> え!《○》を付けても無効なの?ビックリしたよ。。。 >>> 最高裁10裁判官の国民審査=「憲法の番人」チェックへ【12衆院選】(時事通信)http://t.co/MJ0j6Wzg
国民にできるだけ意思表示をしてもらいたくない、という制度なのです
今日も福岡で、最高裁判事の国民審査は、分からなかったら全員バツもありだよ~という、X10(バッテン)プロジェクトの話をしたばってん
> 意思表示なきは信任、という制度そのものに不信任したいです
この制度にあぐらをかいて、国民に分かりやすく説明をすることをさぼっている最高裁裁判官にバツ!
> 〇かXかのどちらかを記入しないと無効とするよう制度を変えないといけない。
そのためには、今の状況に「NO」といわないと。
だから、バッテン(X10)
> 最高裁判所裁判官の国民審査って審査されているようで事実上審査に当たらない気がするんですけど!?
> 国民が全員に×を付ければ変わりますよ。是非実践しましょう。
ですです
> 確かひとりだけ 「×」 じゃないと無効票になるンじゃなかったっけ?(?ω?)
んなことないですよ。
全員バツで大丈夫
> 最高裁の国民審査、単純に、信任なら「○」を付けさせるようにすればいいのでは?取りあえず、それだけでいいよ。
今の制度の中でNOを言わないと制度も変わらない。
> 未記入も×とみなせば。
未記入は信任扱いですからご注意を
衆院選の期日前投票は始まったのに、最高裁裁判官の国民審査の期日前投票はまだできない。
こういうところにも、国民の意思表示の機会をできるだけ少なくしたい最高裁の思惑を感じてしまいます。
> 江川紹子さん @amneris84 の非常に素晴らしい記事。総選挙についてもだけど、俺がどうして「裁判官の国民審査で10人全員に×を付けましょう」と言ってるかが非常にわかりやすく説明されてます。長いけど是非最後まで読んでみてください。 http://t.co/QNuLhMUD
------------------------
http://news.goo.ne.jp/article/gooeditor/politics/elex/gooeditor-20121205-01.html?pageIndex=2
その裁判官は「○」でいいか
ところで、この総選挙の日、私たちは政党や政治家を選ぶだけでなく、もう一つの選択をしなければならない
最高裁裁判官の国民審査だ。今回は10人の裁判官についての審査を行う。過半数が×をつけた裁判官は、罷免されることになっている。国民審査は、国民が司法に対して直接意思表示をできる、唯一の公的な制度と言っていい。
ところが、これがまことに分かりにくい。
小選挙区と比例区の投票を済ませ、国民審査の用紙を渡されて戸惑った経験のある人もいるのではないか。知らない人の名前がずらりと並んでいて、「これを判断しろと言われても困るな~」と思い、何も記さないまま投票箱に用紙を放り込んだ人は、さらに多いのではないか。
中には、用紙を渡された時に「分からないんですけど……」と言うと、「だったら、そのまま箱の中に入れておいてください」と指示された、というとんでもない話も聞いた。
国民審査はやめさせたい裁判官に×をつける方式なので、何も書かずに投票してしまえば、事実上は信任したのと同じことになってしまう。そのお陰か、戦後に始まったこの制度で罷免された裁判官は、ただの一人もいない。形骸化しきった制度になっている。
裁判官をどう評価したらいいか分からないのは、有権者である国民の責任ではない。責任はもっぱら、分かるように説明する責任を果たさない裁判官や裁判所にある。
仮に、○印をつけた者は信任し、それが過半数に達しなければ失職する、という制度だったら、裁判官達は自分の業績を分かってもらおうと、国民に分かりやすい言葉で説明をするに違いない。今は、有権者の多くが無知である方が審査される側にとって都合のいい制度の上にあぐらをかいているとしか思えない。
投票日の前に、選挙公報と同じように審査公報が届けられてはいる。そこには略歴や「裁判官としての心構え」などと合わせて、「最高裁判所において関与した主要な裁判」が列挙されている。けれども、 これを読んで理解できるのは法律の専門家ぐらいのものだろう。不親切このうえない。
このような形骸化した制度を改めさせるためには、今の制度の中で意思表示をするしかない。私は「分からなかったら、全員に×をつける」ことを提唱したい。それぞれの裁判官がきちんと分かりやすく説明をしないために、「よく分からない」状態で審査に臨まされていることについての異議申し立てとして私たちができるのは、それしかないからだ。
