私は主のはしためです | キリストと共に

キリストと共に

あなたの神、主は、あなたのただ中にあって救いの勇士だ。主はあなたのことを大いに喜び、その愛によってあなたに安らぎを与え、高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる」と。

ゼパニヤ書 3章17節

マリアは言った。「ご覧ください。私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」すると、御使いは彼女から去って行った。ルカ1:38  

 

ヘロデの時代、ナザレに住む少女マリアに御使いガブリエルが現われました。ガブリエルは、身ごもって、男の子を産む、名をイエスとつけなさい。と言います。 

 

この一連のやりとりの中で、マリヤが思い巡らせ、考えたことはどんなものであったでしょう。マリアは、このガブリエルの言葉を戸惑い、考え込みながらも、受け入れました。主のはしためです。と、へりくだっていたのです。  

 

神にとって不可能なことは何もありません。ルカ1:37  

 

私たちは、自分のものさしを用いて、できるかできないかを判断します。神はご計画の中で、みこころを行なうのです。人は、自分の中で、あの人はとても救われることはないでしょう、とか、私がそのような働きをするのは無理でしょう、とか考えます。しかし、事を行うのは、神です。

 


実に、私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをあらかじめ備えてくださいました。エペソ2:10

 

マリアは、「どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」と言いました。

私たちは、主が語られたことに応答し、信頼して従う時に、主のみわざが現われてくるのではないでしょうか。思いつきで祈らず、動いてしまうと、実がなりません。神様の言葉にいつも耳を傾け、主に寄り添っている時に、内におられる聖霊によって、きよめられ、愛の実が結ばれていくのだと思います。

 

愛する者たち、私たちは今すでに神の子どもです。やがてどのようになるのか、まだ明らかにされていません。しかし、私たちは、キリストが現れたときに、キリストに似た者になることは知っています。キリストをありのままに見るからです。ヨハネの手紙 第一3章2節


御霊ご自身が、私たちの霊とともに、私たちが神の子どもであることを証ししてくださいます。

子どもであるなら、相続人でもあります。私たちはキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているのですから、神の相続人であり、キリストとともに共同相続人なのです。ローマ人への手紙8章16~17節


「どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」