「こいつとうとう脳天にきたかな。」
と思って見ていた。
唐さんがお客様のお会計をした。全部で16件お客様がお買い上げしてくださった。しかし大宮が数えたら17件だと言う。それでもう一回大宮は数えたけど16件だと言う。それで算数が苦手な男は、
『最初からやり直し』
を命じた。会計を間違えているという。リーダーに言われたからしょうがない。唐さんはもう一度最初からお会計をやった。全部スキャンをし直した。しかし同じように16件だった。
「おかしい。おかしい。」
と大宮は散々騒いでいたけど免税会計用のクーポンを読んでいたので一件項目が多いだけだった。最初から唐さんはそう言っていたけど大宮は彼女の言い分を無視していた。30分以上はかかったと思う。
もちろんその間お客様はずっとその場所で立っていた。私は中国語がわかるのでお客様の話を聞いていたけど、
「日本はこれぐらいの会計で何でこんな時間がかかるの?」
と奥様は怒っていた。ご主人は、
「まぁいいよ。終わったら近くでコーヒーでも飲もう。日本人にも馬鹿はいるさ。数もわからないのさ。」
と奥様をなだめていた。だからもちろん、
「申し訳ございません。」
と唐さんは会計中何度も謝っていた。私も謝った。だけど本家本元の大宮は一切謝らなかった。
「あっ、16件だったんですね。」
とか言ってお会計が終わった後も私と唐さんは何度もお客様に謝った。しかし大宮はお客様にも謝らなかったし、唐さんにも謝らなかった。中国のお客様は、
「辛苦了(ご苦労様)」
と唐さんと私には言ったが大宮は無視して。一瞥もせずに帰ってしまった。それを見ていた国木田さんが大宮に文句を言った。
「あなたは会計にこんなに時間がかかったのにお客様にも謝っていないし、自分が数え間違えたことも唐さんに謝っていない。」
そうしたら、
「マニュアルにそう書いてありますよ。」
とか言う。唐さんは怒っていたので、
「どこにそんな事が書いてあるんですか!」
とレジのマニュアルをレジの下の引き出しから引っ張り出してきた。
「ほら、ここですよ。」
と大宮は指をさす。そこに書いてあったのは、
『誠心誠意お客様に対して』
と言う文言だった。国木田さんもわなわなと震えて怒り出し、
「誠心誠意という話とあなたが品物の件数を数え間違えた、免税のクーポンが読み込まれている事もわからない事がどういう関係があるの!」
と聞くと、
「えっ、そういう事ですよ。お客様の選ばれたものをきちんと確認するんです。」
と言う。
「あなた私をバカにしているんですか!」
と唐さんがますます怒ると、
「唐さんは中国人だから、日本の誠心誠意の意味がわからないんです。」
と涼しい顔で言う。こんな禅問答みたいな話が続いた。
この件だけに限らず大宮は自分が間違えた事に関しては決して謝ろうとはしなかった。私は彼が謝ったのを一回も見たことがない。だけどスタッフの間違いに対しては本当に厳しく接した。みんなの前で、
「この件は営業に報告します。あなたは営業と面談しなくちゃいけない。契約の更新に影響がある。」
といつもの決まり文句を大声で怒鳴った。
国木田さんもさすがに怒ってこの数え間違いの件についても営業にすぐ報告したが片山は、
「それは大宮さんから聞きましたよ。マニュアルに書いてあるんですよね。唐さんが大騒ぎしたそうですね。」
と言ったらしかった。要するに営業の片山もマニュアルは全然見ていない。又は理解していないという事だった。いつも通り男同士でどこかで飲んで騒いでいたけど、ここの仕事のマニュアルは見た事ないと言うのがこれではっきりした。国木田さんもがっかりしていた。
「壮大なビジネスとか言っているけどマニュアルも見ないでどうしてできるの?そりゃ営業だからレジを打てとは言わないけど…。みんな必死にやっているのよ。一件でも間違えたら大変じゃない。大事じゃない。どうしてそんなことも理解しないのかしら?」
と人の悪口を言わない彼女も愚痴を言っていた。だから私は言った。
「国木田さん、要するにこういう事なんですよ。お前らごちゃごちゃ言うんじゃねぇよ。お前らは俺の言う通り黙って働けばいいんだよ。どうせ明日の飯にも困っていいるんだろう?あとは、俺はいい男だから俺と話せてお前らみたいなおばちゃんはうれしいだろう?という事です。俺が興味があるのはこのデパートの偉い人だけだ。」
大宮と片山はどちらも背が高い男だった。180㎝はあったと思う。そのせいもあったかもしれないが、如何にも自分たちは格好いいという事をアピールしたい態度がありありだった。いつも鼻を少し上にあげてこっちを見ていた。お店の社員の人で、
「あなたの会社の営業は格好いいわね。」
と言ってくれる人がいた。
「まぁ、ありがとうございます。」
と言っていたけど本心は、
「お前男で苦労するタイプだな。」
と思っていた。性格も問題だけど、どちらも着ているものが本当にしょぼかった。
片山は上下別の色の背広をよく着ていた。これがいつもちぐはぐな組み合わせだった。
「色盲なのか?」
と思ったぐらいだ。アイロンもよくかけてなさそうだった。というかいつも足がパンパンのパンツをはいていた。自分の美脚を自慢したかったのかもしれないけど、どう見てもサラリーマンとは思えなかった。それに自分の名前が裏に刺繍された背広を着ろとは言わないけど、どこかのセールで安いの買いました感がありありのものばかり着ていた。しわくちゃだった。
「まじサラリーマンなのかよ?」
と本気で思った。大宮はいつもビニールの黒の上着を着ていた。汚れが目立たないと思っていたのだろうけど、袖口のところは汚れていてクリーム色やら、赤い色やら、いろんな色がついていた。
「ここ終わった後どちらかで塗装のお仕事でもしているんですか?」
と聞いてやろうかと思う服装だった。世間では背が高いと格好いいという事になっているようだけど、この二人はいつ見ても、
「しょぼい。」
と思った。
大きなビジネスを展開するらしいけど「着ている物からどうにかしたら?」と思っていた。しょぼい服装の人間に、大きなビジネスを任せる心の広い会社があるわけない。
「何が大きなビジネスだよ。無理無理…。」
と思っていた。