最終日は朝少し余裕があったので、ホテル自慢の朝食ビュッフェに行ってみました。58元(約1200円)です。
温麺をオーダー その横にはビュッフェのお楽しみ、コックさんが焼いてくれる卵料理もありました🍳
ありました!延辺のお米。その美味しさが解説されています。

広々としたレストラン。政府御用達のホテルということで、客層も落ち着いていました。
こちら延辺賓館は、宿泊者が無料で利用できる温浴施設&サウナがあるそうなのですが、オープン時間にホテルにいることができず、今回は残念ながら利用できませんでした。
飛行機までまだ少し時間があったので、朝の空気を吸いに、散歩に出かけました。ホテルの横には公園があるのです。
(音が出ます♪)
聞こえてきました!
おじさん、おばさんが太鼓のリズムに合わせて踊っています。本当に健康に良さそうですね
チェックアウト。ホテルロビーはこんな感じ。
落ち着いたクラシックな雰囲気。
さて、いざ空港に向かおうと、出口でドアマンさんに「タクシーを」と言ったところ、ありません、と。
へっ 五つ星ホテルなのに
繁華街から少し離れているとはいえ…。
Didi(タクシーアプリ)で自分で呼んで、と言うではないですか。呼んでもくれないの?
(ドアマンさんは名札に「実習生」と書いてありました)
一緒に画面を覗きこんで携帯から設定すると、中国の国内電話番号がないと登録できないことが判明。
実習生クンが、上司に相談をしにいき、上司が何か話しながらこちらに来て、指示を出しました。
車でタクシーが乗れるところまで送ります、と
そこで乗ったのは、
こちら
先程散歩した公園の入り口で止まり、実習生クンがタクシーを捕まえてくれました。
タクシーで空港まで20分くらい。窓から流れる中国語と韓国語が併記された看板。この景色も、今回は見納めと思うとちょっぴり感傷的になったりも。
空港の仁川行きの航空会社窓口は長い列ができており(飛行機の出発時間に合わせて両替所がオープンしていることを発見!👀)、うっかり前の人との隙間を開けていたらおばちゃまがちゃっかり割り込んできました。知り合い風を装って?笑いかけられたので、周りの人と苦笑しながら笑い返しました
また、最終日は移動だけだからと、ワイドパンツを履いていたのですが、大失敗。空港も、トイレは和式(中国式)でした。この悲劇、分かりますよね。中国はワイドパンツご法度です
飛行機が遅れ、仁川での乗り換え時間を考えたら冷や汗をかきましたが、乗り換えはスムーズに行き(初めて仁川の国際線乗り換えルートを通り、新鮮でした!)、ギリギリ空港コンビニで韓国土産も買えて成田行きの飛行機に滑り込みました。私は乗れたけど、預けたキャリーケースは乗れたのかなと心配になるほどギリギリだったのですが、ちゃんと成田で荷物が出てきました👏
延吉のローカル感から、ソウルの煌びやかな世界に降り立ち、なるほど、こちらの世界にあこがれる若者は確かにいるのだろうな…と思ったりもしました。
さて、最後に、今回の大きな収穫3つと強く感じた思いを
🟡人
崔さんに出会えたこと。使命感とやりがいを持って国際交流の仕事をしている者同士、多くを語り合わなくても通じ合えるものを感じました。延辺を多くの人に知っていただきたいと思っているので、きっとまた会える気がしています。
🟢自然
念願の白頭山の天池を、この上ない好条件のもと見られたことは本当に嬉しかったです。
🔴食
前のブログでも触れましたが、食文化が大変豊かで、あと何日間かいたかったと思うほど、食べたいものがたくさんありましたし、野菜をたくさん採ることができ、体調よく過ごせました。
これらが3つの最大の収穫。
そして、最後に…。
今回、延辺に行くという話を周囲にすると、韓国関連業界に長くいる方は「おお!良いですね!」という反応をしてくれますが、大抵は「危険じゃないのか」「大丈夫か?」という反応でした。
中朝露の国境に近いということで、今のご時世、仕方がないのかもしれませんが、崔さんも「実際に見たこともないのに、そのように言うのは良くない」とおっしゃっていて、私も心から同感です。
小学校の校庭での子供達の歓声。孫の手を拭いてやり、おやつを食べさせるおじいさん。このような風景はどの国にも共通していて、ほぼ全ての人は、このようなささやかな幸せだけを求めています。
文化の違いや歴史認識のギャップなどが国際間には横たわりますが、それらは知識として取り入れ、相手の立場を理解し、こちらの立場も伝えたりしながら対等に付き合うものだと思います。
アイケーブリッジの理念は、「言葉を知り、文化を知り、人を知る」。上辺だけの情報にとらわれず、自らの目や耳で知り、判断できる人々をこれからも育てていきたいと思いました。
中国・延辺探訪をお読みくださりありがとうございました!ぜひまた行きたいと思っています。
같이 갑시다! 我们一起去吧!
