来年3月のダイヤ改正で寝台特急「日本海」が廃止されることとなりました。季節列車としての運転も検討されておりそちらの是非は12月に発表されるかと思いますが、日本海縦貫線を通る定期客車はこれで全廃となってしまいます。
今回はその別れを惜しんで、昨年の夏に僕が乗車した際の乗車記を旅行後にも書きましたが、その際に掲載しなかった写真も含めてもう一度記したいと思います。
2010年8月15日(日)→8月16日(月)
入線時刻は発車6分前の17時41分でした。まず車内に荷物を置いて大急ぎで11番線のホームから撮影しに行きました。

17時47分に列車はゆっくりと走り出しました。発車してから京都まではさっそく大阪駅で買った弁当を広げて食べました。この時はまだ真新しかった向日町に停車していた225系を撮影したり・・・楽しいひと時を過ごしました。
湖西線に入りました。太陽が沈んでいく様子をじっくりと眺めることが出来ました。18時59分の写真です。

途中の近江塩津でサンダーバード37号の通過待ちをしました。運転停車という形です。
日も暮れたところで車内の撮影をしました。僕が乗っていたのはA寝台だったので、寝台は中央に通路を挟んで左右にあり縦向きに配置されていました。
2段式なのでなかなかの広さがあります。もちろん立ち上がることはできませんが・・・

ただ上の段は写真の中央あたりに映っていますが窓が極端に小さいのが残念でした。
車端部へ行きました。12号車と書かれていますが、この日は8両編成だったので7~10号車はありませんでした。

12号車が客車の先頭ですが、前に機関車と荷物車が連結されているので、実質3両目にあたります。
北陸本線を進んで途中の加賀温泉でサンダーバード39号の通過待ちがありました。ここは停車駅となっています。

サンダーバードの通過は3分遅れていましたが並びを撮影しました。この頃はまだコンパクトデジカメだったのでブレとハイビームに完全にやられています・・・

その後は金沢、富山へと進んでいきました。高岡から先は深夜時間帯に当たるため車内灯も消されました。魚津のあたりで就寝しました。
翌日起きたのは7時半ごろ、青森に着く1時間ほど前でした。かなり曇ってはいましたがいつの間にか景色がガラッと変わっていて驚きました。これも寝台列車の魅力です。
青森の手前、新青森です。当時は東北新幹線もまだ開業しておらず通過していました。

そしてすぐにチャイムが鳴って青森からの乗り換え案内が始まりました。このアナウンスはチャイムの一部が切れましたが、寝台の上段からマイクの真下に近づけて携帯電話でしっかり記録してあります。
青森に着きました。隣駅の表示が一切ない駅名標です。

到着後はすぐに客車と機関車の切り離し作業が行われていました。

そして機関車だけがホームを出ていきました。同時に荷物車の先頭が現れましたがかなり汚れていました。

機関車はどこに行ったのかと探していると全く違う場所の留置線に姿を現しました。108号機の単機での撮影です。現在は塗り替えられてピカピカになりましたが、この時は結構汚れていました。
そして客車の方はDE10がお迎えにやってきて新青森の方に引き返していきました。

以上で日本海の旅は終了しました。寝台列車の魅力である「寝ている間に目的地に着ける」を初めて体験しました。新幹線とは違ってくつろぐことが出来るのが良いところです。B寝台のように寝台が向かい合わせになっていないので車内で人との出会いはありませんでしたが、B寝台の利用客にとってはそこも魅力です。
そこそこ需要があると聞いていましたので、今回の「日本海」廃止は非常に残念です。やはり乗車率は平均50%ほどあっても割に合わないのでしょうか。廃止まであと4か月弱、最後まで安全に人々に感動を与えてほしいと思います。
僕ももう一度乗りたいと思うのですが冬休みは時間が取れないのでこれが最初で最後の日本海となってしまいそうです・・・
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