いま、わが街には8階建てのマンションが建設されている。

 わが街には景観条例があり、8階建て以上の高さの建物は造れないのだが、制限の高さに合わせた大規模なマンションが建設途上にある。

 高いところなどには私は住みたいとは思わないが、その建設現場に行って驚いた。

 設計、施工、販売を請け負っているのは大手不動産会社であるのだが、販売を意識した看板がでかでかと壁に貼られていた。

 「文京都市」と。

 わたしの街は、立川の隣にあり、当時米軍が駐留していた。

 その米軍の歓楽街をわが街にも作ろうとしたのである。

 母親たちを中心にこの動きに抵抗したのである。

 わが街には、国立大学、音楽大学、高等学校が三つと学ぶ場所が密集している。

 「文教地区」を守るを旗印にこの抵抗運動は功を奏し、いまがあるのである。

 外から入ってこようという人には「文教地区」はセールスポイントになるだろうけれども、歴史の勉強もしないライターが「文京都市」と書いたのであろう。

 あきれて怒る気もなくなっている。