こんばんゎ嵐士です。


いよいよ小学生になります。


どきどきわくわく。。


幼稚園は1年だけしかなかった嵐士です。


今って2年だったり3年だったりするんですよね?


まぁそれほど楽しくなかった幼稚園は1年くらいでいいかと…


あぁそう言えば幼稚園の時からスイミングスクールに通いました。


25級からのスタートです。


でもすぐ23級になった覚えがあります。


そのスイミングスクールに通っていることによって今後の嵐士のスポーツ人生が


どう左右されるかお楽しみです。


さてさて


1年の時の担任の中田先生がまたすごくおもしろい先生でこれが


キス魔でした。(笑)


何か悪い事をしたらキス、早朝マラソンで追いかけてきてキスwみたいな(笑)


今考えると子供が可愛くてしょうがなかったんですかねぇ・・


それか普通の変態か!?


人見知りな嵐士の小学校生活のはじまりはじまり~


次回予告


「泣き虫嵐士」の巻





幼稚園編において嵐士の運動神経を表す表現がありませんでした。


というわけでー


「幼稚園運動会!」


記憶にあるのは障害物競走


平均台を渡ったり、網をくぐったり。


跳び箱も越えました。


確か5段くらいあって(幼稚園用?)


でも飛び越えられる園児なんていませんでした。


でも嵐士は練習の時飛び越えられました。


でもでもみんなが跳び箱に上って越えていたので


嵐士もそうしました。


ちゃんちゃん


次回予告!


「嵐士ぴかぴかの1年生」





幼稚園最後のビッグイベント!


各組によるお遊戯会です。


いや、演劇の間違いでした。


嵐士の青組は「おやゆびひめ」でした。


おやゆび姫役には組の中でも可愛い子でした。


嵐士が狙うは…


王子様役…


しかーーーし


嵐士の役は…


役は…


お花でしたw


出番になるとお花の看板みたいなのを持って行き


そこから顔を出して手でも花を作ります…以上w


||||||||||||||(* ̄ロ ̄)ガーン||||||||||||||||


そんな感じです。


いやぁー嵐士って昔から花があったんですねぇ~


以上前向きな嵐士でした。


次回予告!


「嵐士小学生になる!?」




昨日のブログを書いてから考えてたんですが


楽しかったことはあったでしょうけど、


これといって特に思い出せないんですよねぇ~


すいません楽しみに読んでいてくれた方々…(いないかなw


嬉しかったことならちょっとだけあります。


遠足での出来事です。


同じ組に同じリュックサックを持った友達がいました。


おやつは小学校の遠足とは違い


園側で用意されたものを支給されました。


昔からお菓子が大好きな嵐士はお弁当を食べた後すぐに持分のお菓子を食べつくしてしまいました。


しかーーーーし!


そこらで遊んでから自分のリュックを覗いてみると


食べつくしたハズのお菓子が!!!


復活


していたのです。


こんな奇跡ってあるんですねぇ~


小さい時から前向きの嵐士でした。


次回予告!


「卒園間近!最後のお遊戯会」の巻





思い出…


いい思い出ではないお話です。


幼稚園には青組、赤組、黄組がありました。


嵐士は青組です。


青組の先生だけちょっと年いってました。


そして非常に厳しい先生でした。。


他の組は外で遊ぶ時間でも


青組だけ教室で絵を描く、工作…


そんなことがよくありました。


毎日毎日絵を描く… かなり退屈です。


そしてマイペースの嵐士は新しい遊びを開発しました!


その遊びとは…(決してマネしないでください!)


ハサミを開いた状態で片方の刃を人差し指に当てきこきこ(こする)することです。


笹の葉で手を切ったことある人はわかると思いますが、


そんな感触です。


切れるか切れないかの瀬戸際を毎日のように楽しんでましたw


決してマネしないでください。


するとある日マンネリ化していた嵐士はいつもより力を入れすぎたのか


左手人差し指の腹を切ってしまいました。


先生に言うこともできず、血が出るのをただただ見ているだけでした。


そして血は止まることを知らず左手の手のひら全体に広がり右手で血を受け止めることにしました。


血を受け止めてどうなるわけでもないんでしょうけど、、


とにかく先生に言ったら怒られると思っていたのでw


でも受けていた右手まで血で染まりしかたなく先生に言うことにしました。


嵐士「せんせーい」


指切ったーとも言わず見ればわかるやろとばかりに


ほら。と言う感じで血で染まった両手を見せました。


すると先生が「すぐ保健室に行ってきなさーーい”!」


嵐士はキライなお絵かきの時間を脱出することができました! 


…大量の血と引き換えに。。


次回予告!


