必要なのは、世の中のくだらない常識に惑わされずに"常に考える"ことのできる頭とやる気だけ/日本一幸せな会社の創業者の言葉◇
千葉県船橋市の「ふなばし市民まつり」は、今年で48回目を迎える。30万人を超える動員を誇り、会場も市内4地区に広がり船橋を代表するお祭りに大成長◇
大成長?というのも、実は昭和63年の開催までは歩行者天国もなく小さな商店街のイベントという寂しいまつりだったらしい。でもそれは平成元年に「市民まつりはもっと楽しくにぎやかに」という人が現れるまでの話だった◇
最近、父の仕事を知るために始めた、運転手兼コンダクター(*1)としての役割。車中では、終戦直前の子ども時代の話から今まで携わってきた仕事の話まで、とても興味深い話を聞くことができる◇その中で父はサラッと「歩行者天国は俺が始めたんだ」と。なんと?「まつりは楽しくにぎやかに」と立ち上がったのは父だった?!なんと!!なんとー!!鳥肌が立った◇
父はチームリーダーとして、役場や警察、自治会や商店街などへ足を運び、交渉ごとを一手に引き受けていた。もちろんすべてボランテイア活動。一方で東京に事務所を構え、仕事も忙しい時期だったはず。その証拠に、ぼくの妹弟3人はまだ学校に通っていた◇
ぼくは九州へ。そしてたまたま飛び込んだ地方のまちづくり。「こうしたら、ああしたらもっと楽しくなる!」というヒラメキを、ぼくも持っていた。そのヒラメキを面白く思わない人も現れる。良いことも、そうでないこともガツンとくる世界。父はその世界に、昭和が終わる激動の時代に飛び込んでいた◇
困難に向き合った時の、父とぼくの共通点を見つけた。それは常に考えることのできる頭とやる気があったこと。そしてユーモアをもって試みること。自分がいいと思ったことは、大勢でにぎやかに楽しんでやる◇同時にぼくに足りないものも見つけた。がむしゃらに踏ん張ること◇
「そんなにやりたきゃ、地元に戻ってやれよ!」とよく言われた。どこにいても潜在的に向けられていた視線。そして彼らのいう地元にぼくは戻って来た◇
以前のような瞬発力はないものの、父の根っこはパイオニア。なかなか本質的な話はしてくれないが、俄然、食らいついて教えを請う気持ちに火がついた◇
格好つけずにがむしゃらにすすめ!それが迷子の特権。

