大失敗をしてしまいました。
わぁ、どうしよう!!

って事が54歳になった今でもあります。
数日間、ほかの仕事が手につかなくなって、気がついたら『何であんなことをやらかしてしまったんだろう』と考えています。
寝る前には特に。

当たり前ですが、責任感を持って仕事に取り組んでいれば、大失敗に対して、強く自分を責める気持ちが出るのは当然。

あらためて、このような気持ちになり思い出すことは2つ。

(1)この失敗から何が学べるだろうか?
⇒普通に考えて、マイナスとなる出来事を一旦受け止めて、その後、学びに変える(陽転思考)

(2)過ぎた事は今さら考えてもしょうがない
⇒手放す。カンタンに言うと『もう、どうでもエエわ』と考える

上記2つに共通しているのは、
(3)過去の1点に執着していると、先に進めない
という点を解消すること。

今日は今日で、明日は明日で、また新たな出会いがあり、出来事があります。
それでも生きていく。
そのためには、一見、無責任に見えるかもしれませんが、『もう、どうでもエエわ』と手放すことも大事だと実感しました。

『貞観政要』とは、唐の二代皇帝である太宗皇帝(李世民 598年~649年)と臣下との問答集。トップとしてのあるべき姿、政治の進め方、評価(賞罰)の基準といった様々な点について本音で語り合っている記録。その第4弾、最終回です。

具体的な内容として、本日は『任せるとは』です。
下記は本文より引用です。

<背景>
太宗は地方長官についての思いを次のように語っています。
 

『私は毎晩、人民の暮らしに思いをはせ、夜中すぎになっても寝付けないことがある』

『というのも、任命した地方長官が人民に配慮した統治を行なっているか、心配でならないからだ』

 

『そこで私は屏風の上に地方長官の名前を書き、彼らが良い統治を行なった報告を受けた場合、その名前の下に詳しくその事実を記入しておく』

 

『私は王宮にいるので、地方まで目が届かない

『そこで地方の事は各長官に委任している訳だが、天下の安定も混乱も彼らの双肩にかかっている

 

『よって、優秀な人材を採用し、信頼関係を構築し、いつも彼らに関心を持ち、業績を正当に評価する事を心掛けている


太宗は『人民を気にかけ、地方長官の働きを注視』『評価すべき業績に気をくばり、記録し、評価している』という点から、

 

『本来、すべて自分自身がすべき所を担ってくれているのだから、いつもしっかり見ている』という状態。これが『任せる』という事。

『任せているので、分かりません』というのは、丸投げであって、任せている訳ではないという事です。

中国の広大な領土を治めていても、このように『任せて』いたのですから、本当にスゴイ人です。太宗皇帝。

『貞観政要』とは、唐の二代皇帝である太宗皇帝(李世民 598年~649年)と臣下との問答集。トップとしてのあるべき姿、政治の進め方、評価(賞罰)の基準といった様々な点について本音で語り合っている記録。その第3弾です。

具体的な内容として、本日は『長所を見る』ですね。
下記は本文より引用です。

 

<背景>凌敬という役人が『人から金品を借りる』といったデタラメな私生活を送っているとの訴えがあった。その凌敬を推薦したのは魏徴であったので、太宗は魏徴を呼び出して、その責任を追及した

 

魏徴:『私が人物を推薦する際には、いつもその長所・短所を詳しく申し上げております』『凌敬についても、長所は学識があって、諫言をよくする事』『短所は贅沢好きで利益に目がくらむ事、そのように申し上げたはずです』『近頃、依頼を受けて碑文を書き、漢書の講義を行ない報酬を得たりしておりますが、未だ、その長所を発揮しておりません』『陛下が凌敬の長所を見ず、その短所だけを見て、その推薦人である私を詐欺師扱いされるのは、承服いたしかねます』

ついつい評価を行なう際、『減点主義』で悪いところを見てしまう傾向があります。が、『その人物の長所を発揮させた後、広く短所も含めて総合的に判断する』事が必要だと魏徴は言っています。
という事は、まず、『その人物は何が得意なのか』に注目して、存分に発揮できる機会を与え、環境を整えることからスタートする必要があります。

部下が能力を発揮するかどうかも、トップ次第なんですね。