「幼稚園の楽しい思い出(あったかな!?)」


お楽しみに。






こんばんゎ自転車のコマ無しに3歳で乗った嵐士です。


そんな嵐士が幼稚園に入園します。


近所の友達は女の子ばっかりで元々2歳くらいまで住んでいた所は同じ市内でも違う所で


友達という友達もおらず母親から離れたがらない嵐士でした。


あっそうそう!!


入園前の健康診断の時、


母親と二人で幼稚園に行き教室の前で順番を待っていました。


「いよいよ次はオレの番だぜ…」


その時です


直前の男の子が入る時大泣きをして順番が進みません


しかし、のんびり屋の嵐士と世話がやける母親は何事もなく順番を待っています。


後ろの人の中で順番を抜かして行く人もいました。


嵐士と母親は待ち続けました。


そして嵐士の番が終わりさっきの泣いていた男の子の母親が終わるのを待っていました。


泣男母「さっきはありがとうございましたー。」


母「いえいえ」


たまたま一緒の方向に家があり一緒に帰りました


それから入園式、通園毎日一緒に幼稚園に通う友達となりました。


いい話だ。


今は遠く離れてしまいましたが、母親は今でも連絡を取り合ってます。


いい話だ。


今日はここまで


次回予告!!


「幼稚園の思い出(仮)」






コマ無し自転車に乗れたくらいでブログ2つに分けるなよ!って感じでしょうが


自分にとっては結構はっきりおぼえているんで…


まぁ前回のブログでコマが壊れてコマをはずすこととなりました。


そうあれは忘れもしない「東三公園(とうさんこうえん)」です。


今はすっかり公園は整備され昔のイメージとは変わっています。


さてさて


コマをはずし、いきなりコマ無し自転車に乗ることになったわけですが、


これが以外に一発で乗れました。


さすがにフラフラはしてましたけどね


ヘ( ̄  ̄;ヘ)))。。。フラフラァ


ちなみに再度言いますが3歳ですよ!3歳!!


まぁ練習さえすればもっと幼い時でも乗れるんでしょうけど…


その後嵐士の自転車での出来事は波乱万丈でしたとさ


↑こけたり事故ったり。


1歳~2歳の記憶があまりないので3歳の話にいきなりなってしまいました。

次に覚えている出来事は幼稚園くらいかなぁ。。


次回予告!「嵐士幼稚園児になる」の巻


お楽しみに



※このブログをご覧になった方へ

 全然コメント書いてもらってOKですのでw





小さい頃からほんとにマイペースだった嵐士ですが、

自転車に乗るのがめっちゃ好きでした。


いつからコマ付き自転車に乗り始めたかは覚えてませんが

よく乗っていたのは覚えています。


まぁ自転車と言っても3つ上の姉のお古なんですけどね。


まだ幼稚園にも行っていない3歳の頃


その日もいつもと同じようにコマ付き自転車に乗り母親と一緒に近くの市場へ


人見知りが激しく八百屋のおばちゃんが


「嵐ちゃんおはよーっ」


って言ってくれても恥ずかしそうにしか答えません。


そんな嵐士の楽しみは買い物後のひと時でした。


市場のすぐ近くにばーちゃんがやっていた呉服屋があり、


その店の前の公園で自転車を乗りまくるのが日課でした。


店の目の前ってこともあり、母親も見守ってはいませんでした。


平凡な道では楽しくない…


なんてことが頭をよぎったのでしょうか。。


公園内の段になっている所を上って降りて、上って降りて…


自転車もお古ということもあり、日々チューニングしてるわけでもなくw


段を降りようとしたその時!!!


「ガタンッ」


いつもと違う感触が…


3歳児でも壊れたと察しました。


まぁ進めなくなる状態ではなかったのでそのまま母親がいる店に行きました。


ちなみにかなりの泣き虫だったんですけどその時は泣いていなかったと思います。


自転車のコマの片方が曲がっていて地面につかない状態になってました。


あまり3歳までにコマ無しに乗った人はいないんじゃないでしょうか??


中途半端ですが今日はこのへんで。。



次回予告!


「嵐士コマ無し自転車に乗る」の巻





昭和56年6月23日深夜2時


島根県のとある病院で産声をあげた


彼の名は嵐士


B型の父とA型の母から生まれたO型のだ。


体重3600g


身長は覚えていない。


元々島根県で両親が暮らしていたわけではなく、母の実家が島根であり実家に産みに帰ったというよくありがちなパターンだ。

小さい頃子供は意味もなく他のちびっこと競争して家まで帰ったり何も考えず無邪気なイメージではあるが

嵐士は少し違っていた。

みんながかけっこをして家まで帰った時でも一人だけ大人と一緒に歩いて帰り


「嵐士は走らないんか?」


と親戚のおじさんに言われた時でも


「うん、嵐ちゃんいいねん」


と言いてくてく家まで帰った。


そんな嵐士が26歳までに歩んだ道を少しずつ語ろう。


次回予告!

嵐士シラー 自転車コマ無しに挑戦!!!