冷たいと感じる一日であった。

 冷たいと感じれば、家で暖房をつければいいし、電車や図書館などに逃げ込めばいい。

 天候の冷たさからは暖かい場所があるのである。

 これが、社会や人間の冷たさであると逃げ込む場がない。

 社会の冷たさとは、国の制度であったり、市町村の条例であったりする。

 人間の冷たさは、もっと切ない。

 学校でのいじめ、他人の無視などが本人からすると逃げ場のない人間関係の中でもだえるだけである。深い悲しみの中に落ち込むのである。

 この冷たさは人間から生きる意欲を奪い取り、その人の生命さえ無価値にしてしまう。

 冷たい心を温める人間関係さえあれば、こういう最悪の状況にならないであろう。

 物理的な冷たさであれば、物理的に温めればいい。

 しかし、社会や人間の冷たさに対抗できるのは、人間の暖かさである。

 冷たい気候の中で、それ以外の冷たさに思いをいたしてしまったのは、なぜであろう。

 知らない人間が、東京マラソン参加者と同じぐらい自殺している。

 その数は無限と思えるぐらい多い。

 わたしたちは余裕がないため、それらの人の人生に思いを寄せることができない。

 それでも、人間は冷たさとは距離を置いて生きようとしている。

 人間関係とは家族、友人知人、学校、職場、地域だけにあるのではない。わたしは見知らない人間関係の中にこそその考え方を生かしていきたい。