【問題】
≪難問≫関ヶ原の戦い時、板垣将兼らとともに津軽為信に反旗を翻した多田玄蕃は、次のうちどのような最期を迎えたか?

【選択肢】
京の六条河原で処刑された
和睦交渉の席で毒殺された
火薬の扱いを誤り爆死した
伊達軍出陣を聞き自害した

【正解】
火薬の扱いを誤り爆死した

【解説】
津軽家臣であった多田玄蕃は、関ヶ原の戦い時に主命に背き、板垣将兼・尾崎喜蔵とともに反旗を翻した。しかし、鎮圧軍との戦闘中に火薬の扱いを誤り、爆死したという。