日本経済新聞社が昨年の暮れから「安いニッポン」と題したシリーズの記事をいくつか掲載しています。
その記事からすると、例えば「100円ショップ」で商品を100円で販売しているのは、世界中で日本だけで、米国では162円、中国では153円、なんとタイでは214円で同じ商品が売られているというのです。また、「アマゾンプライム」の年会費も、米国では12,900円なのが、日本では4,900円。さらに、ディズニーランドの入園料も、世界中で日本のTDLが一番安いのです。今や、日本での買い物が一番安くつくのです。
この安さの原因の一つが為替レートによる影響です。下のグラフを見てください。これは、日本銀行のHPに掲載されている「実質実効為替レート」を指数表示したものです。簡単に言えば『通貨としての“円の力”』を表したものだと言えます。
1985年9月にプラザ合意によりドル安が容認されて以降、“円の力”は一気に上昇しています。
ほんの少し前の中国人よろしく、その当時の日本人は、強くなっていく円を使い世界中で“爆買い”をしていたものです。
しかし、今では40年前(1980年)当時より“円の力”が弱く(小さく)なっている状況なのです。上の図で言えば、1980年1月=78であり、2021年7月=71というデータとなっています。
今から35年前新婚旅行でハワイに行ったのですが、その時の為替レートが1$=220円であったことを今でも覚えています。現在は1$=110円であったとしても、当時から見ると円での購買力が低くなっているということです。
そこで今回の本題「給料」です。
なぜ、このように“安い国”に日本がなってしまったか? その一つの要因が「上がらない賃金」というわけです。
次の図表をご覧ください。厚生労働省社会保障審議会での資料からのデータで、日米独の1995年から2016年までの実質雇用者報酬の推移です。
日本だけが下落傾向を示しています。1995年以降を表したこのグラフと、“円の力”の推移を表した上の図表の1995年以降を比べて見てください。何やら相関しているように思えませんか。
戦後一貫して上昇していた日本の賃金水準が、1995年を境に上昇を止めてしまったのです。中には、日中の単位労働コストは2010年に逆転しており、今では中国の方が高賃金になっているという研究もあるくらいです。
また、名目賃金に目を向けると、日本だけが大きく下落していることが見て取れます(下図)。
なぜ、我が国の賃金上昇が止まってしまったのか、原因をいくつか拾ってみました。
まず、日本の労使関係の特異性という要因があります。
欧米は、景気悪化に対しては雇用量を調整するという手段で対応します。一方日本では、雇用量を維持して賃金で調整するという傾向が強いのです。
良い例が、コロナ禍での労働者所得の維持の手法を見れば一目瞭然です。米国では、「雇用保険の上乗せ」で対処したわけですが、日本では各企業に「雇用調整助成金支給」で無対処しました。労働者を解雇してしまう国と、解雇しない国との違いですね。
さらに、なかなか解雇できないということが原因で、労働者への賃金の変動が上方硬直的となってしまうこと、さらに、転職が一般的ではなく、労働力の流動性が低いことも賃金の伸びを阻む原因となっているようです。
ここで、素朴な疑問が生じます。
『では、なぜ1995年までの日本では右肩上がりの賃金の上昇が見られたのか?』ということです。
これにもいくつかの要因があります。
① 一定の人口伸び率のもとで右肩上がりの高度経済成長期を含む成長の時代が続いていたこと。
② 物価が上昇するのが当たり前との通年のもとで、品質の向上を伴わない財やサービスでも値上げが受け入れられる環境にあったこと。
③ 「春闘」を通して、最も賃上げ余力のある産業がリードして社会全体の賃金底上げを図るという、日本独特の仕組みが機能していたこと。
2000年代の初頭、OECD(経済開発協力機構)のレポートに『日本は21世紀半ばまでに、OECD諸国の中で下から4番目に“貧しい国”になるだろう』と書いていました。
「安いニッポン」でいいはずはありません。世界と同じように、賃金の上昇が実現でき、そして適度なインフレが存在する国に戻すことができないものかと思っています。そのためには、労働力の流動性を向上させることが一番の近道なのではないでしょうか。