今回は、不正とは言わないまでも、よく使われる会計制度を逆手に取ったトリックのひとつをご紹介しましょう。少し専門的な話にもなったりしますが、ご興味があれば最後までお付き合いください。

 

大手アパレルメーカーの子会社であるT産業での話(フィクションです)。

年度末を間際に控えS川経理部長の顔が浮かない。T産業の本年度の決算着地見込みが営業赤字と出たからだ【下図】。

 原因は主力商品の販売不振に加え、昨年度末に導入した最新鋭機の減価償却費が製品製造原価を大きく引き上げる結果となっているためである。T産業の中期経営計画では今期の売上高を150,000と予定していた。

 

 ある日、S川経理部長は、T産業の取締役であるU山工場長に相談を持ち掛けた。『今から、決算期末にかけて目一杯の生産をしていただけませんか。去年導入した最新鋭機であれば、人件費コストを抑えながら大量の製品を生産できるはずです。売れる当てのない商品の生産ですが、やってはいただけないでしょうか。』と言って、一枚の紙をU山工場長に見せた。渡された紙を見たU山工場長は書かれている内容に目を見張り、生産を引き受けることにしたのだった。

 

渡された紙には、以下のような損益計算書が書かれ、さらにその下に詳しくその内容が記載されていた。

 そして決算を迎え、T産業は親会社へS川経理部長がU山工場長に渡した上記損益計算書に似たような営業報告を行うことができたのだった。

  さて、読者の皆さんはこのトリックを推測できるでしょうか。

  では、タネ明かし。

 上の二つの損益計算書で大きく異なるのは「売上原価」の金額ですね。

 当初は120,000であったものが、売れる見込みのない製品を決算期末に向け増産すると一気に104,000まで減少してしまうのはなぜなんでしょうか。

 

 製造業者が製品を製造するためには、材料費や人件費など製品を造るために直接必要な経費(これを「製造直接費」と言います)と、工場の家賃や警備のための費用、そして建物や機械の減価償却費などの経費(これを「製造間接費」と言います)がそれぞれ掛かります。

 この二種類の製造費用ですが、その特徴としては、材料などの製造直接費は生産個数に比例して増加しますが、減価償却費などの製造間接費はその年の生産個数とは無関係で一定です。

 簡単に言えば、生産数が増えれば材料費は増加しますが、減価償却費は一定です。そのため、製品一個に係る平均コストは減価償却費が一定であることにより、造れば造るほど低下していくのです。 

 さらに、増産した製品は売れずに期末在庫になってしまいます。会計処理上期末の在庫に係る費用は売上原価から除かれます。実際に販売された製品に係る費用だけが損益計算書上で費用と認識される仕組みとなっているのです。 

 この原理を利用した黒字化戦略がT産業の決算前対策なのです。製品1単位当たりの製造間接費の配賦額を減額して、製造コストの低減を装う戦略です。

 具体的なイメージは下図を参照してください。

 理解を簡単にするため、直接費は材料費だけ、間接費は減価償却費だけとして記載してあります。

ただし、制度的に不正なことはしていないにしろ、この会社の企業としての寿命は短いでしょうね。