私の生まれ育った田舎は、瀬戸内海の小さな
入り江にあって、海も山もこじんまりとしている。
星空がきれいで、
夏の夜は 昼間の日差しに温められたコンクリートの
護岸の上に寝そべって、夜空を見上げるのが好きだった。
満点の星空にはくっきりと天の川が見えて、
流れ星がよくふりそそいでいた。
これといった娯楽のない小さな田舎で、
「広大なもの」に触れられるのは その夜空ぐらいだったので
眺めながら 「今みているこの星の光は何十万年も前に発せられた
過去の光」なんて思いながらわくわくしたり、
その大きさに浸りながら、中学校に上がるころには
立派な 「宇宙少女」になっていた。![]()
つまり 今でいう宇宙オタクである。
みんながテレビで "フランダースの犬"を見てるころ
一人でその裏番組の"宇宙戦艦ヤマト"を見ていたし
”UFOと宇宙”という雑誌を買って、読者欄に投稿したことがある。
「宇宙人はいつか地球を救いに来る」という意見に反論して、
「地球は私たちが守るもの」。。そんな感じの よく思い出せないけど
そんな内容だった気がする。
私の投書が雑誌に載ると、日本全国の宇宙少年少女たちから、
50通ぐらいの手紙が届いた。(その頃は住所氏名まで詳しく載ってた)
20%ぐらいは「宇宙人に夢を持っている人を傷つけた」という
批判で、あとの80%は「賛同する」という内容だった。
そのうちの一人とはその後も何年か文通していた。
シモヤマヒロユキ君は 元気かな。![]()
お互いに大きくなって宇宙少年少女を卒業するころ、
自然に文通は終わったね。。
50通の手紙の中で 一番斬新だったのは
「あなたにはこの秘密を受け取る資格がある」と言って
送られてきた
”宇宙船の動力原理とその設計図”
![]()
![]()
![]()
![]()
.... ![]()
![]()
![]()
可笑しくも 可愛い、そして懐かしい、
宇宙少女時代なのでした。
