
私の持論は こうだ。
もともと 世の中に起こることには、いいとか悪いとか、チャンスとかピンチとか、褒美とか 罰とかの、色や名前はない。。
私が 悲劇と呼べば悲劇であり、絶好の機会と名付ければ 絶好の機会なのだ。
人生の主人公である 私が意味をつけて 初めて "それ"になる。
人生の主人公である 私が意味をつけて 初めて "それ"になる。
そんな考えが顕著になった経験がある
12年前に ガンを宣告されて 「治療法はありますが 成功率は 20%です」と言われた。
私は決めないといけない。80か、20かを。
そして 生きると決めた。
そして 生きると決めた。
自分の思考の中から、80の部分を遮断していく。
治療中、自分の写真を見て遺影のようだと思ってしまう。いやいや それはない!
車の中から近所の 葬儀屋が見えると あそこで葬式かなと思う。違うってば!
末っ子がこんなに 愛おしいのは 早く死に別れるから?なんちゃって!今のは取り消し!
赤字と青字の葛藤。赤字が繰り返し襲ってきても、決して
そうかもしれない、 とは 思わない。
最後は否定して、不安を残さない。
心配して 涙を流す友人よりも、そんなの当たり前に治るに決まってるよ~と 笑う友人と近く過ごした。
治る力が 入ってくる、と意識して呼吸し、自然に触れた。
同じ病気の体験談やブログを片っ端から読んで、完治した人達と "自分は同じ"と思った。
○○だから 私は生きる、(例えば 前の車の番号がよかったとか)と なんでもこじつけた。
高速で走る車がスピンして事故が起こりそうになった時、ドライバーが 壁を注視し続けると 壁にぶつかる。事故にならない唯一の道は、壁から目をそらし、生きられる道を"見る"ことなのだという。
人生を航路に例えて、航海には海図は必要だとよく 言われる。人生の目的、ビジョン、ミッションとはなにか。
最近 聞いた 赤塚裕人講師の言葉が 心に深く 響いた。
「ただ、現実には飛行機や船が 燃料満タンにして 目的もなく 飛び立つということはありませんよね。でも私たち人間の人生は、 目的があってもなくても 進んでいきます。時間はどんどん、流れていくんですよ」
どうかすると、人生は 決めることが全て、なのかもしれない。
時には 悩むことも必要だと思う。
"なにもしない"を選択することもありだ。
ただ、なにも決められず 悩んでいる時間が長いとしたら、それは 人生の浪費なのだ。