しかも、今の裁判所は国民の人権を守る砦としての役割を果たしているのか、疑問に思うことがしばしばある。冤罪事件では、警察や検察の捜査のあり方が問題にされる。特に、被疑者が虚偽の自白をせざるをえなくなるような取り調べについては、最近、批判を浴びることが多い。取り調べの経過を録音や録画で記録する「可視化」の必要性が叫ばれ、現在、法制 審議会で制度化にむけての議論が行われている。
ただ、警察や検察が自白調書の作成にこだわる理由の一つは、裁判所の姿勢にある。ひとたび自白調書ができれば、弁護側が任意性や信用性を争っても、多くの場合、裁判所は証拠として採用し、有罪判決の根拠にする。捜査経済上、自白は効率がいいから、無理にでも自白をとろうとする。
裁判では、自白の任意性や信用性は検察が立証する義務を負う。弁護側が取り調べのあり方に異議を唱えた場合、検察側が客観的な証拠を出して立証をしない限り、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に従って、任意性や信用性を認めない、という原則的な判断を最高裁がしていれば、警察や検察はもっと早くに録音・録画に踏みきり、今頃法制化の論議をするまでもなく、「可視化」は進んでいただろう。それをやってこなかった裁判所が、冤罪の構図を作り、放置してきたようなものだ。
今年、再審無罪となった東電OL殺害事件では、一審が「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に忠実に無罪判決を出したのに、東京高裁がそれをひっくり返して有罪とし、最高裁がそれを追認した。このような明らかな誤判があっても、誰も何の責任もとらないどころか、なぜ間違ったかという検証さえ行わない。誤判で無実の人を刑務所に送り込んだ3人の裁判官のうち2人は今も現役で、出世街道を進み、今は東京高裁と東京地裁の裁判長だ。
このような状況に対する批判も込めて、私は全ての裁判官に×をつけようと思う。10人に×をつけるので、勝手にこれを「×10(バッテン)プロジェクト」と名付けてみた。
一票の格差をなくすように求めている、一人一票実現国民会議も、全裁判官に×をつけることを推奨している。最高裁は、前回の選挙が「違憲状態」とは認めたものの、一票の格差をなくし、どこの地域でも同じ重さの一人一票を実現すべき、という姿勢は誰にも見られないため。
もちろん、業績なり人柄なりを知っている裁判官がいて、「この人は信任したい」と思えば、その人は×をつけるのを避ければいい。また、×をつけることにはどうしても抵抗がある、という人は、衆院選挙の投票だけを行って国民審査を棄権する方法もある。
いずれにしても、もう漫然と「よく分からない」から無記入の信任票を投じるのではなく、司法に対する意思表示をする国民審査にしたいと思う。
あなたも「×10プロジェクト」に参加しませんか?
(日刊ゲンダイ2012/12/1)
小沢一郎こそ腐敗自民政治を崩壊させ細川非自民政権を作り民主党による政権交代を実現し戦後日本の歪んだ政治統治機構の改革を実行している人物ではないのか
「卒原発」を掲げる滋賀県の嘉田由紀子知事(62)が新党「日本未来の党」を旗揚げしたが、大マスコミの報じ方はヒドイものだ。嘉田の背後にはダーティーな小沢一郎がいる。だから、「未来」はうさんくさい。新党結成は、小沢の生き残り戦術。その魂胆は有権者に見透かされ、未来は必ず失敗する――とまあ、こんな論調ばかりである。
イチャモンは未来の政策要綱案にも及び、朝日と産経はそろって、3年前に小沢が中心となってまとめた民主党の前回マニフェストと比較。〈こんなに似ている〉と同じことを書いていた。常日頃は主義主張が全く異なるのに、小沢叩きだけは完全一致である。
大マスコミは「財源はどうするのか」「私たちと同じ失敗を繰り返す」と難クセをつけている民主党の安住幹事長代行の発言をタレ流しているが、そりゃあ、3年前のマニフェストを実現できなかった無能連中なぜ、国民生活を第一に考えた政策メニューにケチをつけるのか。メディアは〈「卒原発」は無責任〉と批判するが、それでは原発容認が責任ある政治なのか。子ども1人31万円の「子育て応援券」の理念が悪いのか。高校無償化がいけないことなのか。
◆懲りないメディアのムチャクチャ論法
立大教授の服部孝章氏(メディア法)は、こう言う。
「安住氏の発言は国民との約束を守らなかった責任をタナに上げ、反省の色なしです。本来なら、無責任な民主党政権のメンバーこそ批判されるべきなのに、なぜ小沢氏サイドばかり一方的に叩くのか。卒原発を無責任となじるのだって、経済優先の発想で、果たして暮らしの安全より経済が大事なのか。あまりに短絡的で、とんでもない論法ですよ」
