最近のテレビはおもしろくない。

 観るのはTVKの『キンシオの旅』、日本テレビの『ぶらり途中下車の旅』とニュ-スぐらいになってしまった。

 さらに時々、放送大学は「いま、何をやっているかと確認のため12チャンネルを押す」程度である。

 昨夜、午後11時に12チャンネルを押してみた。

数学、情報通信などであればパスするのだが、外国人が流暢な日本語を駆使して、「死を迎えた患者は5段階のプロセスを辿ると言われている。私は一つ付け加えて6段階で考えている」と言葉が染み入ってきた。

 画面を見ていると、放送大学の特別講座で、1988年にアルフォンス・デーケンさんが「生と死を考える」として死の準備教育をしていると受け止めることができた。

 吉田兼好は、死はいつ来るかわからない、40になれば長生きなど考えない方がいい、と主張し、若いうちから死を受け入れる準備をしなければいけないと言っている。

 しかし、医療の発達した現代では自ら望めば長生きが可能である。

 デーケンさんは兼好が言わなかった、死の受け入れ方を講義しているのだ。これは聞いた方がいいと思い、メモを取りながら聞いた。

 そのメモから講義内容を自分のためにまとめてみた。


 死のプロセスは6段階のステップを踏む。がん患者などの観察から導き出している。

  1.否定

  2.怒り

  3.取り引き

  4.抑鬱

  5.受容

  6.期待と希望

 デーケンさんはご自分の友人であったジャーナリストの友人の死を例に、上記を丁寧に説明する。

 デーケンさんが付け加えた6.期待と希望にはジャーナリストは士の三日前まで書いていたと言うことで、わたしには伝わってきた。

 がんの告知態度は、アメリカの例を紹介し、1966年では告知しないが90パーセントであったのが、1977年では告知するが97パーセントになったと紹介していた。


 デーケンさんの対象は肉親などにも向かう。

 これは悲嘆の12段階のプロセスで説明していた。

 1. 精神的打撃と麻痺状態

 2. 否認

 3. パニック

 4. 怒りと不当感

 5. 敵意と恨み

 6. 罪意識

 7. 空想形成、幻想

 8. 孤独感と抑鬱

 9. 精神的混乱と無関心

10. 諦めー受容

11. 新しい希望ーユーモアと笑いの再発見

12. 立ち直りの段階ー新しいアイデンティティの誕生


 死に逝こうとする人間もその肉親も大きな心の変遷を経ているのである。

 デーケンさんの最後の言葉が印象的であった。

 「デス・エデュケーションはライフ・エデュケーションである」

 死と向き合った時、良く生きることを覚悟するのかもしれない。

 デーケンさんはイエズス会の司祭であると同時に上智大学名誉教授であった。