私が初めてそのクラブチームで走った「駅伝の反省会」という名の飲み会の席で、私は監督(実際にはマネージャー役の熊谷さん)から「ゼッケン部長」を命じられた。具体的に何をする役目なのかは分からなかったが、クラブ最年少の私に拒否権は無く困惑交じりの笑顔で「了解しました!」と言った。「部長」という肩書きはあるものの当然その部下は一人も居ない、私だけで全員だ。当時、規模の小さい駅伝では各選手が身に着けるゼッケンを各チームが大会要項に則って自ら準備するようになっていて、それを準備するのが「ゼッケン部長」の唯一の役目だった。

 

クラブから1チームだけが参加する場合は区間数×2(胸・背中)の枚数で済むが、複数のチームが参加する場合(記憶にある最大枚数は4区間×5チーム×2=40枚)は、気合を入れてその作業を始めないと途中で嫌になってくる…、でも誰にも代わってもらえないので結局最後までやり遂げなければならない。

 

駅前の呉服屋で布を購入し、それを大会要項に指定されているサイズへ裁断し、胸用にはゼッケン番号とチーム名、背中用には更に氏名を追加して、それらを指定以上の太さの黒色で記入する、そして大会当日までに各選手へそれを配布する、というのが一連の作業だ。最初は墨で書いていたが、雨中での使用後に墨が流れてユニフォームが真っ黒になってしまったことがあり、それ以降は太いマジックで書くようにした。

 

「ゼッケン部長」を命じられてから既に40年が経過したが、未だに解任されていない。当初は「面倒だなぁ…」と思いながらゼッケンを作っていたが、今になって思えは私が作ったゼッケンをチームの全員が身に着けて一生懸命走ってくれていた、と思うと有難い役目だったと感じる。

 

ところで、今は「ゼッケン」とは呼ばなくなって「アスリートビブス」とか単に「ビブス」と呼ばれているらしいので、今なら「ビブス部長」と呼ばれ、益々何をする役目なのか想像すらできなくなってしまった…。