本日は書籍紹介をいたします。
今回取り上げるのはこちら、
堀栄三『大本営参謀の情報戦記——情報なき国家の悲劇』文春文庫、1996年
戦時中の大本営の参謀というと、作戦を立案して戦争指導の中枢部分を担った作戦参謀が花形というイメージがありますが、本書は大本営の中でも情報部に属した筆者の手になるものであり、情報というものがいかに重要であるかと同時に、旧日本軍がいかに情報を活用することに遅れていたかの記録でもあります。
本書は、陸軍大学を卒業した筆者が昭和18年秋に大本営情報部に配属されるところから始まります。
時はまさに太平洋戦争の佳境、ガダルカナル島が落ちて、いよいよ米軍が南方での反転攻勢を強めてこようかという時期に当たります。
そんな中で、新米の大本営作戦参謀となった筆者がどのように奮闘していくかというストーリーは、単純に戦史として見ても面白いものです。
ただ筆者である堀氏は単なる戦争当事者であるにとどまらず、情報がどのように分析されて活用されねばならないかを見抜いていた稀有の見識の持ち主で、ブーゲンビル島沖航空戦や台湾沖航空戦の「戦果」がどれほど信用のおけないものであるかを喝破し、大本営が堀氏の意見をもっと聞いていればフィリピン戦の展開も変わっていただろうと言われるほどの人物です。
山下大将のもと、レイテからマニラ戦へと移っていくフィリピン戦線の記述は本書の白眉と言えるところでしょうし、内地に戻ってB29の出撃に関する暗号電信の分析に取り組み、原爆投下を予測する寸前までいっていたというくだりなどは、手に汗を握るようなスリルがあります。
堀氏の能力ということが大きいでしょうが、意外と日本も米軍の情報を分析できていたのだなという印象がある一方、それを活用するのは分析ができるか否かとはまた別の次元の事柄である、というのも脳裡に刻まれます。
暗号の能率に触れた個所なんかも興味深いもので、少し引用します。
「日本陸軍の暗号は、通信文を書くとそれを暗号の辞書をひいて四桁数字の数字文にする。その数字文に乱数表によって乱数を加減して、また別の数字文にする。これが暗号化された電信文で、受信者に向けて送信される。受信した電信文は受信者側で、翻訳用の乱数を加減して、数字文に変更する。これを更に暗号翻訳用の辞書を使って、数字から日本文にする。
暗号解読の硬さでは比類がないものだったが、多数の人員と複雑な仕事を必要として、方面軍だけでも百名近い人員が、暗号と通信の送受信に従事していた。その上仕事が緊雑過労で極めて非能率的であり、リンガエンに米軍の上陸した頃には、方面軍通信班はクタクタに疲れ切っていた。〔…〕
方面軍で百名、軍が五十名、師団が三十名、連隊が十名と仮定しても、満洲から中国大陸を経て太平洋に展開した日本軍の中で、暗号に従事していた人員は、恐らく五、六万名、ざっと四、五個師団分に相当したのではなかろうk。
これに対して米軍は、機械暗号であったから、簡単に言えば、大きめのタイプライターを操作するような仕事で、方面軍防諜班が比島で鹵獲した手榴弾式ストリップ暗号機もそうであった。従って彼らは「キー」を日々変更するだけで、一人で暗号作業ができる仕組みになっていたから、日本の手仕事式暗号作業とは、能率の点で大きな隔りがあった」
(244-245頁)
情報軽視だとか非効率・不合理、精神主義とか、旧日本軍の否定面を形容する言葉はいろいろありますが、それらの実相がどんなものだったのかが目の前に浮かんでくるような箇所は少なくありません。
それは必ずしも旧日本軍に限った問題とか、時代の病理というにとどまらず、情報の重要性が喧伝される現代にあっても、我々は本当に必要な情報を選別して客観的にそれを扱うことができているのだろうか、願望や先入観に目を曇らされてしまっていないだろうか、と自戒を迫るものでもあります。
筆者は奈良県出身の人で、それだけで個人的に親近感を抱いたりしたのですが、それはさておき情報を分析することの大切さなど、今更わかりきったことのようでいて、わかりきったことをきちんとこなす難しさに思いを馳せる、考えさせられる一書でした。








