本書はNHK出版新書363として2012年1月10日に刊行された。
筆者は石巻で生まれ育った人間であり、2011年3月11日の東日本大震災の惨状に、その記憶と現実、マスコミが垂れ流す情報の無意味さに、言葉の持つ無意味さに焦りを感じていたのだろう。
自分の言葉でようやく震災を語れたのではないか。
しかし、筆者は詩人でもあるため、作中に詩をかなり挿入しているが、それがこの作品をわかりにくいものにしている、と感じた。
本書のテーマは二つあると筆者は説明している。
一つは「言葉と言葉のあいだに屍がある」、二つ目には「人間存在というものの根源的な無責任さ」であると言っている。
本作品の弱さは、被災後に石巻に帰っていないことがある。
見ることがつらく、イメージを膨らませて書くことしかできなかったのであろう。
本書と同時に読み進めた今野真二『かなづかいの歴史 日本語を書くということ』(中公文庫)も国語の知識を深めるには格好の書であるのだが、専門的すぎて面白くなかった。
筆者は新書をどう位置付けているのかかなり疑問に思ったわたしであった。