昨晩、何の気なしにgaccoのマイページにアクセスした。6月2日までに論文の結果が出るという通知をもらっていたのだが、成績をクリックすると論文の成績が出たので、合計88%で修了点を大幅に上待っていた。第1回の課題でさんざんな結果(25%)に終わったが、第2回目からレポートまでの出来は満点で来ることができたわけである。
ディスカッションを読むと70歳ぐらいの受講者が多いことがわかる。
わたしは日本歴史が好きだが、初めて歴史を学んだとかいう人が多い。高齢者がなぜ学ぶのだろうか。
余命は少ない。子どもたちは学ぶことが力になる。
それでもなぜ学ぶのだろうか。書き込みを見ると、新しい歴史という分野を学びたいという意思が読み取れる。わたしも歴史は初めて学ぶ分野である。そういう意味では子供たちとまったく同じである。
新規に学ぶと言うことは、自分を知るために重要な営みなのかもしれない。
知らないこと、わからないことを学ぶことは知的好奇心を満足させるだけでなく、新しい自分を見つけ出す力になる。そう、生きる力になるのである。
そういうことを感じたためにわたしは8月25日に開講する経営入門を受講するし、同じころ開講する京都の景観と文化も受講したいと考えている。
これは時間の消費ではない。時間の有効活用である。
知識を学び、自己を知る。これは教育の大きな目標であるが、自己啓発こそ学ぶことの最大価値ではないかと私は思っている。
知識を学ぶことは本来費用を支払うのが当たり前であるが、gaccoが無料の公民館になるか、有料の教養講座になるか1年後に答えは出るだろう。