わたしたちが使っている日本語に何の疑問を持つことなしに、いまも使っている。

 しかし、明治に入り、話し言葉の全国統一に向けた事業がなされ、今日に至っている。

 作者の井上は本書の時代背景を明治5年8月の学生の発布から明治8年の末までとし、さらに絞って明治7年初夏からその年の秋までとしている。

 本書は中公文庫として2002年4月25日に刊行されている。

 わたしは、この才人を敬して遠ざけていたが、タイトルに引かれて読んでみた。

 主人公、南郷清之輔氏が文部省学務局付として共通口語の発明の実務責任者として数か月間任務を全うしようと奮戦するわけである。

 この愛すべき南郷氏は長州出身で、薩摩の南郷氏に養子に入り、

東京在住である。

 この東京の屋敷には、清之輔(長州弁)、義理の父、南郷重左衛門(薩摩弁)、妻、光(薩摩弁)、息子重太郎(ごちゃごちゃ弁)、女中頭、秋山加津(江戸山の手言葉)、飯炊き、高橋たね(江戸下町方言)、御田ちよ(江戸下町方言)、下男、江本太吉(津軽弁)、車夫、築館弥平(遠野弁)、書生、広沢修一郎(名古屋弁)、女中、大竹ふみ(山形弁)、居候、裏辻芝亭公民(京都言葉)、居候、若林虎三郎(会津弁)

と13人が同居している。

 清之輔は、恵まれた屋敷の環境から、まず、地域言葉を直すには五十音の発音をすればお国ことばが直るのではないかと考える。

 しかし、同音でもお国により、意味が違う。

 そのうち、出身地の言葉こそ共通口語の基礎にならなければならないと同居人は考える。

 さてこの難事業はどうなるのか。

 わたしは、鹿児島出身の学友の家をベースに九州を回ったことを思い出した。

 学友の家を訪問した時に、突然学友が薩摩弁で両親と話し出した。

共通口語でわたしとは話をしていたにもかかわらず、唐突に薩摩弁である。

 お国言葉とは永久に生き残ってもらいたい。