【あおによし音楽コンクール奈良2022 本選全体講評】


 本コンクールに参加された皆さん,大変お疲れ様でした。

 昨年は本選のみが対面審査でしたが,今年は予選も含めて全て,対面審査が復活しました。やはり,音楽演奏はヴィデオカメラではなく,聴衆を前にした方が心を込めやすいのではないかと思いますが,いかがでしたか?

 さて,各部門の本選を聴かせて頂き,感じたことを書かせて頂きたいと思います。

 昨年に引き続き,どの部門も充分に準備された完成度の高い演奏だったと思います。中でもプロフェッショナル部門のグランプリはいずれも優れた演奏で,特に弦楽器とピアノの2部門が実力伯仲。甲乙付けがたく,奥谷理事長の許可を得て両部門にグランプリを出すことになりました。

全体を通して少しだけ気になったのは,やや内に閉じこもる傾向の演奏が見られたことです。これは,コロナで人と触れあう機会が少なくなった影響が出てきたのかも知れません。

 もう一つは,音大生或いは音大出身者とそれ以外の参加者の垣根があまり無くなりつつある事。これは,部門設定のあり方にも関わってくるのですが,昨年のショパンコンクールでも見られた,非音大生の活躍と共通するところがあるのだと感じます。とはいえ,2つの全く違った分野を同等に極めることは,天才のみが実現できる事だと思います。しかし,若い内に多くのことに挑戦することは,自分を鍛えることでもあり,必ず何かが得られるはずです。今後も積極的にチャレンジして頂きたいと思います。

 皆さん,今回の経験を糧にますます精進されて,また来年もチャレンジして頂きたいと思います。コンクールですから成績も大きな要素ですし,モチベーションを高めることと思います。しかし,それ以上に大切なのは,今の自分を少しでも乗り越え,より多くの人に心が届くような演奏をして頂くことです。音楽には人を豊かにし,生きる勇気を与える特別な力があると思うのです。特に,会場での対面演奏ではそれを強く感じて頂けたのではないでしょうか。是非,また来年を目指して頑張って下さい。

 次に,部門毎の印象を少しだけ書かせて戴きます。

 管楽器は,小・中学生の間は特に体格に影響される部分が多いと思われますが,そういうことは全く感じさせられませんでした。今後も自信を持って演奏して頂きたいと思います。

 声楽部門ではオペラのアリアが多く歌われました。声の善し悪しは当然のことですが,歌詞の明瞭さに欠ける演奏が多かったのは残念でした。また,アリアの場合,舞台上の所作はどうあるべきかを意識しているかどうかも評価の対象になります。今後はその点にも留意され,演奏に臨んで頂ければ幸いです。

 弦楽器,特にヴァイオリンは始める年齢が低いため中学生ぐらいになると大人と全く変わらない協奏曲を演奏します。これは,ヴァイオリン曲には,初学者や低学年に向いたアンサンブルや独奏作品が少なく,多くは練習曲,もしくは学習者向けの協奏曲を学ぶという事情も関わっているかも知れません。高度な技術を習得した後は,古典派やロマン派のアンサンブル曲にも目を向けてもらえると良いと思います。

 ピアノ部門。ピアノ作品は膨大な数に及びます。その中からどの曲を選択するか。自分に合った作品を見つけることはそれほど簡単なことではありません。しかし,その作品にどの様な魅力を感じているかを中心に考えれば,自ずと決まってくるのではいかと思います。自分の力量を披露することと同様に,作品への愛情を伝えられるような選曲を目指して下さい。

 最後に,昨年の繰り返しになりますが,演奏する上で私が大切と考えていることを書かせて頂きたいと思います。


1)演奏技術を磨くことは大切な事ですが,その技術を使うべき目的を常に意識して下さい。速く弾ける,大きな音が出る事は音楽の中の1つの要素でしかありません。充実した音楽表現のためには,色々な変化が必要です。アナウンサーが敢えて抑揚を抑えて喋るのはニュース報道として客観性を保つためですが,音楽は人の心が動いている様子を現すのですから,色々な抑揚・変化が必要です。感情表現の抑揚,イントネーションとしての言葉の抑揚,色合いの変化,テンポの変化,出来るだけ多くの要素を考えて豊かな表現を目指して頂きたいと思います。


2)楽器を自然に,健康的に響かせましょう。会場が大きくなると音量が要求されます。しかし,楽器が本来持っているキャパシティーを超える音を要求すると汚い音になってしまいます。音楽は常に美しいとは限りませんから,時には怖さや苦しさを表現するために美しくない音も必要となります。しかし,その場合でもそれぞれの楽器を自然に,健康的に響かせることを心がけて下さい。特に,ピアノは打楽器的要素を持った楽器なので,筋力に任せないで,よく耳を使って判断することを忘れないで下さい。


3)声楽の場合,声の美しさは最も大切な要素です。しかし,それと同じぐらい大切なのが言葉です。歌詞を詩の朗読と同じように,何度も何度も歌詞だけで朗読して下さい。そして,歌詞が分かるように美しい声に載せてもらいたいのです。美しい声と言葉の表現が組み合わさって最高の演奏になることを忘れないで下さい。


4)ピアノ伴奏は非常に重要です。タイミングを合わせることに気をつける人が多いのですが,それ以上に大切なのは相手の音と自分の音全てを聴きながら,ピアノが受け持っているパートのバランスを組み立てる必要があります。今回ピアノが大きすぎる例が非常に多かったのは残念なことでした。また,小さければ良いというものでもありません。一般論ですが,バスの音は響かなければいけません。一方,内声に当たる(多くは右手が分担している)パートは非常に控える必要があります。常にピアノと相手の楽器全ての音を聴きながら調節して下さい。鍵盤を常にしっかりと底まで押さえることは,多くの場合独奏を邪魔します。耳を使って上手く調節して下さい。


5)クラシック音楽は時代も文化も違うところで生まれたものです。自分の感性に従うことは大切な事ですが,色々な知識を持つことで,より幅広く,より深く理解することが出来ます。作品の時代背景,作品が生まれた頃の演奏習慣,作品が生まれた土地の習慣や文化等にも関心を持って下さい。勿論,作品の構造を活かすための知識もあった方が良いですね。作品を知ること,即ち譜読みは一生続くことだと思います。ウォーリーを探せという絵本がありますが,譜読みはそれと似ています。楽譜からいろんなウォーリーを探し出して下さい。

上記のことは,経験や年齢に関わりなく,私自身も含めて,音楽を演奏している人全てに共通することです。

皆さんが,ますます音楽を味わい,世の中を豊かにして下さることを切に祈っています。

 

統括審査委員長:渡辺健二