今日は、もぅ1つネタがぁるので、書きますッッ…。。
チョットッッ…、てかッッ、結構真剣な話をッッ…""(ノ_<。)
ぁたしは、去年の9月の終ゎりに、出合ぃ頭の、交通事故をしましたッッ…

車は見事に大破して、ぉ互ぃに気付ぃてなかったせぃで、ノーブレーキのまま突っ込んだッッ…


その衝撃は、かなりのモノだったッッ…

事故のコトは、今でも忘れるコトなく、鮮明に覚ぇとるッッ…。。
ぁたしはその事故で、1週間の入院、1ヶ月の自宅療養になったッッ…(´m`)
一時は、仕事復帰も怪しかったケド、なんとか11月には、復帰するコトが出来たッッ

その事故でぁたしは、腰椎捻挫(むち打ち)、脛椎捻挫、左膝の打撲と言ぅ診断を受けたッッ。。
今現在も、通院に通って、治療中なんだケド、ゃっぱり後遺症は、“残る”と言ゎれたッッ…(;_q))
目に見ぇる後遺症じゃなくて、目には見ぇん、自分だけしか分からん痛みッッ…

今の仕事(介護士)を、この先長く続けて行くコトは出来んって、医者からは言ゎれて、それは自分でも、数ヶ月前から、感じてきとったッッ…





確かに、事故をする前も、仕事の関係で、腰に多少の痛みはぁったッッ…。。
それが、事故をしたコトで、さらに痛みは増し、日に日に強くなるし、地べたに座っとるのも痛ぃのを、身に滲みて感じとるッッ・・

ぁたし自身も、そろそろ限界かなッッ…って言ぅのは、感じてはきとったッッ…(∋_∈)



そして今日親から、聞きたくなぃ言葉を言ゎれたッッ…。。
“今今じゃなくてもィィけ、仕事変ゎる方向で考ぇろッッ
”ってッッ…。。
”ってッッ…。。自分でもこの先ズット、続けて行けるコトは出来んだろぅって、思っとったし、考ぇなぃけんコトは分かっとったッッ…

だけん、それを今日ズバッッ
っと親に言ゎれて、反発心はなかったケド、ゃっぱりショックだったッッ…。。
少しずつ自分の中で、整理をして受け入れかけょぅとしとった時に、言ゎれた一言だったッッ…

ホントはズット続けて行きたかったし、まさかこんな選択をするコトになるなんて、思ってもなかったけん、正直ショックは大きぃッッ……。。
辛ぃッッ…。。
めちゃくちゃ自分の気持ちが、必死にもがぃとるッッ…。。
現実でぁってほしくなぃッッ…。。
受け入れたくなぃケド、これが現実なんだょなッッ…。。。
親は、“今のこの歳で、こんなに腰が痛くてど-するッッ
これから先、結婚して子供だって産まんとぃけんッッ
もし子供産んだとしても、腰が痛くて、家事・育児が一切出来ませんってなってからじゃ遅ぃだぞッッ
ぉ前の人生、30ゃ40で終ゎるだかぃゃッッ
それなら仕事は続けりゃぇぇケドッッ…。。でもそ-じゃなぃだろッッ
まだまだこの先長ぃんだけ、仕事なんてぇぇがなッッ
先のコトを考ぇろッッ
”って、言ゎれたッッ…。。

それなら仕事は続けりゃぇぇケドッッ…。。でもそ-じゃなぃだろッッ何にも言ぇんかったなッッ…。。
その話を聞ぃて思ったのが、人間ゃっぱり、欲張ったらダメだなってッッ…
今置かれとる状況を把握して、受け入れるコトも大事なんだろぅなッッ…。。
ぃろんな選択肢がぁるんだけんッッ(__)
でもゃっぱりまずは、自分自身の中で、整理してからじゃなぃと、絶対に後悔するって思ぅッッ…(泣)
ホントに凹むッッ…

そんな軽ぃ気持ちで、この仕事しとる訳じゃなぃし、好きでゃっとる仕事でもぁるけん、そぅ簡単には、決断するコトは出来んッッ…。。
今は独身だけん、仕事ゃって行きたぃと思ぅし、ど-なるにしても、福祉関係の仕事からは、離れたくなぃッッ…

多分、今の会社を離れるとしても、体に負担の少なぃ現場を選ぶと思ぅッッ。。
今直ぐに決めなぃけんコトじゃなぃけん、時間掛けて整理して、ゅっくり考ぇてぃきたぃと思ぃマスッッ…

