ブログから離れて1か月半になる。






節目の9月7日まで、三週間と二日になった。





毎日日記メモを書いているが、ブログを書きたくて仕方が無い 笑笑






普段考えている事をまとめたり、起きる事象に意味付けをしたりと、ブログを書く事で、思考を整理していた事がよく分かった。






日記であれば、まとめる必要は無く、思ったままを書き出せばよくて、思考を整理しないまま、日々を過ごしている。






思考が執着だと気づいてから、感じたままに過ごしていて、あれこれと思考を進める事を、意識してやめている。






自分のこれからの事や、取り巻く環境、目の前の事や人について、あれこれ考え無くなると、自分や人に対して、非を責めたりする事が無くなり、不安や怒りの感情を覚えなくなった。






人の言葉や振る舞いなどは、大した意味を持たないようになり、一々、反応をしなくなった。






思考や嫌な感情から離れ、日々、






「有難うございます。私は大丈夫です。」






と過ごしていると、日々、感動を覚えるようになった。





先日、お祭りにスタッフとして参加したのだが、毎日、激しく感動した。






「君たちはどう生きるか?」






という映画を見たのだが、途中から号泣していた。





ウォーキング中に、絶景に出会う度に、感動を覚えている。






人と接していても、素直に感謝の気持ちを出すことが出来、そんなふうに日々を過ごしていると、日々に幸せを感じられるようになった。






新たな人との出会いもあり、良き人との繋がりも増えていて、これまで色んな事があったが、今、自分が最高の人生を歩んでいる事を、実感するようになった。






これからの事や彼女の事など、色んな事が決まらないままであるが、腹の底から湧き上がるような自信を感じると、どうなろうと、自分にとって良い事しか起きないと、確信するようになった。





そうした事を感じながら過ごしていると、最近、






「oneness」






と言うワードが、潜在意識から湧き上がって来た。






他人と自分の境目が無くなるような感覚があり、それを意識していると、エゴやプライドなど、これまで自分自身を強く意識させていた要素が、どうでもいいように思えて来る。






そうした事を手放しながら、人と接していると、毎日、楽しくて仕方が無く、素直に人に感謝の気持ちが持てるようになった。







それに伴い、周りの人達から、色々と気遣いをされたり、褒められたり、助けてもらうような事が増えて来た。





彼女との関係は、明らかな変化は無い。






最初は、男女の関係性を意識していたが、どうでもいいと思えて来た。






夜中に話を重ねて、互いに人として認め合い、大切な人だと思う気持ちは高まっていく。






そうなると、セックスなどは大事な事では無くなり、これまでの恋愛とは、全く違うように感じている。






彼女を手に入れたいとか、自分のモノにしたいとも思わない。






理屈では無く、彼女の事を自然に愛している。






家族や人生の大切なパートナーのように感じていて、これから彼女がどうするのか分からないが、離れたとしても、なんらかの形で繋がっていく予感がしている。






互いに、新たに好きな人が出来たとしても、さして問題では無く、繋がり続けていく。






こうした感覚は、これまでの女性には無かったものであり、やはり、彼女とはなんらかの縁を感じている。






縁によって、再び出会ったのであれば、これからどうなるのかも、縁が決めてくれるのだろう。





この十年間、自分と向き合って来て、様々な気付きに恵まれて来た。






特に、離婚してからの7年間は、気付きと共に、様々な事を手放してきた。






それも最後のフェーズに入り、執着やエゴを手放す中、onenessの意識が芽生え始めた。






その意識を持った時、ふと、まだ7、8歳の頃に、感じた感覚を思い出した。






自意識が芽生え始めた頃だと思うが、一人寝転んで、天井の木目を見ている時に、突然、自分と他人の意識の境が分からなくなるような感覚を覚えた。






意識が他人に移れば、他人になれる。







自分の存在とは、一体なんだろう?







そうした事を感じ、怖くなった。







それ以降、親にも友人にも、そうした事を話す事は無く、自分自身も忘れていたのだが、ふと、思い出した時、長い時間を掛けて、何か大切な事を思い出そうとしているような、不思議な感覚に包まれた。






それはおそらく、幼い頃、まだ自意識が芽生える前、自分が感じていた事だとは思うのだが、思い出せそうで、中々思い出せない。






それを思い出した時、自分がどう感じるのか、どうなるのか分からないが、迷う気持ちは無い。





気付きに恵まれながら、思考を捨てて、不思議な感覚を感じながら、節目の日に向かっている。






あと三週間と二日。






心して、その日を迎えたい。