今日は朝7時半からベランダに出て、幹線道路を眺めていた。

 駅に通じる道路であるから幹線道路なのだと考えている。

 車道を挟んで2本の歩道が走っているのだが、電車が着いて7,8分後になると2本の道路は若者で満杯になる。

 わたしは駅に向かって立っているので、右側の歩道を歩く若者たちの群れと左側を歩く生徒の群れに違いがあると気づくことができる。

 右側の若者の身長には際立って凸凹がある。

 左側の若者にはちらほら女の子が混じっている。

 右側を歩く若者は私立の中高生なのである。

 左側の若者は都立高生なのである。

 それにしても、彼らは群れるのが好きなのである。

 頭の中は大学進学のことしかないのであろうが、その瞬間までは友達と一緒にいることに慰めや喜びを感じているのだろう。

 歩みは遅い。ゆったりとか、のどかとは違う。


 さて、午前10時を過ぎたときに、またベランダに出た。

 御歳をめした女性、男性が買い物袋をぶら下げて駅に向かって歩く。

 駅のそばのスーパーに行くのだ。

 中高生と同じぐらいの歩くスピードである。

 これは、枯れた歩き方というのであろう。


 若者は血気にあふれてはいるが、いまの社会ではステップアップを考えなければいけないことを知っている。

 老人はやり遂げたことを誰にも話せず、肉体の老化に脅かされている。


 若者には若者の、老人には老人の、いま越えなければならないことがあるのだろう。

 わたしは駅に向かって歩きながら、そうだお金を下ろしておこうと考えていた。