カレンダーを見てみたら、今日は祝日であるらしい。赤い数字になっていた。

 春分の日であった。昼と夜の長さが同じ、程度しか思いつかなかったので、広辞苑を引いて見た。「太陽の中心が春分点上に来た時の称」と書いてあった。

 さて、本書はワイド版岩波文庫298として2008年6月17日に刊行された。

 漱石はなぜか「修善寺大患」と言われる仮死状態に陥った体験がる。

 1910(明治43)年8月7日ごろから8月下旬までの修善寺菊屋旅館での胃潰瘍悪化による大病とその後を文学者漱石は思い出の記として我々に残してくれたのである。

 漱石は8月6日に九九や旅館に着き、10月11日に帰京するが、状態が悪く、そのまま長与胃腸病院に入院する。退院は1911年2月26日である。

 したがって、本書は入院後、手が動かせるようになってから書かれたものだろう。

 漱石は、快方に向かっていたとはいえ、修善寺大患の吐血の様子、自分の手足であっても自由に動かすことができないさま、死と向き合わざるを得ないさまをドストエフスキーを例に挙げて書き進めている。

 漱石危篤と断ぜざるを得なくなり、娘3人を茅ヶ崎から呼び寄せる。

 その様子や見舞後の娘たちの手紙を紹介する漱石の優しさがわたしには一番胸を打たれたところであった。

 瀕死の病人であっても、本人はこのとき死ぬとは思っていない。

 この執念がある限り、人間は生き抜けるのではないかと教えてくれているようであった。

 『明暗』を完結できなかったことが漱石の無念であったろうと本書を読んで感じた。