最近、時間をしっかりととれるこもあって、本を読んでます
それもなぜか、サブプライム関連の問題を扱った本ばっかり読んでばっかです。
そんな本を読みながらも、思ったことがひとつ
「どの著者も今のサブプライム問題はレバレッジをかけすぎたのが悪い」
といった主張のように、物事を単純化しすぎた主張がほとんどのように思います。
確かにこれはこれであってるではと思いながらも、どうしてレバレッジの全てが悪いと決め付けるのだろうと疑問を持ちます。
こうした多くの主張は、結局、善か悪のどちらに分けなければならず、今回の場合このレバレッジを善か悪かで分ければ「悪」にしなければならない。だから悪だといった気がしてなりません。
物事を二者択一に考えるのは、シンプルで多くの人に理解しやすいことから良いことだとは思います。
しかし、そのシンプルにする過程においては、事情を捨象するという過程があります。
こうした点で二者択一とリスクとリターンで標準化する証券化は共通の過程があります。
こうした証券化が問題であったという本を書いている著者の多くが、その結論においてある側面が一方的に悪いといった単純化した結論ばかり書いているのは、大きな矛盾をはらんでいるのでは?と思います。
本の中では証券化というリスクとリターンに標準化した(個々の事情を捨象した)証券化を批判しながら、その結論については、数多くの事情を考慮せずに、二者択一的に「何々が悪い」。
これについて著者の方はどう思ってるのでしょうか。