午後、崔さんはお仕事に向かわれ、夕方また待ち合わせることになりました。
延辺大学前で別れて、自由時間は延吉の街をぶらぶらしてみることに。
こちらは延辺大学前のビルですが、韓国語と中国語が併記された看板がド迫力で迫り来るこの感じ、ここがちょっとした観光名所になっています。詳しくはまた夜のレポートで
延辺大学の前の公園路を歩くと、いろいろなお店が連なり、お土産屋さんもあります。中朝露の国境に近い街のため、お土産屋さんでロシアの物産を見かけることもあります
小学校の昼休みでしょうか。子供達の歓声が心地よく、写真を撮りました。あとで知ったのですが、崔さんのお子さんが通われた学校だそうです
延辺朝鮮族自治州は、もともと朝鮮族と漢族の学校が分かれていたところ、今ではどちらに通ってもよくなったとのこと。看板も、韓国語、中国語の順で表記していたのが、何年か前に逆にすることが決まったり…。だんだん、朝鮮族の民族的文化の継承がしずらくなっていくのでは、と崔さんがふと漏らしていました。
最近は韓国への人口流出や少子高齢化も進んでいるのだとか。時代の流れには逆らえないのかもしれませんが、こうして延辺独自の文化に触れるとそれは寂しい気もします。
お昼にポッサムを食べたお店で出てきたご飯には、小さく砕かれたとうもろこしが混ざっていて見た目がとてもキレイでした。いろんな大きさに砕かれたとうもろこし。いろんな用途があるんでしょうね〜
目の前で調理してくれて食べられるコーナーも
2階以上は、洋服、雑貨、家具、日用品などなど、ありとあらゆるものが売っています。私はかんざしを購入しました。15元から10元におまけしてもらいました
さて、出発前に、延吉を旅した方のブログなどを見ていましたが、「思ったより韓国語が通じない」と書かれているものが多かったです。
その方々の期待値が高かったというのもあるかもしれませんが、私も概ね同感です。数日の滞在で、またほぼ崔さんと行動していたので、充分なサンプルは集まっていないと思いますが、やはりここは中国なんだな、と。中国語でのコミュニケーションができるのがベストで、韓国語は使えたらラッキーくらいに思っていたほうがいいかな、という印象です
新鮮だったのは、この地域の韓国語はこれまで聞いたことがない抑揚があること。アップダウンがかなり激しいです。崔さんによると、北朝鮮の抑揚ともまた違う、独特のものだそうです。独り言で真似をしてみたりしました
その後、延吉公園(人民公園)まで行ってみました。
広い
カラオケと踊りに興じる人々。ほんとうに楽しそうです
(音が出ます🎤)
気の合う人と、屋外で気軽に集まって、歌って踊って太鼓を叩いて。上手とか下手とか、(たぶん)あまり気にせず、歌いたいように歌い、踊りたいように踊る。ストレス発散になり、スッキリするだろうな〜と思いました。騒音、とか言われることもきっとないでしょうし。
大陸のこの大らかさこの良さがわかると、日本は窮屈に感じられてしまうんですよね…。
延吉中心部には、大きな百貨店もあります。
ユニクロも入っていますが、そのお値段は日本の2倍くらいです
化粧品、アクセサリーコーナーは、国内ブランドが多いかな、という印象。
そのあと、向かいにある新華書店へ
繁華街の中心地にある大型書店、ということで、新宿の紀伊國屋書店のようなところをイメージして足を踏み入れたところ…
ほとんど人がいない… あれ
閉店後のお店に入っちゃった
と思ってしまいましたが、いや、普通に営業している模様…。
あとで崔さんに聞きましたが、中国はデジタル化で紙の本を読む人が少なくなってきているそうです。
日本の小説コーナーは、東野圭吾の小説がたくさん並んでいました。
当校受講生の皆さんにはお馴染み、当校で使用する韓国語教材、『美しい韓国語』の中国語解説バージョンもありました
新華書店の前から待ち合わせ場所の延辺大学まではバスで移動
ちょうど小学校の下校時間らしく、小学生とそのお母さんらしき人、そしておじいさんらしき人という2組がバスの中にいました。
