理。点取り屋独特のセンスが感じられない。大迫ポストの1.5列かサイドハーフの得点に期待するしか他に方法はなさそう。

 

後半はメヒコが、ボランチ2枚、バックス3枚に陣形変更して、中盤の優位性を持たせつつ、個人のドリブルを交えて日本の中盤プレスを外しだすと形勢逆転。これに対して、森安は無策。3バックにして、アンカー+2ボランチで対抗すべきところを指示だせず。また、選手交代も疑問符のつくものばかり、鎌田を下げて、南野1.5列、トップは浅野?浅野生かすなら南野下げて鎌田のスルーパス頼みでしょう。また橋本を柴崎に替えるのも?? 勝つための選手交代ではなく、ただ選手を全員出してあげるための交代??

戦術の変更を指示できないのは、2019年アジアカップ決勝でのカタール戦以来、何も改善されていない。ナショナルチームの監督の資質はないのは明らか。だが田嶋はひたすら森安を擁護、自分の任命責任のはずで、技術担当の役員は関塚だが本当にこの監督を評価しているのか??競争原理が機能しない日本サッカー協会をどうにかしないと。。。。 外国人監督の場合には、選手側からのコミュニケーション不足理由での解任要望を聞き入れたが、選手の自主性を重んじる森安では選手からその声を聞かれず、そのまま放置してる愚挙。

 

■人間以外の種族で自殺するのは?

日本での自殺者数が年間数万人、ほぼ同数でバイクで死ぬベトナム人、自殺者はほぼいないベトナム人、

人間以外で自殺する種がいるかは、いまだ学説では定まっていないらしい。

自殺する種子を作る技術があるとかないとか?

 

■スキンシップを求める子供達 

学習塾経営者よりのyahoo記事にて、最近の子供、たぶん中学生低学年までくらいか?は抱っこやおんぶを男の先生にせがむらしい。

母子家庭の増加により、母親ましては父親不在な中で育ってきた子供に手をつないだり、おんぶしてもらった肌触りがあるわけでなく、

心を許した先生に甘えているのだろうか?Cuporeのおばあさんも、cuporeは私が前向きでだっこすると、すごい喜んでいるらしい。何かの本で書いてあったが,このattachment (愛着)が親子間で育まれているかは、重要なことで、これがうまく行かないと、信頼関係の欠如、自身の存在をうまく確認できなくなるらしい。Cuporeをできるだけおんぶしてやるしかないか。

 

■修羅雪姫

ずっと気になっていた映画, キルビルは梶芽衣子とこの映画へのオマージュに溢れた映画で有名だったが、日本映画で、ため息がでるほど

素晴らしいシーンは松田優作の遊戯三部作のアクションシーンが唯一かと思っていたが、鈴木清純を思わせる様式美の映像と梶芽衣子の凛とした立ち振る舞いの美しさに思わず、「かっこえ~」と唸ってしまった。タランテイーノが惚れるのも無理はない。

 

改めて、梶芽衣子の音楽cdを聴きなおす、

 

以下、主題歌「修羅の花」

死んでいた朝に 弔いの雪がふる。

はぐれ犬の遠吠え 下駄の音きしむ

因果な重さ みつめて歩く

闇を抱きしめる 蛇の目傘一つ

命の道をいく女 涙はとうに捨てました

 

ふりむいた川に 遠ざかる旅の灯が

凍てた鶴は動かず 哭いた雨と風

冷えた水面に ほつれ髪映し

怨みの道を行く女 心はとうに捨てました

 

義理も情も 涙も夢も

昨日も明日も縁のない言葉

怨みの川に身をゆだね

女はとうに捨てました。

(作詞:小池一雄、作曲:平尾昌晃)

 

冒頭の「死んでいた朝に 弔いの雪がふる。」の歌いだしは本当に痺れる。youtubeでも、外国人のコピー多数。