あとで細かく書くんでね。
10位…再びアルウィン、そして諏訪湖1周
9位…土合駅リターンズからのイタリアン
8位…Jリーグチャンピオンシップ、丹羽ちゃんのループシュート
7位…ツエーゲン金沢J2残留
6位…大宮アルディージャJ1昇格
5位…ベトナムからの九州西条
4位…スペインアンドラフランスモナコ
3位…舳倉島、のと鉄、ヒデキマツイ
2位…人生初の中南米
1位…クロアチア
8年前に書いたmixi日記の焼き直しですが…。
あの地震から20年が経過した。
当時関西に住んでいたわけではないが、この地震の名前を思い出す度に自分の人生を考えることがある。
高校生の時、高校の同級生の流れに反して関西の大学を志望していた。その中で、第一志望として選んだのは神戸の某大学だった。高校1年の時から「行くなら神戸」と決めていた。確か理由はいろいろ話していたと思うが、研究内容以前に「自分の母校からほとんど進学者がいない」「吉本のお笑いがおもろい」「ずっと関東じゃ人生つまらない」結構アバウトな理由が先行していたのは否めない。今思うと、2番目の理由は南海キャンディーズの山ちゃんみたいな理由だ(事実、山ちゃんは吉本に入りたくて関西の大学を志望し、そのまま関西大学に進学した)。
#ちなみに関東の大学は国公立、私立含めて1校も受験しなかった。せいぜい立命館大学の受験を早稲田大学でやった、そんくらいなものだった。
高校3年の冬、センター受験。予想以上に点数が悪く、鬱になる。そして、その翌日の早朝にテレビで衝撃的な映像を見て愕然…何か全てを何者かにぶっ壊された、そんな感触が自分の中で沸いてきたのは覚えている。
そして、願書を出さなければならない時がやってきた。前々からセンターの点数が悪ければこの大学へ、という候補はいくつか持っていた。それでも、第一志望へ、という気持ちがあったのでどこかで決めかねていた。初志貫徹、プライド、現役合格、センターの点数…いろんな思考がアタマをよぎる。そんな中で、新たな要因「大震災」…。現役合格にこだわった部分もあっただろうか、今思うと、直感で「神戸には行ってはいけない」「金沢へ行きたい」そんな感覚がどこかで生まれていたのかな、とは思う。センターの後に、高校時代の教師で、大学の大先輩でもあるU先生に金沢のことをいろいろと聞き出していたのもそのためなのかもしれない。何でか、すんなりと金沢へ願書を出せた、出した瞬間、神戸への思いはほとんど消えていた。
もし初志貫徹で神戸に願書を出していた場合、どうなっていたのだろうか?思うことがある。もしかしたら、高校の時に思い描いていた、そのまま博士行って卒業して、今頃どこかの大学で助手やっていたのかもしれない。そのままODしてドロップアウトして、変なプライドを抱えたままニートやっていたのかもしれない。でも、現に金沢へ行き、学部の連中に異端児扱いを受けて疎ましがられつつも鉄道愛好会という組織に所属したおかげで今こうして並外れた行動力でバカなことがやれている。また、ここで韓国語(科目名は朝鮮語)を勉強したおかげでソウル留学という選択肢が生まれ、実際にソウルまで行き、そこから様々な世界へと旅立つことができた。北朝鮮、イスラエル、シリア、スロベニア、セルビア…多分行かなかっただろうな。よしんば吉本で売れっ子になったとしても、多分先輩芸人から生意気だということで完膚なきまで叩き潰されただろうな、自分の性格だと。
社会的には決して評価されない立場にありつつも、何やかんやで人並みには稼ぎ、生きているのは確かである。そんで、自分のやりたいように仕事して、休みたい時に休みを取れる…よくよく考えれば、ある意味幸せな生活なのかなあ(人材紹介会社でコーディネーターやっているおねえちゃんのNさんが「山田さんの職歴は正直どう評価されるのか全く予想できないけど、一つはっきり言えるのはいい生き方をしているから、すごいいい顔をしている」と言っていたのはハッキリ覚えている)。そう考えると、あの時の選択肢は、意見は分かれつつも、正しい選択だったのだろうか?
