rainy season in ホーチミン | イケダムネオ人生学習帳

イケダムネオ人生学習帳

「ことばは感情を変え、行動を変える。行動が変われば習慣が変わり、人格が変わる。人格が変われば、集まる人が変わり、ひとの運命が変わる。」  日々の気づきを言霊に託し、変えてみせます。私の運命。

今年で3回目の雨季突入となりました、5階下から落ちていく雨筋(こんな単語はあるかあ??)が見えていきすこしほっとする気分と同時にあと6ケ月づづくと思うと、げんなりする複雑な気分ではあります。

某筋より、ベトナム人を蔑視する表現が多いとのご指摘をうけ、まずいと思いつつ、この一年はまったくいい
印象を与えないベトナム人を見ているので、深層心理で思っていることが、端々に出でいるのではないかと
思いつつ、結局は他人への批判、評価は自分自身を投影しているとの説は否定しないので、ここで
最近腹がたつ、生理的に許せない、バカとしか呼びようのない事例を列挙してみる。

1-昼ごはんをごちそうになっておきながら、礼も言わず、その上自分のカミさんのおみやげまで
その費用に入れてしまうバカ

2-バイク走行中にいきなり前方に方向指示も点滅させずに割り込んでくるバカ(多数)


3-明らかに矛盾している内容の書類を提出しておきながら、口頭では違うこと平気での賜るバカ(多数)


1に関しては、一説では日本人は明らかに自分より上の階層にいるのでおごるのは当たり前で、そのことで上の人間として見るといっているが、その考え方自体がすでに思考をめぐらせていない
バカ日本人の発想だとしか思えない。経済格差は現在もたしかにあるし、身に着けているものもすこしは日本人がよいかもしれないが、所詮同じhuman being、プライドを持つ者であれば礼を言うのは
当たり前のことだと思う。奢る奢らないは、奢るものの自己満足であることは十分承知の上で、
お礼を言われて初めて、満足するものでもある。やはり猿の沙汰だ。

2に関しては説明の必要もなく、自分しか見ていなくて他人の迷惑顧みずの典型
ただ,自身が恐れているのはそのような運転をしているかもしれない思うときがある。


3に関しては、詳細は差し控えるが、この国ではあまり気にされないらしい。



同じ感覚に慣れてきている自分も含めて、退化していることに対して自虐的にバカ、猿と呼んでいる可能性はある。

欧米の場合だと、その手の発言で人生を変えてします場合も多くあり、最近で英国代表キャプテンが人種差別発言をしたとして、裁判沙汰となっている。