熟年とは昨日書いた邦光史郎さんが命名したらしいが、わたしは超熟年になってしまったようである。
超熟年になると、まずテレビに出るいわゆる美人には何も感じなくなる。外面にはまるで関心がなくなっているのである。
いまや、パソコンの壁紙として使っているのは、自分が撮ってきた知人の写真である。
そのお顔を見ていると、ほのぼのとした思いが胸の中を満たす。
なにがそうなるのか考えた。
まず、とても優しい女性である。
その優しさは人間一般に対し、あまねく行き渡っている。
あの東日本大震災の被災地にもボランティアとして参加している。
人の意見も真摯に聞く。
音楽もよく聴く。
人間に対して深い思い入れがあるのだろう。
人間と対面していると、その人間を安心させる表情が現れる。
この柔らかさはなんで表現されるのだろう。
生きてきた人生、もって生まれた資質からなのだろうか。
なかなか難しい問題である。
そこで、「性格美人」という言葉を使えば、何とかこの優しさ、心の在り様が説明できる。
人間を傷つけない人間こそ性格美人であると考えている。