本書は2002年9月18日にワイド版岩波文庫215として刊行されたものである。本文500ページ超の大作である。

 段落が少なく、一気呵成に漱石が書ききったのではないか。

 苦沙弥家に拾われた名前のない猫の目を通し、教師の苦沙弥家にやってくる人間の長広舌のおもしろさを描いた作品である。

 おもしろさの第一は、美学者、迷亭、理学士、水島寒月、寒月の友人、越智東風(おちとうふう)が主な訪問者であり、苦沙弥先生と丁々発止と自分の専門分野の知識を披歴してやりあう。

 この専門分野が漱石の幅広い知識を生かした場面であり、古今東西の知識を披露する。

 おもしろさの第二は明治38年に発表されたこの作品には当時のインテリの生きざまが取り上げられている。江戸時代は士農工商であったが、明治になって実質的には「士」はなくなり、農工商は発展を遂げている。「士」の代わりに注目されたのが、学士さまである。

 学士ではより世間に注目されにくいので、「博士」が結婚の条件になる。

 苦沙弥も、迷亭も、寒月も、東風も、猫もそういったことには関心がない。

たぶん、自己本位に生きることしか考えていないのである。

 おもしろさの第三は、漱石の不朽のテーマ、夫婦、男女間の葛藤である。寒月と婚約者との関係とか、苦沙弥夫婦との会話、猫の男女関係でこの課題を提出している。

 つまり、男があこがれ、男が馬鹿にする女性とは何ぞやである。

 漱石は書き手としたらはや書きの人であったそうな。

 猫を水甕の中で昇天させ、漱石はこの物語に潔く幕を下ろした。