延吉ではほとんどの家が、個別に子供を学校まで送り届けるそうです。自家用車で行く家庭も多く、だからか、朝の目抜き道路はどこも渋滞していました。
というと、帰りもですね。働く親の子は、おじいさんやおばあさんが送迎するのでしょう。小学校三年生くらいの男の子が席に座り、おじいさんが立ちながらよろけるように、ゲームをする孫の手をウェットティッシュで拭いてあげて、おやつを食べさせていました。
一人っ子政策が長かった中国は、子は家族の宝。若い親は大都市に働きに出ることも多く、私の知り合いでも、親と暮らさず祖父母に育てられたという人は少なくないです。
ゲームに没頭しながらおやつを食べる男の子を見て、よろけるおじいさんの方に席に座ってほしいなぁなんて思ってしまったりも。
さて、夕方になり、崔さんと待ち合わせて、延吉の夜へ繰り出しました
延辺の代表的な料理といえば…
そう、양꼬치(羊肉の串焼き)
そのままでも美味しいですが、
香辛料をさらに付けて食べると、ビールは進むし、どんどん食べられます
新大久保でも食べられますが、やはり本場がいちばん
ビールはもちろん、延吉ブランドの冰川ビール🍺
美味しい
延辺名物、温麺も
麺は優しい味わいで、つるつると心地よい食感がやみつきになります。手前の香味タレで辛さや味を調節します。
崔さんは、延辺の最大の魅力は食文化、ここから離れられないという日本人もいますよ、と。確かにそうですね。延辺料理は中国料理と韓国料理のいいとこ取り。野菜や果物、穀物は種類が豊富で見るからに栄養満点💯。お肉は安いし
これは、ずっといたら太りそう…。実際、体格の良い人が多いですね。でも、これも人の目を気にして痩せようという人が少ないからなのかな、自然体で暮らしているからなのかなと思ったり。
崔さんは早朝、延吉公園で仲間と太極拳をしているのだとか。太極拳はとても体に良いそうですね。
運動し、仕事をし、美味しいものを食べる…素敵な生活です
食事のあとは、延辺大学正門にふたたび
ライトアップされています。人々が集まっていますが、お目当ては…
↓
↓
↓
ジャジャーン🎉
この夜景です
ここで韓服を来て写真を撮ったり、
韓国語と中国語で연길/延吉と書かれたコーヒーカップを持ち、SNSにアップするのがブームになっているそうです。
警察も出動しているほどの混雑ぶり
夜景を楽しみながら歩き、
延吉公園を突っ切って(歌や踊りに興じる若者たち、アジョシ&アジュンマがさらに増加)
前の日に朝市が出ていた場所を確認しつつ、向かったのは…
韓国式サウナ、チムジルバン
入浴、垢すり、足つぼマッサージ、チムジルバンを体験こんなにいろいろ体験し、総額100元しないくらいでした(約2100円)。
いろいろ話す中で崔さんとご一緒することになったのですが、「長年ガイドをしていますが、お客さんと裸の付き合いをするのは初めてです」と。
サウナの話を聞いて、ご一緒しませんか⁉️と言ったのは私でしたね。お付き合いしてくださり、本当にありがとうございました
ホテルに戻り、ぬるくなってしまった大同江ビールをワインクーラーで冷やしたいなと思い、フロントで氷が欲しいと言ったのですが、ないと言われてしまいました…
常温ビールも中国式ということで、最後の夜に乾杯
前の日の白頭山といい、この日の龍井、延吉といい、大変濃厚な二日間でした。
次の日は最終日で日本への移動がメインですが、ホテル自慢の朝食ビュッフェを楽しんでみようと思っていました。
4日目に続きます



こちらが参考になるかなと思います。こちらに出てくる尹夏絃氏が尹東柱のおじいさんです。
敷地内では、尹東柱の詩を韓国語と中国語で味わうことができます。
尹東柱の生涯がわかる展示室もあります。
詩をそらんじながら、涙する韓国人もいるそうです。
日本人にとっては辛い展示もありますが、日韓について詳しくなろうとする方であれば、ぜひ訪れてみてはどうかと思います。
尹東柱ゆかりの同志社大学や立教大学で、尹東柱の研究が盛んに行われていることは、せめてもの救いです。
