日本史における5世紀というのは深い謎につつまれた時代だ。
国内で世界最大規模ともいえる前方後円墳がたくさん作られ
近畿地方に強大な王権があったことは間違いなさそうだが
資料がほとんど残っていない
記紀の記述は矛盾がありすぎて信用できない
わずかな頼りになるものとして中国の 宋書 に残された
倭の5王 讃 珍 済 興 武
があいついで宋に朝貢した という記録だけ
3世紀に中国の魏に朝貢した卑弥呼や邪馬台国の実在が
かなり確実になってきたけれど
そのあとの数百年は謎が多い
この宋書の記録が信頼できるとすればこの5人の王は誰なのか
あとの3人は ほぼ意見が一致するらしいが
最初の2人が誰にあたるのか
讃 の候補者?の1人である 15代応神天皇
に関する記紀の記述は変だ
301年に生まれ 370年に71歳で即位し
410年に111歳で崩御したというが
いくらなんでも嘘でしょう そんなに長生きできるわけがない
(複数の人物を1人にしてしまった可能性はあるが)
もしこの記述のとおりなら425年に宋に朝貢した讃は応神天皇ではない
(すでに死んでいる)
となると 讃 は次の 仁徳天皇 か 履中天皇 になる
仁徳天皇は世界最大の大山古墳の被葬者(とされている)だから
おそらく実在したであろうけど
その実態には謎が多すぎる