ためしに第一志望の大学のHPを見てみた。
韓国語の授業と、鉄道研究部(それに類似するサークル)は確認できなかった。
…少なくとも、この部分においてはベターな選択肢だったんだろう。
ガンバサポーターとしては分からんけどさ(笑)
結構ざっぱに書いたから後で書き直すかもしれんけど。
10位 大宮アルディージャJ2降格
去年ベルデニック政権でまさかまさか前半で首位に立ち、ACL行くぞサポのみんなをサポートするぞ、と息巻いてた矢先のそのベルデニック監督の解任。確かに負けが込んでたとはいえ絶対やってはいかんアホフロントの決断。それからチームは失速。そんな状態でマイナスからのスタートとなったアルディージャのシーズンは序盤だけはそこそこやるものの、結局は後半グダグダ。最後だけセレッソに勝利したものの清水が引き分けで降格確定。
サポの人と話して覚悟はしてたけど、何かなあ…。
来年あちこちJ2行くけど、ガンバのように全部アウェイは行かんよ。金ない。
9位 海外ダイビング初体験
サイパンで海外初ダイビング。
今までイスラエル、エジプト、韓国、ハワイとダイビングできる機会はあったもののことごとくオジャンになり、ようやくサイパンで海外初ダイビング。ええ、船酔い起こすわカメラぶっ壊れるわで散々でした。どうも海外ダイビング運はめっちゃ悪いようで。
8位 富良野スキー&流氷&タウシュベツ
毎年恒例(にしたい)富良野でのスキー。ダイヤモンドダストが見れるくらいクッソ寒い富良野ですが、雪質は最高です。サラッサラのパウダースノーでのスキーは気持ちいいです。仕事柄平日だからなおさら(笑)。
その後道東で流氷も見ました。観光船乗ってオホーツク海をクルージング、北浜駅で海岸線まで行って生流氷を触ったりなめたり(笑)。あとは冬の糠平温泉での糠平湖上でのスノーシュートレッキングとタウシュベツ橋(旧士幌線の橋脚、ダム湖の底に沈んでたもの)を見ました。冬の摩周湖ですっからかんに晴れた摩周湖まで見ましたよ。やべえ、独身街道まっしぐら。
7位 碓氷峠マラソンリベンジ
去年は天候不順で、ヘタすれば翌日徳島に行けないんじゃないかということで断念した碓氷峠マラソン。軽井沢から碓氷峠を下って上るハーフマラソン、リベンジしました。時間内に完走は出来ましたが、やはり途中で歩いてしまったのが悔やまれます。来年も行くぞ。
6位 様々な人の訃報。
今年3月ごろに同僚が、5月に上司が、そして10月に大学の後輩が亡くなりました。
全員30代、40代前半。特に後輩に関しては同い年(一浪)してて、卒業後も一緒にバカやってただけに悔やまれます。全員事故じゃなくて病死。悲しい。そして本日、祖母も永眠。
ご冥福をお祈りします。
5位 ツエーゲン金沢J2昇格
大学時代を過ごした金沢にあるサッカーチーム、ツエーゲン金沢。
今年からできたJ3に参戦。金沢で過ごした身としては思い入れのある土地のサッカーチームということもあって緒戦を相模原のスタジアムで観戦。
観ているうちに体の中からふつふつとわきあがるものを感じ、「大学時代を過ごした土地に少しでも恩返しが出来れば」ということで今年ヒマを見つけては試合観に行きまして、沖縄での優勝のかかった試合も観に行きました。見事J3優勝、おめでとう。
なお、昇格直後のオレの姿は雑誌、テレビ、ようつべetcいろんなところで晒しあげられております。
「ハーイ!やべっち!」もやりましたww
ピーマンッ!!!
4位 大学卒業(13年半ぶり3回目)
産業能率大学を9月に卒業しました。
院まで出てるから肩書的にはあまり意味ないですが、通信制の大学を卒業しまして。
ちゃんと自分で学費稼いで時間かけてようやく卒業。何か一つ成し遂げた、という自信にはなってます。
3位 富士山登頂
須走口から登りました。これも結構前から行きたいと思っててなかなか行けなくて、何とか時間作って登頂。確かに身近で見る富士山って言うほどキレイじゃないです。でも何でしょう。不思議と登りたくなるんですよね。なお、登頂後にしっかりお鉢巡りもしました。
何か行きたいような行きたくないような、そんな気持ちが交錯してます。
二度登る馬鹿とは行ったものです。でもそんな馬鹿が大好きです。
なお、登頂後に猛スピードで下山して蘇我のサッカー場で千葉-山形の試合観たバカタレです。しかも新幹線のトイレで着替えた時に全裸になったのは内緒。
2位 欧州旅行
マルタ→イタリア→スロベニア→モンテネグロ→セルビア→ギリシアと渡り歩きました。
4年ぶりのヨーロッパ。決して物価は安くないけど、結構マイナーな国って行きたくなるのよねえ。
1位 ガンバ大阪三冠達成
去年J2で1年苦しい思いしてきただけに喜びもひとしおです。
出来るとは思ってなかったけど、10月のカシマで逆転勝ち(別名仕上げのリンスでツルッツル)をしてから絶対行くぞ、と意気込みました。
優勝全部現地見ました。
不思議と涙はなかったです。
まだ実感湧かないけど(笑)。
この2年、苦しい思いを分かち合って戦った仲間に感謝
いい加減なタイトルだなおい。
いいんだよ、オレの尊敬する人に高田純次が追加されたんだから。
と戯言はともかく、土日はサッカー観戦をハシゴしました。
土曜はニッパツで横浜FC-山形の観戦。
山形はpark聞いてから「これ絶対歌いたい」と決めており、去年の千葉戦を観に行きました。
何か知らんが勢いでオーセンテックユニ買ってしまい、そのままゴール裏で山形サポに混じって飛び跳ねてきまして、「ああ、山形と一緒に昇格したい!」と思いました(結局上がれず仕舞いでしたが)。ガンバがJ1に上がってもJ2観たいし、川西が山形へレンタルするからじゃあ今年山形も応援すっか、こんな感じで。
試合は山形が泥臭く攻撃もしかけるも、審判のクソ采配と横浜がガチガチに固めて少ないチャンスをモノにして1-2で負け。それでも最後まで気持ちを見せてくれたモンテディオの選手には敬意を表しました。
続いて翌日23日には今年初のNACK5スタジアムで仙台戦。
半ば「ベガッ太さん目当て!」ということで勝敗は抜き、NACK5を楽しむ、メシを楽しむ、と割り切ってました。
試合はというと、開始1分で大剛がいきなり先制ゴール。前半終了間際にメロが抜け出して2点目、後半も家長の2ゴールでまさか4-0で大勝。願わくば夢スコと行ってほしかったが、そこまで求めたらいけません。
久々の無敵大宮で絶叫し、前日の応援で枯れた声なんて関係ねえ、とばかりにはっちゃけました。今まで仙台戦は5回見て全部負けただけに、喜びもひとしお。オーシャンゼリゼ(仙台が勝った時に歌う)聞かなくて済んだわあwww
あんまりアメブロ書いてないんでたまにはこういうのも書かないと。