韓国の方が多く訪れる場所のため、出口では대동강맥주(大同河ビール)が売られています。はい、知る人ぞ知る、北朝鮮製造のビールです。国交のある中国だからこそ手に入るものですね。
500ml 1本、50元(約1000円)と少々お高め。これから1日歩き回ることを考えるとやや躊躇しましたが、崔さんによると味はとても良いそうで、せっかくなので1本購入しました。
係の人が、私たちのために特別、隣接している宋夢奎(ソンモンギュ)の生家の門と部屋の键を開けてくれました。
宋夢奎は尹東柱の幼馴染であり、従兄弟。一緒に日本に留学し、一緒に住み、そして逮捕。同様に獄死してしまいました。
生家の中も見せてもらえました。
そのあとはすぐ近くにある明東小学校跡、兼博物館へ。
尹東柱のおじいさんが創立に関わり、お父さんが教師、そして尹東柱や宋夢奎が通った小学校です。
教室を再現した部屋には、尹東柱がいます。
隣にも座ってみました。
明東小学校をあとにし、尹東柱のお墓へ。
とてもわかりにくい山の中にあります。大型バスなどでは行くことができません。
ここに尹東柱のお墓があることは、早稲田大学の故・大村益夫教授が探し当てたのだとか。
手を合わせ、日韓の未来に願いごとをし、尹東柱のお墓をあとにしました。
半日観光の最後は、旧間島(かんとう)総領事館へ。
間島総領事館の存在は初めて知りました。現在は龍井市人民元政府となっています。
立派な建物です。庭の樹木、隣接する建物も趣があります。
この旧間島総領事館が建てられるときの「牛の皮一枚」伝説について教えていただきました。上記Wikipediaに記載があります。
地下は、旧日本軍が当時の反乱者を弾圧した場所だそうで、その生々しい展示があります。
韓国天安市の独立記念館、ソウルの西大門刑務所跡地等で、似た展示は見たことがありますが、見るたびに辛いですね。まさにこの場所で、というと西大門刑務所のような重みがあります。
延辺に残された旧日本軍の爪痕…。
国家間でも、個人のレベルでも、加害者側は忘れたかったり覚えていなかったり、でも被害者側は、覚えているし忘れない。
せめてそういう悲劇や落差を生み出さない努力をしたいものです。
どの国も、一般的な市民は毎日の食べ物に困らず、自分や家族が健康で楽しく暮らせるように、と、ほぼそれだけを考えているのですから。
龍井市をあとにし、延吉市へ
この日のお昼は、延吉で食べましょう、となっていました。
冷麺も候補に上がったのですが、韓国式のポッサム&サムギョプサルで良いお店があると聞き、そちらに行ってみることにしました。
大正解
大好きな緑の野菜は食べ放題。種類も豊富
最近、新大久保の韓国料理店は物価上昇でパンチャン(おかず)が少なかったり、おかわりなし、有料などになっていますが、久しぶりにたらふく食べました
このとき、崔さんが「お米がおいしいでしょう?」と。そうなんです!私も思っていました。
いくらおいしい韓国料理屋さん、中国料理屋さんでも、白いお米の味はイマイチだったりして残念に思う時がありますが、前の日の朝市の糯米、そしてこの白米も本当に美味しい!
延辺の白米の質は中国でも知る人ぞ知るおいしさで、上海の日本料理店で仕入れるようなケースもあるそうです。納得
このお店は値段も良心的で(だから崔さんが勧めてくれた)、二人前、込み込みで70元(約1500円)。
円安ですっかり地味な暮らしモードな毎日ですが、久しぶりにお得感を得られました。
延吉の午後、そして最後の晩餐と夜のお楽しみについては、3日目後半に続きます










崔さんが購入してくれていた入場券(QRコードでした)とパスポートを見せて、入場。
40〜50人乗りの大型バスに乗り込みます。
A区と書いてありますが、この前に、B区、C区、D区があり、崔さんがシーズンの夏に来た時は、D区までびっしり人で埋め尽くされていたそうです。
40〜50分、大型バスに揺られ、ピストン輸送をするワゴン車の停留所に到着。
白いワゴン車に乗り換え。