大マスコミは「嘉田新党の裏に小沢がいる」と、有権者にネガティブイメージを焼きつけるのにシャカリキだが、だからどうした。そもそも新党結成の裏で小沢が動いて、何が悪いのか。もう一度、真の政界再編に挑む姿勢のどこがいけないのか。
09年の政権交代前夜から、メディアは暴走検察と一緒になって謀略事件を騒ぎ立て、「小沢=悪」のレッテルを貼り続けた。しかし、小沢の「完全無罪」は確定したのである。
あれだけ盛んに有罪視報道を繰り広げれば、いつ大マスコミは小沢に名誉毀損で訴えられてもおかしくない立場だ。総ザンゲが当たり前なのに、謝罪や反省は全くなし。さらに輪をかけて小沢が悪だと叩き、小沢と一緒になっただけで、嘉田まで潰しにかかるのである。
本当にメディアは懲りていない。とんでもない話だ。
◆未来が救った選挙後の絶望的な政治状況
確かに小沢の存在は「劇薬」かもしれない。しかし、政界広しといえども約20年もの長きにわたって、戦後日本の歪んだ政治統治機構の改革に挑んだ人物は小沢以外に見当たらない。小沢一郎こそ、この国に真の民主主義を根づかせようと心血を注いできた唯一の政治家ではないのか。
93年には腐敗しきった自民党を飛び出し、細川連立政権をつくり上げ、38年間に及んだ自民党の「一党独裁」に終止符を打った。同時に自・社談合の「55年体制」という茶番政治を崩壊させたのも小沢である。
民主党を自民党に代わる政権政党に鍛え上げ、政権交代を実現させたのも小沢の功績だろう。
希代の剛腕政治家である小沢一郎を日本の政治のために使うのは当たり前のことだ。小沢を“一兵卒”として使う嘉田知事が興味深い発言をしている。
「これまで小沢さんを利用した人は自分のために利用したかもしれないが、私は小沢さんの力を日本の未来のために使う」「小沢さんを使いこなせずに、官僚を使いこなすことはできない」
まさに、その通りだ。政治の裏も表も知り尽くしている小沢という男を使って、日本の政治を変えればいいのである。
メディアは「嘉田知事は小沢の操り人形にすぎない」という印象づくりに躍起だが、小沢の操り人形より、官僚機構の操り人形となった野田民主党の方が罪深いことは言うまでもない。
◆メディアほど既得権益に守られた業界はない
「小沢氏が未来の結党に動かなければ、この国に『未来』はありませんでした」と、筑波大名誉教授の小林弥六氏はこう言う。
「未来が誕生しなければ、3党合意の密室談合で民主政治をかなぐり捨て、国民に大増税を押し付けた民主・自民・公明の野合勢力と、その補完勢力として存在自体が野合の日本維新の会が議席を占める。改憲ウルトラタカ派一色で議会は翼賛化し、民主政治は死滅。野合政治家が跋(ばつ)扈(こ)し、今まで以上に税金は私物化され、日本政治はもっと堕落していたでしょう。そんな絶望的な政治状況が嘉田新党の出現でガラリと雰囲気が一変しました。ようやく、マトモな選択肢を与えられたことを、多くの有権者は歓迎しているはずです」
本来なら未来の結党に拍手喝采、快哉を叫んでもよさそうなものだが、大マスコミの論調はそうならない。コイツらも官僚機構や税金私物化政治家と同じ穴のムジナだからだ。
嘉田は30日の党首討論で「なぜ皆さん、小沢さんをそう怖がるのか」と疑問を投げかけたが、大新聞テレビは真の改革勢力に特権を剥奪されることにビビっている。
「何だかんだ言って、新聞やテレビほど既得権益に守られている業界はありません。新聞は部数の激減、テレビは広告の激減に苦しむ中、官僚や政治家と組んで、自由競争を避ける『再販制度』や、電波独占の『放送法』『電波法』を死守しなければ即、死活問題です。しかも新聞協会は、あれだけ紙面で税の必要性を説きながら、消費税逃れの『軽減税率の適用』を政府に要求しています。社会の木鐸としての使命を果たさず、さらに権利の拡大を求めるなんて、無節操すぎます」(服部孝章氏=前出)
だから、裁判で完全無罪を勝ち取り、反転攻勢を仕掛ける小沢を恐れる。自分たちの特権が喪失する前に、小沢の政権返り咲きを徹底的に邪魔するしかない。大マスコミの狙いは、そんなところだ。有権者は今度こそ、薄汚れたメディアの小沢叩きに惑わされてはいけない。
- それでも私は小沢一郎を断固支持する/総和社

- ¥1,575
- Amazon.co.jp
- 日本改造計画/講談社

- ¥1,575
- Amazon.co.jp
- 小沢でなければ日本は滅ぶ 「政治の悪霊」と戦い続ける男/イースト・プレス

- ¥1,575
- Amazon.co.jp
- 人物破壊 誰が小沢一郎を殺すのか? (角川文庫)/角川書店(角川グループパブリッシング)

- ¥660
- Amazon.co.jp
- 小沢一郎、復活。 (紙の爆弾2012年12月号増刊)/鹿砦社

- ¥680
- Amazon.co.jp