メリークリスマス🎁
今年も総じていい年になった。
年が明けた頃には、まだまだ虚無感を感じていたが、同時に良い予感も感じていた。
9月7日に10年の節目を迎える年であり、何か大きな変化がある予感があった。
年明けには、自分を機嫌良く保つ事の大切さに気付いて、
「何があっても機嫌良く過ごす!」
と決めると、一年を通して、ほぼ怒らずに過ごす事が出来た。
更には、
「目の前の事を楽しむ!」
と決めると、ガハハーと笑いながら過ごせた。
3月の頃、これまで自分を縛り付けていた、様々な戒めを解いた。
ここ数年、十善戒に始まり、様々な縛りの中で生きて来て、昨年末には虚無感を感じた。
ようやくその縛りを解くと、自由になるのと同時に、虚無感は無くなり、逆に、
「全ては在る」
と気付いた。
ただ、縛りを解いて、自由を感じ、楽しく過ごしながらも、まだ自身をネガティヴに引っ張る存在がある事に気が付いた。
それは自分の左脳による思考である事が分かり、左脳による思考をやめる事に取り組んで来た。
左脳の思考によって、恐れや不安を感じては、迷いや葛藤をもたらしていた。
「思考そのものが執着」
である事に気付き、7月の頃から一か月半くらいは、目の前の最低限の事以外は、意識して考えないように過ごした。
最初は左脳が、あれこれとうるさかったが、思考は自身が司るものである事に気付き、
「勝手にあれこれと、ネガティヴな思考や要らぬ妄想を持つ事を許さないよ。目の前の事だけを判断してなさい。」
と命じるうちに、思考はネガティヴを辿らなくなった。
それでもたまに、嫌な事があったり、嫌な人に会うと、突発的にイライラする事があり、それをどうしたら?と思っていたのだが、イライラしたり、嫌いになるのも自分の思考によるものと気付き、それもやめるように命じると、意外にも至極簡単に、そうした感情を手放す事が出来た。
自分がイライラしようとするからイライラとし、嫌いになろうとするから嫌いになっていた事が分かった。
どんな状況であれ、自身がそうした感情を持っていると、ネガティヴに引っ張られ、自分がしんどくなってしまう。
ポジティブな世界には、そうした感情は不要であり、
「私は、喜びと嬉しさ、思いやりと感謝、愛と平和の世界に居ます。」
と認識し、スッと目線を上げるだけで、要らぬ感情や思考を手放す事が出来るようになった。
それと合わせて、自分はお笑いの人だと認識すると、全てを間に受けなくなり、ガハハーと笑いながら過ごせるようになった 笑
年始に、何があっても機嫌よく過ごし、何があっても楽しむ!と決めたら、ホントに世界が変わった 笑
しんどい時もあったが、総じて最高の一年になった。
若い頃から、ネガティヴな世界に生き続けて来て、10年の修行を経て、ポジティブな世界に移行する事が出来た。
以前は、ネガティヴであるのが普通のように思っていて、当然のように、目の前にもネガティヴな世界ばかりが広がっていた。
ネガティヴな世界を前に、子供の頃から、生きる事に絶望していた。
絶望した自分の人生に、何も求めるものが見つからないまま、ギャンブルや欲、怒りに塗れ続け、自暴自棄に生きて来て、本気で、それが自分の人生だと思っていたが、魂はずっと泣いていた。
やがて破滅が見えたあの日、ようやく魂が目を覚ました。
そこから、再びギャンブル生活に戻れば、再び欲に塗れれば、自分の人生を諦めれば、再び破滅が迫る中、10年間を生きて来た。
色んなものを捨てて生きて来て、何処に向かっているのかが分からなくなっても、諦めずに生きて来た。
ポジティブな世界に意識が移行すると、過去のネガティヴな出来事も、今の為に必要だった事を理解した。
しんどい時期も有ったが、ネガティヴを乗り越えて来た自分の人生を、全肯定する事が出来た。
同時に、目の前で起きる事象は、実はネガティヴでもポジティブでも無く、それは自身の内面を投影しているだけである事にも気付く事が出来た。
「私は今、最高の人生を生きている。」
そう素直に思えるようになると、魂が喜び、日々に感動を覚えるようになった。
破滅が見えたあの日から、手探りで生きて来て、ようやく望んでいた世界が開けた感がある。
手探りで生きる中、様々な気付きに恵まれ、その時々の課題を乗り越えて来て、そうした事の全ては偶然に起きていた訳では無く、必然であり、いつしか、大きな存在に導かれている事を疑わないようになった。
今週末、土曜日にはエリアから、家に帰る。
31日から8日まで、9連休を過ごす。
子供達を含め、たくさん会いたい人は居るが、予定は決めていない。
30日に、地元の神社にお参りをしたら、後は思い付くままに過ごそうと思う。
いざ、ネガティヴも無ければ縛りも無い、全てがポジティブな世界へ♪
全ては導かれているのだろう♪
万感の想いで新年を、新しい人生を迎えよう♪♪